5-3


目を開けると、薄暗かったはずの外は明るく、すっかり夜が明けていた。ジュディスはむくりと起き上がり、自らが身につけた覚えがないバスローブに、自分がおそらく気絶したこと、そして後始末をすべてデュランダルがしてくれたことを察した。なんてこと・・・、と己の翻弄され振りに恥ずかしさを感じ、ベッドから起き上がる。綺麗にまとめられていた己の衣服を身につけてしまうと、ガチャリと扉が開いてデュランダルが入ってくる。着替えを済ませているのを見て、「おはよう。」と微笑んだ彼に「・・・おはよう、おじさま。」と答え、ジュディスは彼の前まで歩み寄った。

「駄目じゃない、おじさま。」
「・・・、・・・何が?」

いきなりのダメ出しに目をパチパチと瞬いたデュランダルに、ジュディスは肩を竦めた。

「行きは急がなければいけないのでしょ?それなのにあんなに凄いことをして、私だったから動けるのよ?もっと自重してちょうだい。」
「・・・はい・・・。」
「もちろん私もいけないのだけど。まさか気絶してしまうとは思っていなかったわ。おじさま、楽しめなかったでしょう?」
「・・・、・・・ふふ・・・お前は・・・、っくく・・・。」
「何かおかしい?」

なかなか笑い上戸であるデュランダルはツボに入るとなかなか笑いが引かない。腹を押さえて目尻を拭った彼は、「いや、すまなかった。」と楽しそうに言った。

「確かに、俺が全面的に悪かった。つい興が乗ってしまったものだから。」
「・・・私で楽しめた?」
「もちろん。少なくとも俺にとっては素敵な夜だったよ。お前のような素晴らしい女性が相手だった。ありがとう。」
「どういたしまして。それなら気絶した甲斐があったわ。」

目を細めて笑うと、「お前は?」とデュランダルが尋ねる。

「俺が相手で楽しめたかい?」
「・・・わかっていて聞くなんて意地悪ね。」
「言葉にしてもらいたいこともあるさ。」

垂らしている髪に長い指を通して、「・・・期待外れ、なんて思われては悲しいからね。」と毒のような甘い音を紡ぐ。ジュディスは頬を染めて、デュランダルから目を逸らした。

「・・・凄かったし、初めてのことばかりで・・・正直、戸惑っているのよ・・・。今までとは、比べ物にならないくらい・・・よくて・・・。」
「それは光栄だ。」
「ただおじさまにしてもらうばかりで、何も出来なかったし・・・私・・・いつ気絶したかしら・・・?」
「俺が達する直前くらいかな?ああ、当然ナカに出してはいないよ。」
「おじさまはそんな無責任な人じゃないもの。そんな心配はしていないわ。でも・・・なぜ生理が近いとわかったの?」

生理周期を把握されていた感じではなかったが、確かにそろそろ生理だったのは間違いない。底知れない人だとは思っていたが、そんな特殊能力でもあるのかと見上げると、彼は「ああ、」と目を丸めた。

「子宮に触れたからね。」
「・・・子宮って触れるものかしら?」
「女性の身体はね、生理周期に合わせて子宮が上がり下がりするんだよ。生理直前になればかなり下がってくる。そして生理が終わると上がるから、指では届かなくなるんだよ。感じても下がってくるが、すぐに触れるくらい下がることはないからね。」

なぜ女の私が知らないのにおじさまが知っているの、と思うが、デュランダルならばおかしくもないのかと思い直し、「・・・そうなの。」とだけ答えた。

「万が一にもないとは思うが、妊娠したらすぐに言いなさい。」
「なぜ?」
「そこまで無責任じゃないよ。」
「・・・勘違いしないで、おじさま。」


顔を歪めて言うと、デュランダルは食事を乗せたトレイに触れながらジュディスを見遣った。

「私は産むつもりなんてないわ。」
「・・・なぜ?」
「おじさまにはただでさえ子どもが多いのよ。これ以上は足枷になるわ。」
「------、」
「おじさまにはイルーチェがいるの。彼女は腹違いの兄弟を許すような人ではないし、私は彼女に不必要に気を揉ませる気はないわ。第一、おじさまは奥様を愛しているでしょう。」
「だから?」
「たとえこの世にいなくても、おじさまが愛している限り、奥様は生きているのと同じよ。身体を重ねても、証を残してはいけないわ。」

