7-3


ジュディスを宿に連れ帰り、ベッドに寝かせると、デュランダルは手紙をしたため、すぐにギルドの者に託した。通常の三倍の額を握らせ、ジュディスの側に戻ると、熱を出して苦しげな呼吸を繰り返す姿に眉を寄せた。
イルーチェを一緒に連れて来ていれば、傷が残ることはなかった。今や魔導器なしで自在に術を扱えるのは、クリティア族とイルーチェ、城にいるエステルくらいだ。だがエステルは皇族であるし、イルーチェまで連れて来てしまえば、帝都での活動が滞る。だからあえて二人でここまで来た。やはり側から離すべきではなかった。自分が狙われていることを知っていたのに、なぜ別行動をしてしまったのか。一緒にいる以上、ジュディスに標的が移る可能性があることもわかっていたのに。
すべて自分の失態だ。ギルドの者達が思っていた以上に実力不足だったこともあるが、あの時一度戻ってイルーチェを呼んでいたら、こんな事態は避けられたのに。
イルーチェはこの世界を管理する存在となり、行きたい場所に一瞬で移動出来る。手紙を出してケーブモックでの依頼だけ参加させれば済んだのに。
若い娘の身体に一生消えない傷が残る。その意味に、デュランダルは顔を覆って項垂れた。すると、熱い指先が手に触れる。顔を上げると、ジュディスが熱でぼうっとした目で見つめていた。

「・・・ジュディス・・・。」
「・・・どうしたの、おじさま・・・。何かあったの・・・?」

何かも何も、自身が辛い状況にあるだろうに、まるで気にしていない。デュランダルは細い指を握りながら、「・・・お前のこと以外に、あるわけがない。」と目を伏せた。

「・・・すまない。あれは俺を狙っていたのに・・・。」
「・・・そうなの。私で良かったわ・・・。」
「良くないだろう。」
「・・・おじさまはいつも元気でいなければいけないし・・・、あの人が怪我をすれば・・・帝国とギルドに確執が生まれるわ・・・。私が一番都合が良かったもの・・・。」
「・・・お前はそんなことを気にしなくてもいいんだ・・・。そんな面倒なことは俺に任せて、お前はただ思いきり戦っていれば・・・」
「・・・でもそれは・・・、おじさまの足枷になるということだわ・・・。私を頼りにしたいと言ってくれた・・・おじさまの期待を・・・裏切ってしまうもの・・・。」

確かに、自分一人では限界があり、才能豊かで察しが良く、器用なジュディスが細かい部分を済ませてくれたらとは思った。だがそれはけして彼女に無理をさせたいからではなかったのだ。

「・・・俺はお前達に苦労なんてさせたくないんだよ・・・。」

ただ守られて、愛されて、何の苦労も知らず、毎日笑っていてほしい。こんな風に死ぬかもしれなかったような傷を、一生残るような痕を負って、熱に苦しんでほしくはなかった。自分が死ぬまでの間にすべての準備を整えて、一生苦労せずに済むようにしておきたかったのに。
また失うところだった。妻のように、苦しませ、痛みを覚え、ジュディスは死ぬところだったのだ。

「・・・難しいことを考えなくていい・・・。自ら苦労しなくていい・・・。俺は・・・お前達が幸せなら、それでいいんだ・・・。」
「・・・それは幸せではないわ・・・おじさま・・・。」
「ジュディス・・・。」
「苦労や・・・痛みがあるから・・・幸せだと感じるんだもの・・・。それは幸福ではなくて・・・ただの、退屈だわ・・・。」

きゅ・・・、と力がうまく入らない指で、デュランダルの手を握る。ジュディスは苦しそうに呼吸を繰り返しながらも、優しく微笑んだ。

「・・・苦しくても・・・辛くても・・・、・・・おじさまが、私を信頼して・・・頼ってくれるほうが、張り合いがあって・・・楽しいわ・・・。」

だから、とジュディスはぎこちなく身体を僅かに起こし、デュランダルの両頬を包んだ。

「・・・おじさまは、一人ではないの・・・。」
「------、」
「・・・私達は、仲間なのよ・・・。今は、頼りないかもしれないけれど・・・、・・・おじさまが一人で頑張る必要はないの・・・。」

呆然とするデュランダルに、ジュディスは悪戯っぽく片目を細めた。

「・・・ギルドの掟を忘れるなんて、お仕置きものよ?」
「・・・すまない・・・。」
「・・・謝らないで。私は・・・おじさまに守られるだけの存在ではないんだから・・・。私の怪我は・・・私が油断したから負ったの・・・。おじさまは関係ないわ・・・。」

普通の女なら、一生の責任を問うところだろうが、ジュディスはしっかりと自立心を持つ一人の大人であり、また戦士でもある。誇り高く、悩ましく、美しい一人の女なのだ。
細い腕が、デュランダルの頭を引き寄せ、船の上でのように柔らかい胸に抱く。熱い身体に、デュランダルは眉間に皺を寄せて、震える手を伸ばす。指が回ってしまいそうな細い身体を、今さらどう抱き締めていいか分からなくなってそっと触れると、ジュディスは頭上で「・・・ふふ。」と笑った。

「・・・ジュディス?」
「・・・可愛い、おじさま。」
「・・・お前は変わっているね。」
「おじさま・・・、私は簡単には壊れないわ・・・。今もこうしているでしょう・・・?」
「・・・だが、」
「ねえ、おじさま・・・?私、おじさまとの約束を守れなかったわ・・・。」

無理はしない。必ず無事でと約束をした。だがすべて話していたら、ジュディスはもっと周囲に気を配っていたし、油断しなかったろう。彼女に何の罪もない。

「だから・・・、元気になったら、・・・お仕置きをしてね・・・?」
「・・・いいよ。どんなお仕置きがいい?」
「・・・それを言ったら、お仕置きの楽しみがなくなってしまうじゃない・・・。」

力なく笑ったジュディスの身体から力が抜けていく。ベッドに横たえると、くん、と胸元が引かれた。
見下ろすと、熱を持った瞳がゆらゆらとデュランダルを切なげに見つめた。

「・・・そんな目で見ないでくれ。悪いことがしたくなる・・・。」
「・・・して、いいのに・・・。」
「・・・ダメだよ。今夜は・・・加減が出来そうにないからね。」
「・・・っ、」

唇を撫でながら言われ、どくりと心臓が熱くなる。
欲しい---
この人が、欲しい。

「・・・おじさま・・・。」
「・・・どこにも行かないよ。側にいるから。」

だがそんな眼差しに気付いているはずなのに、デュランダルは大きな手を額に乗せるだけ。
もどかしい。けれど身体がうまく動かなくて、温もりに安堵した身体は眠りを求め始めた。
うとうとと下がり出した瞼に必死で抗おうとするが、デュランダルは額から頬を撫で、瞼に口付ける。一度閉じてしまうと、もうどうしようもなくて、意識は徐々に闇の中へ溶けていった。

「・・・おやすみ。」

優しい声に誘われて、深く、深く、落ちていく。無意識に伸ばした手を、温かい何かが包む。おじさま、と呟いた唇に、ここにいるよ、と答えた唇が重なった。


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