肆ノ弐

「前田藤四郎と申します。末永くお仕えします。」

「おお、藤四郎と言うことは吉光作の・・・。一期一振りの兄弟刀か?」

「その打除けは・・・五剣の三日月宗近様・・・?」


ぱちぱちと目を瞬き、「お会いできて光栄です。」と頭を下げる。知り合いというにはよそよそしく、さりとて知らぬ仲という雰囲気ではない。先程三日月は吉光作の、と言っていた。まさか粟田口吉光作の、という意味だろうか。そういえば、以前家光から見せてもらった刀帳には藤四郎という名がずらりと並んでいたような気がする。


「主、お前も粟田口吉光は知っているだろう?」

「はい・・・、短刀の名人でいらした・・・。五剣にも劣らぬ天下一振を打った・・・。ではやはり、粟田口の短刀・・・なのですか?」

「ああ。心強い味方が現れたな。」


気さくに笑う三日月に前田は恐縮した様子で、だが満更でもなく頬を染めている。お仕えしますと言ってくれたということは、分からないながらも顕現させ、主として認めてくれたということなのだろう。
神楽はすっと跪くと、恭しく頭を垂れた。


「お力添えを感謝致します、前田藤四郎様。審神者としてはまだまだ未熟者ですが、良き主となれるよう、尽力する所存です。」

「えっ・・・、しゅ、主君!どうか顔をお上げください・・・!」

「いいえ、いかにわたくしが主といえど、あなた様は尊き神。畏敬の念は正しく表さなければなりません。」

「いいえ、主君は僕がお仕えすべき御方です!そのようにかしこまることは・・・。」


ぺこぺこと頭を下げあう両者に三日月が笑いながら割って入る。どちらもを立たせ、両者の頭を撫でた。


「よしよし、互いの言い分はよく分かった。だがなあ、主。ここは前田の言い分を取らなければ。神と人ならば、無論お前の言い分が正しかろうが、今や俺達を使役し戦をする身。多少はふんぞり返るくらいでなければ。」

「・・・さようですか?」

「はい。僕のことは手足と思い、扱ってください。僕は藤四郎の眷族の末席に座すもので、大きな武勲もありません。ただ主君への忠誠心があるばかりですから。」

「・・・それだけでも、有難いことです。これから宜しく頼みます。」


確かに自分が信春や家光に仰々しくかしこまられれば困惑してしまう。尊敬の念だけは忘れないようにしなければと思いながらも態度を改めると、前田は凛々しく利発な表情で「お任せください。」と力強く答えてくれた。


「この奥が不浄の気が濃いです。おそらく敵の大将はそちらにいると思われます。」

「おお、前田は頼りになる。俺は偵察は苦手でな。」

「本当に・・・助かります。」


幼い容姿ではあるが、ひとかどの武人並の貫禄がある。偵察のために前田を先頭にして歩いていると、弁天台場を目前にして彼はさっと右手を伸ばした。


「敵の大将がいます。・・・脇差に短刀、それぞれ一振りずつ。陣は魚隣陣です。」

「では逆行陣で。」

「主よ、お前はここにいろ。」

「ですが・・・。」

「俺と前田で数は足りる。争いを厭うことは承知しているからな。」

「主君、こちらにいらしてください。必ずや討ち取って参ります。」

「・・・わかりました。任せます。」


主たる自分が先陣を切るべきとも思うが、常、戦とは大将は本陣にいるもの。正しく扱おうとしてくれる二振りに任せ、神楽はその場に待機した。
真っ先に動いたのは前田。鋭い眼差しで敵の動きを見極め、背後に回り込むと目を見張る瞬発力で背後から突き刺す。頬についた血を拭い、勢いよく刀を引くと、敵の短刀は痙攣を数度して掻き消えた。
三日月は脇差の一刀を余裕で受け止めると、力強く弾く。体躯と力の違いに呆気なくよろけたところを瓦割りで斬られ、こちらもあっさり掻き消えた。
頼もしい刀達によって完全勝利を手にし、ホッと息を吐く。戻ってきた二振りに懐紙を渡して「お疲れ様でした。」と告げると、前田の頭上から桜の花弁が舞った。


