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翌日、二ヶ月の不在を前に、デュランダルとジュディスは皆からの見送りを受けていた。

「デュランさん、いいですか?あんたに言ったところで無駄だろうけど、頼むから頭の片隅に何とか留めといてくださいね。」
「なんなんだ、いったい。」
「いくらジュディスちゃんが可愛いからって、むやみやたらに触らない、甘やかさない、まして手ぇ出すなんてぜっっったいに!ダメですからね?」
「お前はまだそんなことを言っているのかい?そんな心配は無用だよ。」
「信用できねー・・・、不安しかない・・・。」

がくりと項垂れるレイヴンだったが、デュランダルはいい加減何度も同じことを言われて辟易した様子だ。しかしこのまま放っておけば、ジュディスがこの男の無自覚な魔の手に引っ掛かってしまいそうな気がする。・・・既に手遅れのような気もするが。

「では聞くが、ジュディスが抱いてくれと言ってきたらお前はどうする。」
「そんなことは有り得ない。有り得ない話をするだけ無駄だ。」
「お願い、頼むから考えてえぇ!」
「・・・ああ、うるさい・・・。どうって、気が向けば抱くし、向かなければ抱かない。」
「あんたさっき俺がなんて言ってたか聞いてた?手ぇ出しちゃダメだってば。」
「向こうが望むならむしろ出されるのは俺だろう。だいたい、そんなことは有り得ない。何度も言わせるな。」

どこの世界に、自分より歳上の娘を持つ男に抱いてもらいたがる女がいるというのか。だいたいジュディスはイヴァンが好きなんだぞ、とデュランダルは徐々に苛立ち始めた。
一方、イルーチェはにこにことジュディスの両手を握って、笑った。

「ねーえ、ジュディス。」
「なあに?あなたは今日も可愛いわ。」
「ジュディスは今日も綺麗!じゃなくって、あのね、ジュディスはお父さんのこと、どう思う?」
「どう・・・?そうね、素敵な人だと思うわ。美形だし、何でもできるし。」
「ほんと?私もそう思う!お父さんみたいな人が恋人だったら最高だよねー。」
「そうね。相手は幸せだと思うわ。」
「だよね!うん、ありがと。大満足!」

よく分からないが、彼女は満足したらしく、「お父さ〜ん。」とデュランダルに駆け寄っていく。愛娘の姿に、いつもきりっとしている顔を緩ませた彼は、「なんだい?俺の天使。」と溶けそうな声で言った。

「お父さんはジュディス好き?」
「ちょっと、ルーチェちゃん?なに聞いてんの?」
「先生、お口チャック!」
「か・・・っ、か〜わい〜い・・・!なにこの子可愛い・・・!」
「ね、お父さん。どう?」

柔らかい髪を揺らしながらにこにこと見上げてくる愛娘に、本気で、俺の娘は最強に可愛いな・・・と思いながら、「好きだよ。」と答える。

「ほんと?」

ぱっと顔を輝かせたイルーチェに、可愛いなぁとさらに顔を緩ませる。

「ジュディスは素晴らしい女性だからね。嫌いな男はいないと思うよ。」
「うんうん、そうだよね。じゃ!頑張って!」
「・・・何を?」
「私、弟でも妹でもいいからね!名前私がつけていい?」
「・・・何の話かな?」
「二ヶ月の間に、ジュディスを妊娠させてって話だよ?」

さらりと放たれた爆弾発言に、レイヴンとアレクセイはもちろん、デュランダルさえも固まる。思考が飛び抜けたところがあることはよく理解しているが、我が子ながら何を言い出すのか・・・とデュランダルは頭を押さえた。

「・・・ルーチェ?ジュディスはお前よりも歳下だよ?」
「関係ないよー。私ももう成人したし、気にしないもん。」
「気にしてくれ、頼むから。」
「えー?じゃあ嫌なの?」

むう、と唇を尖らせた娘に、可愛い・・・と内心でデレデレしながら「あのね、」と頭を撫でた。

「俺はもう誰とも一緒になるつもりはないんだ。俺よりも、お前達が子作りに励みなさい。」
「うえ!?」
「そ、そういうのはまだ早いかな〜って・・・。」
「早く孫を抱きたいものだ。というわけで、俺は行ってくるよ。ジュディス、行くよ。」
「ええ。」
「あ、誤魔化した!もー!お父さん!」

