役者だけが間違い 1-3
ノエルはイルーチェの話をじっと聞いていた。この世界のこと、世界情勢、自分達のこと、精霊や星喰のこと。すべて話し終えると、ノエルは「・・・事情は理解した。」と呟いた。 「つまり私がどこかへ行くと困るというのは、私が君の同位体だから、ということだな。」 「うん。ごめんね、迷惑かけちゃって。」 「・・・君に近しい人間が、私の知人に似ている理由も同位体だからということか。」 「リリさんも同位体だから、身内が揃ってるんだよ。自己紹介がてら説明した通り。どうかな。帰る方法は探すから、ここにいない?」 「・・・断る。私はここにいたくない。」 「なんで?ここなら安全だよ?」 「安全な場所などない。人間は皆裏切る。信用に値しない。・・・人間ほど、愚かで傲慢な生き物も存在しない。」 激しい憎しみを瞳に燃え立たせて言うノエルに、イルーチェは目を伏せた。 「・・・確かに、信頼できる人間なんて少ないよ。私もそれはよくわかる。でもそんな私が、初めて信頼できた人達だから、ノエルさんも信頼できると思う。それに、周りの人間の同位体なんだし・・・」 「皆死んだ。」 ぴしゃりと言い放ったノエルに、イルーチェはもちろん、皆も息を呑んだ。 「・・・君の周りにいる者は皆生きているからいいだろう。だが私は、皆失っている。誰一人生きていない。」 「ノエルさん・・・。」 「・・・顔を見ているだけで・・・、失った時を思い出す・・・。だからここにはいたくないんだ。」 そう言われては無理強いは出来ない。だが彼女がもし帝国に渡ったらと考えると、はいそうですかとは言えない。 「ですが、イルーチェがいなければ、あなたは元の世界には帰れませんよ?」 「・・・理由はもうひとつある。私は魔女だ。人間ではない。契約した悪魔の影響で、私は週に二度、精液を摂取しなければならない。」 淡々と口にした言葉に、男達は目を丸め、顔を見合わせた。 「・・・君達はそれを受け入れるのか?」 「困ったね、俺とアレクしか出来そうにないが・・・。」 「あなたからは絶対にもらいたくない。」 「だろうね。ならアレクから摂取するといい。」 「デュラン、お前・・・!」 「この中で決まった相手がいないのは俺とお前、そしてカロルだ。まさかカロルにそんな真似をしろと?」 カロルはまだ15にもなっていない。幼い彼はまだ何の経験もないのだ。アレクセイはぐ・・・っ、と口をつぐむと、「・・・わかった。他に方法はない。」と了承した。 「というわけだ。いくらでも絞り取るといい。」 「・・・よく了承したものだ。」 「・・・首領にそんな真似はさせられん。」 「とにかく、これでここに留まってもいいだろう?」 デュランダルは問題解決だと言わんばかりに笑みを浮かべるが、同位体だからこその問題がある。険しい表情で黙りこむと、凛々が「あの・・・、」と声を上げた。 「魔女と・・・仰いましたが、お生まれは・・・?」 「フランスだ。」 「・・・まさか、魔女狩りの・・・?」 「・・・なんだ、知っているのか。君はどこの生まれだ。」 「・・・日本です。」 「ああ・・・、あの東にある小さな島国か。」 「知ってんのか?リリ。」 ユーリの問いに、リリは膝元のスカートを握り、眉尻を下げる。そして「・・・聞いただけの話ですが。」と話し出した。 「・・・わたくしが生まれるずっと前に、フランスという国では、魔女狩りという迫害があったと・・・。」 「穏やかな言葉ではないね。」 「疫病などの不幸が続き・・・、人々はそれを魔女の仕業として、・・・疑いのある者に・・・それは残酷な拷問を行ったと・・・。」 「拷問て・・・。」 「魔女と自白するまで、女性だけでなく、男性も・・・。ですが自白しても、結局は命を奪われたと聞いています。」 「ずいぶん悲しげに語るが、君も奴らと同類だろう。先程私の手足を斬り落とすと言った口で、よく言うものだ。」 「わたくしは治せます。斬り落としても、生きてさえいれば元通りに出来ますもの。