▲イルミ


コレの続き


3月13日の夜。
ポケットに入れていた携帯から着信を知らせるバイブが振動した。
仕事中だったのもあって最初は後でにしようかとも思ったが、なんとなく脳裏に浮かぶ顔があったので思わず画面を確認する。
するとやはり表示されているのは彼女の名前。
ターゲットは目と鼻の先。俺は2,3本針を飛ばしながら画面をタップし携帯を耳に当てた。

『あ、イルミ?今大丈夫?』
「大丈夫だよ。仕事中」
『大丈夫じゃないじゃん』

かけなおそうか?と言う彼女の声を聞きながら、俺は足元で倒れた死体から先程投げた針を回収する。

「別にいいよ。それで用件は?」

この後なまえが言う事はなんとなく予想できた。
ちらりと時計を見れば飛行船の最終便はまだ出てない時間だ。此処から彼女の住む町まではそこそこかかる。今すぐに移動すれば明日の昼には着くだろう。

「明日暇?ご飯連れてってよ」

ほらね。



3月14日の昼。
迎えに行った彼女は随分と酷い顔をしていた。

「ぶさいく」
「うるさい」

ぼっこりと腫れた瞼と真っ赤になった瞳で察するに夜通し泣いていたのだろう。
昨夜の電話の際には平気そうな素振りをしていたが、よくもまぁ知り合って数ヶ月の男の為にそこまで感情移入できるものだ。

「それで俺はお前をどこに連れて行けばいいわけ?」
「フレンチ。ワインが美味しいところ」
「・・まだ昼だけど?」
「極寒の北国でもいいよ。そこで死ぬほど度数の高い酒飲みまくって行きずりの男とファックする」
「お前ほんと下品」

うるせーお坊ちゃま!とどすどす人の胸元を殴ってくるこいつに冷ややかな視線を浴びせながら携帯で車で待機している執事に適当に入れそうな店を探すように連絡をする。ぎゃあぎゃあ喚いていたこいつがふと静かになったので電話を切りながら視線を落とせば、その目からはぼろぼろと大粒の涙が溢れていた。ついでに鼻水も。

「汚い」
「酷い」

嫌な予感がして離れようとした瞬間腰に抱きついてくるなまえ。じわりと侵食してくる水の感触に最早溜息しか出てこない。反射的に剥がそうとしたがすればするほど馬鹿力が増す一方なので俺はひとまず諦める事にした。

「フラれた?」
「フラれたってか死んでた」

ふと記憶が蘇るのは先月自分が殺した男の姿。

「ふーん」
「同業者だからね。私もだけどいつどうなるかなんて分からない世界だし仕方ないのは分かってるけどさ」

一昨日まで会ってたのに。と小さくなっていく声を聞き取りながら、どうやら偽装工作はバレてなかったようで安堵する。

「それで?俺はお前の慰めに付き合わされるわけ?金取るよ」
「イルミ先月私のチョコ食べたじゃん」
「試食レベルを食べさせられたね。お前に」
「ジャポンではホワイトデーっていってバレンタインを貰ったらお返しをする日があるの」
「それでメンタルケアとフレンチまで要望されるの?割に合わないよね」
「気持ちの問題なの!私はあの一切れにイルミへの日頃の感謝と御礼を丹精込めたから!」

何が男尊女卑が根強い国だ。
つくづく彼女の故郷は面倒くさそうだ。

「込めたのはそれだけ?」
「え?」

少しでも愛情だとか言えばもうこれも止めてやるのに。俺の問いに本気できょとんとする彼女に腹は立つが涙は止まっている様なので今日のところは俺が大人になってやることにした。「酔い潰れたら道端に捨てるから」と手を取り執事が回してきた車まで歩き出す。


馬鹿な奴。

お前が一昨日まで会っていた男は既に一ヶ月前から死んでいて、
それ以降にお前が連絡を取り合っていた男も、
お前が甘えた声で好きと微笑んだ男も、
お前を気を失うまで抱いた男も、

全部俺なのに。

「行きたいなら連れて行こうか?北の方の国」
「そう言ったけど本当はしばらく男は懲り懲り。今日はイルミと一緒にいたい」

嗚呼、本当に、癪に障る。