背後でイルーチェが騒いでいるが、相手をするわけにはいかない。一人っこで寂しかったのだろうか・・・と思うが、ユーリもフレンもいるのだ。仕方ないと諦めてもらう他ない。
そそくさと離れると、ジュディスは背後を振り返りながら「いいの?」と尋ねた。

「二ヶ月経てば忘れているよ。まったく、我が子ながら思考回路が謎すぎる。」
「あら、よく似ているじゃない?」
「あの子は中身は妻似だよ。・・・まあ妻より不可解だが。」
「それがイルーチェのいいところでもあるわ。可愛いもの。」
「・・・お前はルーチェにいつも優しくしてくれるね。ありがとう。」

イルーチェと再会を果たした時から二人の仲の良さは把握していたが、ジュディスはよく気遣ってくれている。娘の気難しさによく付き合ってくれるものだ、といつも感謝していた。

「旅の間も、今も、イルーチェのほうが私に優しくしてくれているのよ。・・・感謝するのは私だわ。」
「俺にはそういう友人と呼べる相手はいないから、あの子にお前がいてくれて良かったと思っているよ。」
「アレクセイがいるじゃない?」
「あれは腐れ縁だよ。」
「意地っ張りね。」

くすくす笑うジュディスに、気持ちは昨日よりも上向いているらしいとデュランダルも微笑む。麗しい笑みを浮かべるジュディスの頬に触れると、ぴくりと華奢な肩が揺れた。

「・・・なに?」
「・・・お前は本当に優しくて素晴らしい女性だと思ってね。」
「・・・おじさまにそう言ってもらえるのは、嬉しいわ。」

ふわりと白い頬が淡く色付く。他の者にはいつも顔色ひとつ変えないのに、デュランダルの前になると彼女は少女のような反応をする。彼女もまた、親を早くに失ったのだと言う。父親のように思ってくれているのだろう、と解釈していた。

「どこか寄りたいところは?行きは急がなければならないが、行きたいところがあるなら、帰りに時間を取れるよ。」
「それだと二ヶ月では帰れないわよ?」
「たまには構わないじゃないか。手紙を出せばアレクが回してくれる。一ヶ月は余裕を持って帰れるよ。」
「・・・嬉しいけれど、私ばかりは狡いわ。イルーチェだって、おじさまと旅行をしたいはずよ。一ヶ月あるなら、どこか親子水入らずで・・・」
「俺と一緒にいるのは嫌かい?」
「・・・嫌じゃ・・・、・・・嬉しいと言ったじゃない・・・。」
「なら決まりだ。依頼を終えるまでに考えておきなさい。とりあえず今日はハルルまで行こう。」
「・・・ええ。」

麗らかな陽気の中、風に吹かれるデュランダルに、ジュディスは目を奪われ、瞬きすら忘れていた。
男性の中でも背が高く、すらりとして美しい彼は、最早年齢など何の問題でもない。
その存在は奇跡と呼んでも過言ではなく、それほどの人が一緒に二ヶ月、三ヶ月の時を過ごす相手に自分を選んでくれた。
二人きりでいる相手に。

「どうしたんだい?足を止めて。」
「・・・おじさまは、本当に素敵だと思って。若い頃は今より大変だったのではない?」
「俺の昔話なんて聞いてどうするんだい?大して楽しくないよ。」
「楽しくなくても、それが今のおじさまに繋がるのでしょ?」
「---、」
「言いたくないことは言わなくてもいいの。でも・・・、あなたの道筋を知ることは、あなたに近づくことだから。」

そっと彼の大きな手に触れてみる。拒絶はない。ゆっくりと見上げると、デュランダルは静かにジュディスを見つめていた。

「・・・俺は人に軽蔑される生き方しかしていない。お前達のような綺麗な人間とは違う。」

握ったジュディスの柔らかな指に、ゆるりとデュランダルの長い指が絡む。美しいものを愛でるように。

「・・・俺はお前達に軽蔑されたくはない。それだけが、俺が恐れることだ。」
「おじさまは、とても大きくて、強くて、いつも私達を守ってくれる。大切にして、愛してくれているわ。たとえ過去がどうであっても、それは変えられない事実よ。」

この大きな手が、過去にどれだけの罪を犯したとしても、闇にまみれていたとしても。

「・・・あなたは私の、大切な人だわ。」



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