6-2
トリム港に着いたのは夕暮れ前で、無理をすればヘリオードに着けなくもないが、大事を取ってその日は一泊することになった。大陸を繋ぐ要所であるが、バウルで移動するようになってからは船に乗ることもなくなっていて、トリム港はだいぶ久しぶりだ。そういえば、初めてイヴァンに会ったのがここだった、と彼が群衆を魅了していた在りし日を思い出していると、足を止めたことを訝しんだデュランダルが「ジュディス?」と振り返って名を呼んだ。 「ごめんなさい、何だか懐かしくて。ここで最初にイヴァンと会ったから。」 「ふうん・・・、ここには確かメアリーがいた気がしたが、イヴァンも知り合いかな?」 「メアリー?」 「幸福の市場の社長だよ。」 「・・・どんな関係なのかしら。」 「以前来た時に知り合っただけだよ。赤毛だからルーチェを思い出してね。」 「・・・そっちなの。」 てっきり昔抱いた女の一人とでも言うのかと思っていたが、イルーチェを重ねて見ていたならそれはない。彼女はイヴァンがそれは好きなようだったが、デュランダルはどうだったんだろうかと考えていると、「危ないよ。」と肩を抱かれ、引き寄せられる。先程まで立っていた場所を荷車が過ぎて行って、呆然としていると長い指が頬を擽った。 「どうした?ぼうっとして。」 「・・・何でもないの。ちょっと考え事をしていただけよ。」 「何か心配事があるなら聞くよ?」 「大丈夫よ。本当に大したことじゃないわ。」 「・・・ならいいが、何かあったらすぐに言いなさい。」 「ありがとう、おじさま。」 トリム港はノール港よりもギルドの力が働くからか、人も多く活気に満ちている。そのため宿も様々あって、いつも旅の間は一番安い宿に泊まったものだが、デュランダルは迷いなく一番高い宿に入っていく。なぜわざわざ一番高い宿に、と慌てて腕を掴むと、彼は「どうした?」と不思議そうな顔をした。 「・・・おじさま、ここは一番高いのよ?」 「そうだよ?だから泊まるんじゃないか。」 「一番安い宿でいいわ。無駄遣いはダメよ。」 「お前が泊まる宿だ。値段なんて関係なく、一番いい宿に泊まるに決まっているだろう。」 さらりと言われ、ジュディスは目を丸めてよろめく。つまり、彼は自分がいい思いをしたいわけではなくて、私のために・・・と思い至り、どきどきと胸を高鳴らせた。 「金というものは価値あるものに惜しむものではないんだ。俺一人なら一番安い宿で充分だが、お前が寝る場所に妥協はしない。いいね?」 「・・・は・・・い・・・。」 頬が熱い。きっと真っ赤になっている。デュランダルは、ふ、と笑みを浮かべると唇をジュディスの耳元に近付けた。 「・・・それよりも、部屋は別にしたほうがいいのかな?」 「・・・っ!」 「別がいいなら早く言わないと、一部屋になるよ?」 ニヤリと笑い、デュランダルは軽やかに宿へ入っていく。ジュディスはじんじんと熱を持って疼く耳を押さえながら、目を伏せた。 別がいいなんて言うわけがないと分かっているくせに、本当になんて意地悪な人だろう。脚まで震えて、すっかり期待してしまっている身体を何とか動かして中へ入ると、デュランダルは既に部屋を取っていて、「おいで。」と促した。 さすが一番高い、幸福の市場直営の宿だ。内装も趣味がいいし、調度品も良いものを使っている。ふかふかのベッドは綺麗に整えられていた。 デュランダルはまったくいつもと変わりない。だがさすがに、いかにジュディスでも彼と同じようにはいかなかった。いくら彼に飲まれないように気を張っていても、圧倒的に経験値には差がある。またあんな凄いことをされるのかと思うと、脚が震えて動けない。こんな風になったことなんてないのに、と目を伏せると、上着を脱いだデュランダルがジュディスの様子に気付いた。 「・・・可愛いお嬢さんはどうしたのかな?」 「・・・っ、」 「まるで狼に食べられる寸前の兎みたいだね?」 「・・・おじさまは・・・狼よりも、意地悪だわ・・・。」 脚だけでなく、声まで震える。