毅然と言い放ったジュディスに、デュランダルは目を丸めた。

「だから、私を抱いたなら他の誰かを探さないで。あちこちで種まきをされては堪らないわ。おじさまはもっと自分自身を自覚してちょうだい。」
「・・・自覚。」
「おじさまとアレクセイ、そしてレイヴンがいる私達のギルドは、これから誰もが認めざるを得ないギルドになるわ。あなたが外で種まきをすれば、それを口実に取り入ろうとする人も増えていくでしょう。カロルに悪影響だわ。でも私ならそんな心配いらないもの。」

つかつかと歩み寄ってきたジュディスは、デュランダルの胸ぐらを掴んで顔を引き寄せる。そしてにっ・・・と蠱惑的な笑みを浮かべた。

「・・・まさか私で満足出来ないなんて言わないわよね?」

挑発的な物言いに、美しい笑みに、ぞくりと背筋を悦びが駆け上がる。
デュランダルは常に人の上にいた。常に誰かを屈服させてきた。誰もが挑む前に敗北を認めてきた。
だがジュディスは違う。これだけ歳の差があって、昨夜好き放題にされても、なおも挑んでくる。堪らない高揚感に、デュランダルは無意識に笑った。

「・・・お前は面白い。」
「飽きなくていいでしょう?」
「・・・この俺に、こんな真似をする女は、お前くらいだ。」

そう、後は亡き妻くらいだった。あの女も、気持ちは弱いくせに勝ち気で、挑戦的で、面白く、退屈しない女だった。

「・・・いいだろう。確かにお前以上の女はいない。ただ・・・自分から遊び相手と言ってしまうのは感心しないがね。」
「おじさまが恋人や妻を持つ気がないことくらい分かっているわ。私はそこまで馬鹿ではないつもりよ。」

言い当てられ、瞠目する。それを理解していて、かといって悲観的な様子もない彼女に、歳相応さはなかった。

「私はおじさまにとって、この上なく都合の良い遊び相手でしかないことくらい、おじさまを見ていれば分かるわ。」
「・・・そう思っていて、お前は俺にこの先も許し続けるのかい?」
「おじさまは紳士的で優しいもの。あらゆる点において、勝る者はないわ。そんな人にある意味認められているなんて、むしろ誇らしいことではないかしら?」
「お前は本当に面白いね。」
「気に入ってくれたかしら?」
「もともと気に入っている。・・・少しお前を侮っていた。」
「それなら、認識を改めて、約束してちょうだい。遊び相手は私だけ。むやみに女性には触らないこと。」
「ああ、約束だ。」

差し出された小指に指を絡める。ジュディスは内心で安堵していた。
うまくいった、と。
彼は油断ならない人だ。笑顔の下で何を考えているかを常に想定して先回りしておかなければ、あっという間に切り捨てられ、遠ざけられてしまうだろう。
彼の愛は無償ではない。それを受けられるのは、彼が我が子とした者だけだ。
物分かりよく、行儀よく、従順と自立を上手に使い分け、品位を保つ。
そうして初めて、彼は相手を認識するのだ。
普通の女では、並ぶ資格は得られない。

「今日はどこまで行くの?ノール港まで?」
「うーん・・・、このままもう一泊しようか。」
「・・・おじさま。」
「睨まないで。だってせっかくこうなったのに、俺は一度しか達してないし。可愛がり足りないんだよ。」
「ダメ。あ、もう・・・、ダメったら。」
「・・・どうしても?」
「急ぐんでしょう?もう・・・さすがイルーチェのお父様ね。」
「おかしなところばかり似てしまうみたいだね。おあずけされてしまったし、食事をして出発しようか。」
「・・・行きは急ぐからよ?」
「ふうん?帰りは?」
「・・・寄り道しながら、可愛がってちょうだい?」
「ふふ、楽しみが出来た。」

にこにこと無邪気に笑う姿に、ジュディスも笑みを返す。
一度たりとも選択を間違えられない人との、駆け引きに満ちた日々が始まった。




prevnext