7-2


翌日、依頼に向かったデュランダルとジュディス、ギルドの連合はケーブモック大森林に到着した。まず魔物の駆逐から始めなければならないため、入口から徐々に伐採を行っていく。とはいえ、大森林と名がつくほどに広い場所だ。ひとかたまりになって行動するのは、あまりに効率が悪い。二手に別れることになったのだが、問題は戦力をどう分断させるかだった。
ダングレストからケーブモックまでの道中、何度か魔物に会ったが、腕利きは周辺の街や村に散って依頼をこなしているため、経験の浅い者ばかり。デュランダルとジュディス任せになっていて、これにはさすがのデュランダルも眉を寄せた。
デュランダルはジュディスを自分の側から離すつもりはないのか、難しい顔で考え込んでいる。ここは自分から言わなければ決断出来ないだろうと、ジュディスはデュランダルに歩み寄った。

「おじさま、別れましょう。」
「駄目だ。」

だが、ぴしゃりとデュランダルは即答する。心配してくれるのは嬉しいが、依頼は果たさなければならない。ジュディスは肩を竦めると、彼の腕に触れた。

「それではバランスが悪くなってしまうわ。」
「お前を離すくらいなら、ユーリかルーチェを呼ぶ。」

今や闘技場に現れればスター扱いを受けるほどの二人を呼び寄せるほどに別行動をさせるつもりがないのは、かなり意志が固い。だがその間ダングレストのギルドを待たせるのも、依頼を果たすのが遅れるのも評判に関わる。幸いケーブモックの魔物はそれほど強くはない。

「私は大丈夫よ。私が強いことは知っているでしょう?」
「お前の力量を疑ってはいない。だが今は回復ができる仲間は連れて来ていないんだ。何かあれば・・・」
「無理はしないわ。お願いよ。」
「・・・・・・。」

心配しているにしても、彼は渋りすぎのような気がする。こんなに心配性だったかしらと思っていると、デュランダルは溜め息を吐いた。

「・・・本当に無理はしないと約束できるかい?」
「ええ。」
「・・・、・・・こちらから十名お前の側に移す。深追いはせず、必ず無事でいること。いいね?」
「わかったわ。」

槍を手に頷くと、デュランダルはまだ心配そうではあったが、頭をひと撫でして自分が率いていく側に向かう。そして十名を選出すると、その中の一人に何か伝えた。それは天を射る弓の本部で会話をしていた年嵩の男で、頼む、とデュランダルの唇が動くと、男は真剣な表情で頷いた。

「こっちに回されて来た。よろしく頼む。」
「ええ、よろしく。」

彼は実力不足が否めない面子の中でも数少ない実力者だ。それだけ心配してくれているのだろうが、逆に信頼されていないような気もして複雑な気になる。「おじさまはなんて?」と尋ねると、彼は「なあに、大した話じゃないさ。」とはぐらかした。
大した話ではないなら、教えてくれるだろう。やはり信頼しきってはもらえていないのかもしれないと、もやもやした気持ちを抱えた。
相変わらず鬱蒼と茂る木々の合間を縫い、魔物をひたすらに狩る。
やはり大したことはないわね、と後ろを振り返ってみると、それなりに傷を負っているものの、深刻な状況とは言えない。これなら何とかなるだろうと先に進み、奥地に辿り着く。だが脚を踏み入れた瞬間、異様な気配が伝わった。

「---来ては駄目!!」

腕を振り、前へ進みかけた面々に声を張り上げると、ズウゥン・・・と重い音がし、振り返るとそこには蜘蛛の足を持ち、昆虫の体の魔物が眼を光らせながら佇んでいる。この環境下で異常な成長を遂げたのだろう魔物の足には、鋭い鉤爪が光っていた。
他の魔物とは明らかに違う。苦戦する相手だと、歴戦を越えてきたジュディスは瞬時に理解した。ギルドの者達は逆に足手まといになりかねない。
魔導器がなくなり、今までのように術が使えなくなった今、イルーチェやエステルのような元々魔導器を使っていなかった術士は少ない。リタのように専門的な知識を持つ人間はさして苦労もなくまた魔術を使える者も増えたが、大体は初歩程度をやっと扱う程度だ。ジュディスのようなクリティア族も、元々魔導器を必要としないため、現状満足に立ち回れるのはジュディスだけだ。

「・・・おじさまに伝えて。」
「けど、あんたは・・・!」
「私にしか、相手は出来ないわ。おじさまが来るまで、持ちこたえてみせる。」

デュランダルはもともと己の力だけで生き残ってきた生粋の剣士だ。剣さえあれば負けはしない。槍を握り直して魔物に対峙し、「行って、早く。」と誰にともなく告げる。誰かが走り出した音を聞き、ジュディスは唇の端を持ち上げた。