「・・・これは・・・。」

「どうやら前田が功労者のようだ。初陣を誉で飾るとは、さすが名高い吉光の短刀だな。」

「恐縮です。そういえば主君、敵が刀を・・・。」


すっと前田が差し出したのは一振りの打刀。「吉光作ではありませんが、粟田口の打刀です。」と教えてくれた。
前田がこれだけ頼もしいのだ。この打刀も、素晴らしい刀なのだろう。そっと触れると、光の中に花弁が散る。何度見ても溜め息が出る美しい光景。その中に、細身の影が現れた。


「やあやあこれなるは、鎌倉時代の打刀、鳴狐と申します。」


少年と青年の狭間にいる男、その肩には狐が乗っている。神楽は暫く両者を見比べた後、「・・・どちらが?」と尋ねた。
それも無理はない。何せ男の方は口覆いで顔半分が隠れている上に一言も話さないのに対して、名乗ったのは狐。物の怪?と三日月を見上げた。


「鳴狐はこちらの凛々しい若武者のほうです。わたくしはお付きの狐でございます。」

「・・・・・・よろしく。」

「よ、よろしくお願いいたします・・・。」


喋った、と当たり前であるはずのことに驚く。


「鳴狐は人付き合いが苦手でございますから、代わりにわたくしめが皆様とお話を。いえいえ、腹話術ではございませぬ!わたくしめは鳴狐の代理に過ぎません。」

「そうだよ、驚いたか。」

「・・・!?え、あの・・・」


冗談なのか本気なのかまったくわからない淡々とした口調に、生真面目な神楽はおろおろと両者を見比べる。すると前田が「叔父上、主君をからかわないでください。」と呆れ顔で言った。


「叔父上・・・?ああ・・・鳴狐を売った国吉殿は吉光殿の御父上でしたか・・・。」

「おお!なんと主殿は国吉殿をご存知ですか!」

「直接お会いしたことはございませんが、天下分け目の戦では権現様にお力添えいただいた秋元様が扱われていらしたとか・・・。」


それを聞いた鳴狐は、そっと神楽の手を取り、じっと見つめてくる。異性はおろか人付き合いも慣れていない神楽は何を考えているかまったく分からない鳴狐の突然の行動に、「・・・っ!?」と息を呑んだ。

「ははは、狐に好かれたなぁ、主。鳴狐といい、小狐丸といい、主は狐に好かれるらしい。」

「い、いえ、あの・・・離してください・・・。」

「・・・可愛い。」

「・・・えっ?」

「・・・頑張る。」


最初はよく聞こえなかったが、頑張るだけは聞こえたため、こくこく頷く。すると彼は満足したらしく、手を離した。


「では帰るとするか。前田と鳴狐を紹介しなければな。」

「は、はい。」


ゲートを開き、順番に潜る。本丸の庭がはっきり目に映ると、小狐丸が「ぬし様!」と抱きつき・・・、否、力一杯の体当たりをしてきた。


「ぬし様!ご無事でようございました!小狐は心配で心配で!ぬし様のお帰りを今か今かと・・・!」

「待っている間に管狐に拳骨を喰らわせていた。」


山姥切が報告してくるが、視界は小狐丸で埋め尽くされているし、苦しいし、何より動悸が激しい。三日月が「離れてやれ。」と言うと小狐丸は「ああ、御無礼を・・・!」と身体を離し、神楽の顔を見て目を丸めた。


「・・・ぬし様、お顔が赤らんでおりますが。」

「・・・っ!」


両手を胸元で強張らせ、鮮やかな赤に頬を染めた神楽は、「い、いけません・・・!」と小狐丸の厚い胸板を震える手で押す。


「こ・・・このような、は・・・はしたない・・・っ!子どもが出来てしまいます・・・っ!」


神楽の一言に、しーーん・・・、と黙りこむ男達。特に真正面から見た小狐丸は「うぐぅ・・・っ!」と苦し気に呻き、顔を覆って地に伏せた。


「主・・・、それでは誘っているも同然だ。」

「・・・?誘う?」

「うぅむ・・・、相変わらず無垢が過ぎるがどうしたものか・・・。」

「主君は汚れなく純粋無垢な御方なのですね。」


短刀の前田など、生まれたばかりの赤子を見るように優しい表情をしている。数珠丸も「・・・些か問題ですね。」とこめかみに手を当てた。


「何を仰られます、主殿!子は男女のまぐわ・・・っぶふっ!!」


空気を読まない狐が霰もなく口にしようとしたが、鳴狐が強引に口を閉じさせる。神楽は不思議そうな顔をしたが、鳴狐は「何でもない。」と有無を言わさずに答えたのだった。