それに、そんな根拠のない噂で迫害などしません。」 「・・・君はよくわからない人間だな。」 基準がおかしいというか、倫理観も危ういのではないだろうか。だが凛々は、「おかしいかしら?」と隣のユーリに尋ねた。 「まあこいつがぶっ飛んだとこあんのは今に始まったことじゃねえから、何とか慣れてくれ。」 「・・・わたくし、ぶっ飛んでいるの?」 「そういうとこも好きなんだからいいだろ。」 「・・・嬉しいわ。」 さらりと告げられ、凛々はそれまでの大人びた様子が嘘のように、少女然として頬を染める。にこにこと嬉しそうに笑って、心の底からユーリを想っているのが伝わってきた。 「ねえ、ノエル。ここにいて?僕もっとノエルといたいよ。」 「・・・・・・。」 「カロルもこう言っているし、君を世話するだけの金は心配いらない。アレクから精液を摂取する点においてもここにいたほうがいいだろう?」 「あんた、ここから出たって行くとこねえだろ?なら暫くここにいればいいじゃねえか。」 カロルだけでなく、デュランダルとユーリからまで強く留まるよう促される。ノエルが苦しそうに眉を寄せると、とんとんと扉が叩かれ、話を聞いていただけのイヴァンが「俺が出るよ。」と出ていった。 暫くすると戻ってきたイヴァンは、「あんたに可愛い客だぜ。」とノエルに告げた。 「おねえさん!」 ぴょこりと姿を見せたのは、先程ノエルが助けた少年で、パッと顔を輝かせて飛びついてくる。受け止めたノエルが膝に乗せると、少年はにこにこと笑った。 「君は・・・、」 「はい、おねえさん!」 少年が差し出したのは、一輪の薔薇だった。野に咲いていないそれに目を丸めると、「あげる!」と言った。 「たすけてくれてありがとう!」 「・・・私にか?」 「うん!おねえさん、あのね、きれいだから、このおはながにあうなっておもったんだぁ。」 照れくさそうにもじもじとしながら話す少年に、ノエルは初めて優しい微笑みを見せる。顔にかかる少年の癖毛を後ろへ撫で付けながら薔薇を受け取る。花瓶を持ってきた凛々が「生けますよ。」と言うと、彼女は居間に既に生けてあった花を避けて、薔薇をテーブルに置いた。 「・・・ありがとう。どこで見つけたんだ?」 「おはなやさん!」 「・・・わざわざ、買ったのか?」 「ほんとはね、もっとたくさんかいたかったんだけど、おこづかいたりなかったの・・・。」 しゅん・・・と項垂れた少年に、「・・・充分だ。」とノエルは噛み締めるように目を伏せ、両手を出した。 「お礼をしよう。見ていてごらん。」 きゅっと閉じた両手をパッと開くと、手のひらの上にキャンディーやクッキーが飛び出す。それに少年は目を輝かせて、「すごーい!」とクッキーを取った。 「すごいや!まほうつかいみたい!」 「君へのお礼だ。兄弟はいるか?」 「おねえちゃん!」 「・・・すまないが、何か袋をもらえるか。これは君の姉にやるといい。」 「いいの?」 「綺麗な花をありがとう。大切にする。」 キャンディーをひとつ取って口に入れてやる。少年は頬を紅潮させながら幸せそうな表情を浮かべて、「おいしーい。」と頬に手を当てた。 「おねえさん、ここにずっといるの?またきてもいい?」 「---、・・・私は・・・。」 「いるよ。いつでもおいで。」 「デュランだあ。ねえ、たかいたかいしてぇ。」 「いいよ、おいで。」 底知れない恐ろしさを何となく感じていたが、デュランダルは少年を抱き上げると、楽しそうにたかいたかいをしてやる。子ども好きなのか、と見ていると、カロルがぎゅうとノエルのローブを掴んだ。 無意識なのだろう。抱き上げてもらっている少年を羨ましそうに眺めている。あの少年よりだいぶ歳上だが、カロルもまだ幼い。羨ましいのだろうな、とノエルは目を伏せ、パッと菓子を出した。 「・・・君の分だ。」 「・・・いいの?」 「ああ。」 両手に持たせると、カロルは嬉しそうに笑って、「ありがとう、ノエル!」と大切そうに菓子を胸に抱いた。 |