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宿は思った以上に混雑しているようで、あちこちに人の姿を見かける。旅行者が明らかに増えていて、ジュディスは「・・・ずいぶん観光客が多いのね。」と辺りをゆるりと見渡しながら言った。 「帝国とギルドの施策のひとつだよ。魔導器がなくなり、どちらも困っているのは同じだ。人や流通が滞れば、貧しくなる一方だからね。特にこういった、地力のない町や村は困窮していく。それを解消するために、話し合いを持って安全な旅行を勧めているんだよ。」 「確かに、これなら名所を持つ町や村は助かるわね。」 「とはいえ、これでは部屋を確保するのは難しそうだが・・・。」 カウンターで部屋を取りたいんだが、と告げると、女性はデュランダルの顔を見てびくりと肩を揺らす。そしてその美貌に「え、あ、あの・・・」と真っ赤になって狼狽えた。だがこんなことは慣れっこなのだろう。デュランダルはにっこり微笑むと、女性の手にさりげなく触れた。 「大丈夫かい?お嬢さん。部屋は空いていないのかな?」 「あ、空いて、います・・・っ」 「そう。二部屋取りたいが大丈夫かな?」 「も、も、申し訳、ありません・・・。今は、ひ、ひと部屋、しか・・・」 「そうか・・・、仕方がないね。ならひと部屋お願いしてもいいかな?」 「で・・・では、お、お名前、を・・・、あ・・・っ」 緊張のあまり、女性はペンを落としてしまう。デュランダルが足元に落ちたそれを拾うと、女性はますます赤くなり涙ぐみながら謝った。 「申し訳ありません・・・っ!」 「気にしないで。・・・これでいいかな?」 「・・・は・・・はい・・・。」 ペンを受け取りながらぼうっとデュランダルを見上げる。こんな短い時間でも夢心地になった女性に、彼は優しく笑って華奢な指を取った。 「・・・!?」 「春先とはいえまだ冷えるね。」 「・・・は、は、はぃ・・・っ」 「あまり冷えないようにしないと風邪をひいてしまう。・・・身体は大事にしないとね。」 頑張って、と微笑み、デュランダルはジュディスに「行こうか。」と促す。カウンターにいた女性だけでなく男性までもが彼を見ていて、本当になんて質が悪い、とジュディスはそっと溜め息を吐いた。 部屋に入り荷物を置くと、「・・・おじさま。」と大きな背中に呼び掛ける。「なんだい?」と振り向いた彼は、やはり何もわかっていなそうだった。 「あまり女性に触れてはダメよ。」 「・・・?触ったかな?」 「触ったでしょう、さっき。手を握ったわ。・・・まさか自覚がなかったの?」 「ああ・・・、触った・・・ような気もするが・・・。」 どうだったかな?と首を傾げる彼に、あれは完璧に無意識だったのだと知り、ジュディスは眉間に皺を寄せた。 「ねえ、おじさま。あまり煩く言いたくないのだけど、おじさまは素敵すぎるの。老若男女問わず、おじさまに見惚れてしまうの。」 「そうだね。」 「わかっているなら、みだりに触れてはいけないわ。期待させてしまうもの。」 「そういうものか・・・?」 「そうなの。さっきの人を見たでしょう?すっかりおじさまに見惚れて、おじさまを好きになってしまったかもしれないわ。応えるつもりがない相手に、優しくしてはダメ。可哀想よ。」 デュランダルは神妙な顔でそれを聞き、「・・・お前に気を揉ませてしまって、すまなかったね。」と目を伏せた。 「私はいいの。おじさまといて迷惑だなんて思わないわ。ただ、彼女がずっとおじさまを忘れられなくて、一人のままおばあさんになってしまったら、それはいけないことなの。」 「うーん・・・、他人なんてどうなろうがどうでもいいが・・・、お前がダメだと言うなら、気をつけるよ。」 「そうしてちょうだい。優しくするのはいいけれど、触れるのは自重して?」 「・・・お前は嫌だったかい?」 「え?」 「俺はお前が可愛いから、つい触れてしまう。嫌だったなら謝らないと。」 しゅん、とらしくもなく項垂れるデュランダルに、か、可愛い・・・と激しくときめく。顔に出さないよう気をつけながら、胸を押さえた。 「・・・さっきも言ったでしょう?わたしやギルドのみんなは、おじさまがそういう触れたがる人だと知っているからいいの。