己の不甲斐なさにより羞恥心が高まって顔を上げられずにいると、ばさりと彼の上着に包まれた。 頭の芯が痺れるような深くて甘い香りに包まれて、息が止まる。ぐい、と上着ごと引き寄せられて、上がった顔にデュランダルの顔が重なった。 「・・・っ・・・、ん・・・」 また、思考も何もかも奪うような口付けが繰り返される。深く犯されて、頭がくらくらして、立っていられない。膝が崩れて座りこみそうになると、脚の間に彼の膝が入った。 「・・・おじさま・・・。」 「・・・後でね。せっかくいいところに泊まったし、きちんと食事をしよう。」 「・・・そんな・・・、私・・・もう・・・っ」 自分でも分かるくらい、濡れ始めている。欲しくて、胎の奥が脈打っているのに。 霞む瞳を向けるが、彼はくすくすと笑って、濡れた唇を拭った。 「・・・おあずけのお返しだよ。」 す・・・、と脚が外れる。腕を支えてもらい座り込まずに済んだが、身体は不自然に熱を持ったまま収まらない。 「・・・おじさまは、こんなになってなかったのに・・・酷いわ・・・。」 「一人でしては駄目だよ。・・・ちゃんと我慢しなさい。いいね?」 「・・・早く、食事・・・。」 「ふふ。そうだね、そうしよう。」 早く、一秒でも早く、彼が欲しい。 まだたった一夜の彼しか知らないのに、身体はすっかり彼の手に堕ちてしまっていた。 恐ろしい人。 意地悪で、優しくて、酷くて。 簡単に翻弄していく。 「なんなら少し休もうか?歩くのも大変そうだ。」 「・・・おじさまのせいなのに・・・。」 「この程度序の口なんだけどねぇ。」 これが序の口なら、彼の本気に触れたら気が狂うのではないだろうか。ぞくりと震えるが、だからといって彼を拒む気にはなれない。むしろ今すぐ、乱暴でもいいから望む熱が欲しくて堪らない。 食事なんていらないのに・・・と脚に力を込めると、デュランダルは「ああ、そうだ。」と振り返った。 「ベッドルームにショーケースがあるんだけどね。」 「え・・・?」 「使いたいものがあるなら、選んでおきなさい。」 何の話・・・?とベッドルームに入ると、ショーケースの中を見て愕然とした。それはいわゆる、大人の玩具というもので、存在は知っているし、見たこともあるが使ったことはない。それがわりと大きいショーケースにところ狭しと並んでいた。 「何でも、近々恋人をターゲットにした宿を建てる予定らしくてね。連れがいると言ったら、是非お試しくださいと言われたから。」 「だからって・・・。」 「メアリーの商売魂は見習うべき点が多い。提携先になってもらいたいくらいだ。」 「・・・何の?」 「俺が経営している遊郭の。」 「・・・・・・、・・・待って?経営?おじさまが?」 「お前にはまだ言ってなかったかな。帝都の地下には巨大な空間があって、ギルドがあるんだよ。」 「・・・地下?ギルド?」 「俺はそこを管理、統括している。平たく言えば、地下ギルドの首領というわけだ。」 これはどう使うんだろう、と映写魔導器に似たものを手に取るデュランダルをジュディスは混乱しながら見つめた。 今この人は、まるで天気の話をするようにとんでもないことを口にした。帝都の地下の、どの程度の規模かは分からないが、帝都の半分程だとしてもかなりの規模だ。ダングレストのギルド全体を集めたくらいにはなる。 「・・・おじさま、食事をするどころではない話だと思うのだけど。」 「そうだね。重要なのは食事よりも酒だな。いい酒が出たら、ルーチェも連れて来てあげないと。」 「おじさまのお話のほうが重要だわ。」 「そんな怖い顔をしなくても。」 「あら、私は笑っているわ。」 「・・・怒りながらね。」 苦笑し肩を竦めたデュランダルは「言おうとは思っていたんだよ。」と手にしていた箱のようなものを置いた。 「ちゃんと話すから。食事をしよう。」 「・・・わかったわ。」 おそらくアレクセイとレイヴンは知っているのだろう。ジュディスは溜め息を吐いて、デュランダルに促されるまま部屋を出た。 |