「・・・久しぶりに楽しめそうね。」

それからややあって、デュランダルは最後の一体を斬り伏せた。どれもこれも大した敵ではない。デュランダルが警戒していたのは魔物ではなかった。これまで用心深く警戒していたが、周囲に変わった気配はない。俺のほうではないのか、と剣を鞘に収める。すると草木を掻き分け、一人の男が血相を変えてやって来た。

「大変だ!あんたの連れが・・・!」
「ジュディスがどうした。」
「見たこともない魔物が出て・・・!一人で戦ってる!あんたを呼んでくれって・・・!」
「---!」

最後まで聞かずに走り出す。見たこともない魔物など報告にはなかった。ただでさえ面倒が起こる可能性があるのに、この上魔物まで。
邪魔な木々を掻き分け、斬り捨ててギルドの面々が集まっているのを見つける。駆け寄ると、わっと歓声が上がり、ジュディスがくるりと美しい弧を描きながら宙返りし、着地をした。独自の進化を遂げた魔物はなかなかに強かったらしく、ジュディスは辛勝、といったところだったが、命に関わるような怪我はない。皆は喜びに湧き、ジュディスもホッと安堵したが、デュランダルは周囲を警戒し、一人が歩き出したのを見つけ---

「ジュディス!!」

危険を知らせるべく叫び、ギルドの面々を掻き分けながら駆け寄った。
だがジュディスは満身創痍で、近付く男に気付くのがやや遅れた。あらかじめデュランダルが警戒を頼んでいた男が飛び出し、ジュディスを庇おうとするが、彼女は目の前に飛び出した男を突飛ばした。
庇おうとした男をさらに庇い、向けられた背に、駆け寄った男が右手を振り上げる。鋭い刃が薄暗い森に鈍く光り---、ジュディスの背をざっくりと斬りつけた。

「------っ!」

鋭い痛みに声もなく、前のめりにジュディスが倒れる。庇われた男が「あんた、なんで・・・!」と血相を変え、周囲のギルドの面々がジュディスを斬りつけた男を一斉に取り押さえた。

「・・・ジュディス・・・っ!ジュディス!目を開けろ!」

斬られた背中からどくどくと血を溢れさせるジュディスを抱き起こし、声をかけるが、彼女はぐったりと力なく、さあっと血の気が引いていく。

「早く治療しろ!!殺す気か!!」

呆然としていた治癒術士達に怒鳴りつけると、慌てて駆け寄ってくる。初歩程度の術しか使えなくても、これだけの人数がいれば命は繋げる。デュランダルはゆらりと立ち上がると、ギルドの面々が取り押さえている男に歩み寄った。

「・・・最初からジュディスを狙ったのか。」

胸ぐらを掴み、腕一本で成人した男を持ち上げる。首が締まり、男は足をばたつかせて暴れ、デュランダルは失神寸前で男を地面に叩きつけた。
力いっぱい叩きつけられた男の腹を足蹴にして、剣を構えたデュランダルは、一切の容赦なく男の右腕を斬り落とした。

「お、おい!デュランダル!殺しちまったら・・・!」
「頭さえ残ればいい。」

瞳孔の開ききった目で左腕を持ち、それも斬り捨てる。皆は凄惨な光景と男の絶叫に目を逸らしたが、デュランダルはジュディスを回復しているうちの一人に「・・・おい、お前。」と声をかけた。

「この男を回復しろ。」
「え・・・!?」
「首を斬るまで死なないように、回復しろ。・・・簡単には死なせない。」

その言葉に、全員が震え上がる。苦しめて、苦しめて苦しめて殺す。ただそのためだけに生き永らえさせろと言っているのだ。その残酷さにただ震えていると、しん・・・と静まり返る中に、「・・・おじさま・・・。」と呟く声が聞こえ、デュランダルは素早くジュディスの側に駆け寄った。

「ジュディス・・・!気がついたか・・・?可哀想に・・・。」
「・・・大丈夫・・・、死なないわ・・・。」

力の入らない手を何とか上げると、デュランダルは震える手で握る。ほ・・・と力を緩めたジュディスはそのまま眠り、デュランダルは細い指を握りながら固く目を瞑った。

「・・・ジュディスは?」
「命に別状はありません。傷も塞がりました。ただ・・・、傷痕は・・・。」
「・・・・・・っ、」

今は血で見えないが、どれほどの傷が残るのか。まだ二十歳の若い娘の身体に。デュランダルは剣の柄を強く握ると、男に向けて振るった。



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