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空に瞬く無数の星の数ほど男も女も抱いてきたデュランダルにとって、それなりに経験はあっても、未だ性の深淵に至る道の途中にしかいないジュディスなど、翻弄するのは容易かった。一度目、ずいぶんと久しぶりの絶頂に目を閉じて、己の手のひらに精を吐き出す。射精を終えた瞬間がやはり一番つまらないなと思いながら拭ってジュディスを見ると、ぐったりと身体は弛緩して目が閉じられている。「・・・ジュディス?」と呼びかけてみるが返事はなく、気をやったかと涙でぐしゃぐしゃになった顔に触れた。
デュランダルはたった一度だが、その間に彼女が達した数は二桁を越えただろう。最初ならこんなものかと服を着て、ジュディスの身体を拭ってバスローブを着せてやると、階下に下りてカウンターで煙草をもらった。

外はすっかり真っ暗だ。食事くらいさせるべきだったなとぼんやり考えながら煙を吐き出し、脚を組んで背凭れに身体を預けた。

いつかこうなるのではないかと予感があっただけに、戸惑いもなければ罪悪感もない。最近やけに周囲が自分とジュディスを気にかけていた。付き合いが長く、デュランダルという男がいかに厄介かを知るアレクセイとレイヴンがしきりに気にする時点で、先は見えていたも同然だ。それだけデュランダルはジュディスを気に入って格別に可愛がっていたし、極めつけは娘までもが二ヶ月の間にジュディスを孕ませてと言ったことだ。それを聞いた時は、何を言っているんだと思うと同時に、俺とジュディスはそうなるのかもしれないなと、ある種の確信を抱いた。
イルーチェは猜疑心が強い。人の好き嫌いも激しいため、後妻など考えたこともない。まず許さないだろうことは分かりきっている。だからジュディスならいいと言った時は、実は少し驚いた。
デュランダルには鋭い先見の明があった。だからこそ過酷な環境を生き抜いてこれたとも言える。特にそれは人に対して発揮されてきた。目の前にいる人間が何を求め、どうすれば取り込めるか、その道筋が見える人間だった。イルーチェは無意識にそれを備えていて、無意識に発揮するから質が悪いのだが、意識的に発揮している自分の質の悪さも自覚している。そんな親子に気に入られたジュディスは不幸なのかもしれない。
だがデュランダルには、ジュディスとこの先名前のある関係を築くつもりなど毛頭ないし、まして孕ませるつもりなどない。彼女とはあまりに歳が違いすぎるし、生きてきた世界が違いすぎる。もう五十も間近になって、今さら誰かと名前のある関係を築くなど、何の意味もないと思う。そう長く生きるつもりもないし、まあせいぜいあと十年生きれば充分だろうと思っていた。

だが問題は、地下だ。

生きている間には帝国をどうこう出来ない。事を起こせばフレンの道を阻むことになるからだ。実父の件を乗り越え、若くして騎士団長になり、夢への道を歩き始めた義息の障害になるつもりはない。だがいつか、この恨みを果たす種を育て、芽吹かせることを諦めてはいなかった。そのためには、新たな家族は邪魔だ。イルーチェさえいればいい。
ジュディスは若く、美しく、聡明だ。強かで逞しい精神を持った素晴らしい女性であり、しっかりと自立している。今だけの関係にのめり込むような愚かな女ではない。
ただ、明日になって、デュランダルの言葉や反応のすべてに従順なだけの女に成り果てていたら、その時は切り捨てる時が早くなるだけだ。
だがそんな愚かな女でないことは知っている。彼女は自分さえも糧にしてさらに成長し、美しくなり、踏み越えて自らの力で幸福を手に入れるだろう。それでいい。
考えるべきことは他に山のようにある。ギルドのこと、カロルのこと、何より地下のこと。

地下を継ぐに相応しい人間を、早く見つけなければならない。一人で無理なら、イヴァンに半分を継がせ、もう半分を誰かに継がせることも考えているが、その誰かが見つからなければ意味はない。この先数年で見つからなければ、その時は---

(・・・ルーチェが言ったように、ジュディスに一人産ませる選択肢もある・・・、か・・・。)

だがそれは最終手段だ。我が子をそんな目的のために作りたくはない。他の誰がどうなろうと構わないが、我が子には自らが望む道を生きてほしい。
適当に孤児を、と考えたこともあるが、子どものうちから育てては我が子と同じだ。ユーリやフレン、カロルと同じように情が湧いてしまう。ある程度年齢を経て、なおかつ強かで精神力のある、合理的で判断力のある世情に明るい頭の良い人間。なおかつ冷酷さを併せ持つ者を探さなければならない。
だがそんな人間がそういないことは、理解している。
ゆらゆらと紫煙が立ち上るのを見つめながら、目を伏せ、急がなければならない、と思う。
長引けば長引くほど、死への道は遠くなる。生きれば生きるほど、彼女に会えない日々が続く。

「・・・なぜ俺を殺しに来ない・・・、・・・イルミナ・・・。」

微かな希望さえ、打ち砕かれた。もしかしたら、と思ったのに。

『ねえ、デュラン。夫婦になるにあたって、先に言っておくわね。』
『なんだ、いきなり。改まって・・・。』
『あなたが大層女性に人気がおありなのは、前々から知っているけれど、私と結婚する以上、浮気は許しませんからね?』
『・・・あのな、俺は自分から女を探したことはないぞ。どいつもこいつも、向こうから寄ってくる。』
『あと、その乱暴な話し方、直してくださらない?』
『ああ?』
『子どもが真似をしたら嫌だもの。』
『・・・・・・、・・・わかった。善処する・・・。』
『ああ、浮気は駄目と言っても、女性は駄目という意味よ?男性ならお好きにどうぞ。』
『なんだ、その理不尽な話は・・・。』
『もし女性と浮気をしたら・・・、・・・そのご立派な一物とは永遠に別れることになると覚悟なさいね?』

あんなことを言っていたのに、影も形も姿を見せないまま。五体満足にこうしている。もしかしたら、もう俺に何の未練もなく、成仏しているのかもしれないな、と自嘲した。
この世の誰より愛しい女。誰といても、忘れることのない、人生を変えた女。

『まあ・・・、私あなたのような美しい方にお会いしたのは初めてよ!』

もうあの好奇心に輝く瞳を見ることはない。

『デュラン、おにいさまに悪戯しましょう。声を出しては駄目よ?』

悪戯好きで、愉快なことが好きで、明るいあの笑顔を見ることはない。

『あなたがどんな罪を犯していたとしても、あなたが好きよ、デュラン。』

どんなに願っても、二度と彼女の声で、好きだと言ってもらえることは、もうない。

『・・・子どもができたの。私達、親になるのよ。』

世界が奇跡で彩られるような希望を与えてくれた彼女は、もうこの世のどこにも存在しないのだ。
姿は自分によく似ているが、ところどころ妻の面影を残すイルーチェだけが、デュランダルをこの世に留めている。
だがその娘も、今や愛する者を見つけ、立派な大人になった。相手は昔から可愛がって信頼してきた人間だから、何の心配もない。
二人が結婚したら、もう本当に未練はなくなる。果たすべき務めは、レイヴンがしっかり継いでくれるだろう。
そうしたら、妻の墓の前で、やっと眠れる。やっと会いに行ける。
膝まずいて、謝って、許しを乞うことができるのだ。
吐き出した煙が、窓から出て夜空に向かっていく。それを心の底から羨ましく思いながら、デュランダルは天井を仰ぎ、目を閉じた。



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