6-1


何とも都合の良いことに、ノール港に到着した日に生理がきて、一週間船旅となった。一週間もあれば終わるため、ゆっくりできる。出来れば移動や戦闘は避けたいため、ジュディスはあまり船室から出ずに過ごしていた。デュランダルもあまり船室から出ない。もともと外出があまり好きではない人だし、派手に見えて文化人だ。世の人間は外見に見あった、派手な人間だと誤解しているようだが、実は静かに読書をしたりするほうが好きだということを知っている。本を読んだり、書類仕事をする時だけ眼鏡をする横顔を眺めながら、格好いい・・・と寝転がる。何となく怠さが抜けなくて、今日は朝からずっとこんな調子だが、デュランダルを見ていて飽きることはない。それぐらい、彼は類い稀な美形だった。

「・・・ずいぶん視線を感じるけれど、体調が酷くなってきたのかな?」
「・・・おじさまを独り占めしているみたいだと思って。」
「なんだい、急に。可愛いことを言うね。」
「おじさまは、いつも誰かのものだもの。」

最近ではやはりカロルだろうか。次がイルーチェ、ユーリ、イヴァンとなり、四人の誰かがいなくてもアレクセイかレイヴンがいる。いつも誰かに頼られて、愛されている彼を独り占めなんて、相当な贅沢だ。
デュランダルは本を閉じると、ベッドの端に座って頭を撫でた。

「これからはそんな時間が増えるよ。お前には色々手伝ってもらいたいことが多い。」
「・・・私で遊ばなければならないしね。」
「可愛がると言ってほしいな。」
「ふふ、あまり可愛がると我が儘になるかもしれないわよ?」
「構わないよ。・・・お前は少し、物分かりが良すぎるから。」

優しい手つきで頭を撫でられるのが心地好い。彼は本気でもっと甘えていいと思ってくれているのだろうが、慣れというものは恐ろしい。普段から自制しなければ。

「・・・本はいいの?」
「怠いと言っていたから、あまり話しかけないほうがいいかと思ってね。」
「・・・おじさまの声を聞いていたいわ。何かお話して?」
「いいよ。何を話そうか。」
「じゃあ・・・、おじさまはどうしてギルドに入ったの?」

カロルの勧誘はかなりいきなりだったと思う。イヴァンの時もそうだった。だがイヴァンは子どもが大好きだし、あそこまで熱烈な憧れをぶつけられたら、誰でも頷いてしまう。だがデュランダルはそうではない。彼が好きなのは、我が子と思う者だけで、けして子ども好きではない。それなのに、デュランダルはあっさりと頷いた。

「ルーチェが入って欲しそうだったからね。ユーリもいるし、ある程度道筋をつけてやりたかった。」
「今は?」
「カロルは可愛いし、我が子も同然だ。居心地もいいし、悪くない選択だったと思っているよ。」
「・・・それなら良かったわ。でもカロルは可愛いだけじゃないわよ。首領としても、ヒトとしても、将来有望だもの。」
「本当にね。アレクがあそこまで入れ込むくらいだ。あれは少し予想外だったな。」
「ユーリはまだ複雑なようだけれど。」
「・・・あの子は今が一番辛いだろうね。ルーチェはダミュロンと別れなさそうだし、アレクがいるし、最近危うい。誰かいい相手ができればいいんだが・・・。」
「それは・・・、難しいんじゃないかしら・・・。」

ユーリのイルーチェへの愛情は相当に深い。フレンよりもずっと長く一緒にいるだけあって、そう簡単に次の恋には向かわないだろう。

「・・・ユーリがああなってしまった原因は俺にある。俺が不在の間、ユーリも、フレンも、頑張ってくれたんだろう。」

長い睫毛を伏せ、憂いを浮かべる。最近やけにユーリに構っていたのはそのせいかと得心していると、デュランダルはごろりと横に寝転がった。

「ユーリはああいう子だから、そのうち壊れてしまいそうでね。お前も何か気付いたら、気遣ってあげてくれないか。」
「ええ。深刻そうなら、おじさまに報告するわ。彼は私達には、どうしても弱味を見せないから。」
「あのガキ大将が、今や立派な兄貴分だからね。もう少し甘えてくれていいのに。」
「甘えているじゃない。あのユーリが、おじさまの前だと小さな子どもみたいだもの。」