嫌だなんて、思ったことはないわ。」 「良かった。お前に嫌がられたらさすがに落ち込む。」 嫌がるどころか、本当はもっと触れてほしいし、あなたのものにしてほしいと思っているなど、とても言えない。 それにしても、あれだけ思わせ振りなことをしておいて無自覚だったなんて、ちょっと問題だ。 ジュディスは紅茶を淹れるデュランダルを眺めながらソファーに座り、ずっと気になっていたことを尋ねた。 「・・・おじさまって、女好きなの?」 「まあ男だからね。男も可愛いげがあれば好ましいが、女はいい。」 「・・・いい、というのは?」 「俺はイヴァンと違って、セックスは好きだからね。もう何十年もご無沙汰ではあるが。」 「記憶がなかった間も・・・、一度も・・・?」 「妻と娘がいることは覚えていたからね。不義はしない。ただまあ・・・、正直な話、イルミナが死んだ以上セックスをするだけの相手は欲しいと思うよ。」 「・・・そう、なの・・・。」 「女という生き物は見ていても楽しいし、小さくて華奢で可愛いからね。セックスをするならやはり女がいいとは思うかな。」 優雅に紅茶を淹れながら、とんでもないことを言ってくれる。この場に自分以外の他人がいたら、我先にと相手が殺到していただろう。 どうぞ、と差し出された紅茶にミルクを淹れ、くるくるとかき混ぜる。もう少し、探りを入れても大丈夫かしらとデュランダルを盗み見ながら、意を決して口を開いた。 「・・・そういう相手を、作ろうと思っているの?」 「アレクが煩いのもあるし、ルーチェもいるし、なかなかね。俺ももう五十間近だから、というのもある。こんなおじさんに抱かれてもいいと思う子もいないだろうし、かといって同年代は既婚者ばかりだからね。」 「おじさまがおじさまなのは年齢だけよ。さっきの人だって、私とそう変わらない歳だわ。」 「顔を思い出せないということは好みじゃないな。」 「逆におじさまはどういう人が好きなの?」 「お前なんか、まさにそうなんだけどね。」 さらりと口にされ、どく・・・っ!と心臓が揺れる。思わず胸を押さえたが、動揺のあまり言葉が出ない。 「言ったろう?俺は美しいものが好きだ。お前は正しく俺の理想と言えるだろうね。同年代だったら部屋に二人になった時点で犯してるよ。」 彼は半分冗談なのだろう、楽しそうだ。だがジュディスには笑い飛ばせない話でしかない。 彼に女として見てもらえるわけがないと諦めていたのに、まさか理想とまで言ってもらえるなんて。 デュランダルはお世辞は言わない。けれどジュディスが許すとは思っていないのだろう。もし、今彼の言葉に頷いたら--- (・・・おじさまは、私を抱いてくれるの・・・?) 「ジュディス?どうかしたかい?」 「・・・・・・。」 「疲れたのかな?早めに夕食を取って休もうか。」 頬に指が触れ、ジュディスは思わずビクリと肩を揺らした。気付かれるほどはっきりと。 そんな自分の反応に頬が熱い。震える手を持ち上げて、顔を隠した。 「・・・ごめんなさい・・・、私・・・少し・・・おかしい・・・。」 心臓が煩い。嬉しくて、恥ずかしくて、息苦しい。身体の震えが止まらない。デュランダルはジュディスの震える指を掴むと、唇を押し当てた。 「・・・おじさま・・・、」 「・・・そういう反応をされるとね。」 「・・・っ、」 「俺みたいな悪い奴に、食べられてしまうよ?」 魅力に溢れすぎた顔に、熱を出した夜とはまた違う、男の顔が現れる。興奮しきって見ていられない。発狂しそうだ。 「・・・いいなら、お前からキスをして。俺はお前に手を出すなとダミュロンに煩く言われているんだよ。」 どくっと心臓が強張る。まだ何もされていないのに、もう死んでしまいそうだ。おずおず見上げると、首筋を撫でられた。 手を出せないと言いながら、彼はもう逃がす気がない。じわじわとジュディスの身体をソファーに倒していっている。ふわりと髪を解かれ、肘がついた。 「・・・おじさま・・・。」 首を伸ばして唇を重ねる。間近で見つめあうと、デュランダルは、ふ、とそれを笑わせた。 「・・・いい子だ。」 後頭部が肘おきにつく。重なってきた顔に、ジュディスは目を閉じた。 西日さす小さな世界でただ二人きり |