初めて見た時はさすがに驚いた。フレンにすら弱味を見せない彼が大人しくなるのは唯一イルーチェの前だけで、それすら最初は意外だと思っていたのに、まさかそれを上回る存在がいたなんて。ユーリはひどく危うい人だ。簡単に自分を捨ててしまう。捨てる、というのは語弊があるかもしれないが、強くて、逞しく、目の前の誰かを見捨てることをしないが、それゆえに何度も自らを危険に晒し、真っ直ぐすぎて誤解を招くことも多い。それがどうにも、そう見えてしまう。少なくとも、周囲が必要とする気持ちに反して、自らを大切にはしていない。
だからデュランダルのように、圧倒的ですべてを察して委ねてしまえる人間が、彼には必要だった。

「・・・ねえ、おじさま。」
「ん?」
「おじさまは、誰に甘えられるの?」
「・・・さあ。少なくとも、甘えるというのはよく分からない。守らなければならない相手はたくさんいるが、何しろ俺はギルドでも最年長だしね。」

そう言って笑う顔は、穏やかだが、ひどく孤独で孤高に見えた。そっと手を伸ばして、五十間近の男であることが信じられない肌に触れる。彼はジュディスをじっと見ていて、その眼差しに胸が熱くなった。

「・・・おじさまは、目を離すと、どこかに行ってしまいそう。」
「・・・そうかな。」
「・・・ずっと、何かを探しているような・・・そんな気がするわ。」

それが何かは分からない。亡くなった妻なのかと思いもしたが、少し違う気がする。

「・・・甘えてみて?そんなおじさまを見てみたいわ。」
「・・・?どうやって?」
「そうね・・・。私達を甘やかすみたいに・・・、撫でられて、抱き締められてみるとか、かしら。」
「俺が?似合わないことこの上ないな。妻にもしたことがない。」
「私はおじさまにとってなにでもないもの。だからいいのよ。」

腕を伸ばし、頬と前髪を撫でる。滑らかで温かい手に、デュランダルは僅かに目を細める。来て、と優しく呟くと、彼は微妙な顔つきでジュディスの胸に顔を寄せた。

「・・・変な感じだ。」
「あら、私が初めてかしら。」
「・・・俺に甘えてなんて言うのは、お前くらいだよ。」

長い腕が背と腰に回る。子どもにしてはかなり大きいが、ジュディスは精一杯優しく触れるように心がけ、さらさらの髪を撫で、頭頂部に唇をつけた。

「おじさまはこれまで、ずっと誰かを守って、頑張ってきたもの。そのためにたくさん戦ってきたんだと聞いたわ。だから、これからはいいの。」
「------・・・。」
「私を守ってくれなくていいの。私は強いし、頑丈だから、簡単には壊れないわ。おじさまが多少無茶をしても、受け止めてあげる。」

孤独だったあなた。幸せすら束の間に失ったあなた。今なお、孤独だと言うあなた。

「・・・私がおじさまを守ってあげる。」

あなたを愛してる。
ただあなたの隣に立てればいい。
あなたが孤独を感じないように。
ふとあなたが周囲を見渡して、それを感じてしまわないように、ずっと側にいる。
過ぎ去ったあなたの苦しみや悲しみを、共に分かち合うことは出来ないかもしれない。けれど、あなたごとあなたのこれまで生きてきた道を愛するから。

「・・・一人じゃないわ、おじさまは。」

あなたの心に誰が住んでいても、あなたが求めているのが私じゃなくても。
これからの日々、あなたが最期を迎えるまで、私はあなたを一人にしない。
あなたを、愛してる。

「・・・あの子達は、こんな気持ちなんだろうか・・・。」
「どうかしらね。おじさまには私みたいな立派な胸はないし。」
「ふふ・・・そうだね・・・。」
「でも・・・、私はおじさまに抱き締めてもらうと、安心するわ。」
「・・・・・・安心・・・、か・・・。」

すり、と胸に顔を寄せる。まるで小さな子どものように。

「・・・よく分からないが・・・、なんだろう。・・・悪くないね・・・。」

誰より強くて、逞しくて、大きな人。そんな人が、こんなに無防備になっている。その事実が何より嬉しかった。
何も生み出さない関係であることは理解している。それでも彼が、時々でもこうして必要としてくれたら、それだけでいいと思った。



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