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デュランダルからの知らせを受けたアレクセイは、険しい表情で手紙を見つめ、すぐに踵を返した。皆が依頼に向かう前の早朝だったため、応接室には全員が揃っている。固い表情のアレクセイに、イヴァンが「どうしたの、兄さん。」と尋ねると、「・・・デュランから手紙がきた。」と答えた。

「依頼が終わったって報告?にしては顔固いよ、大将。」
「もしかして・・・お父さん達に何かあったの・・・?」
「依頼は終えたらしい。だがジュディスが重傷を負ったそうだ。」
「え・・・!?」

カロルが真っ青になり、腰を浮かす。「どういうこと、アレクセイさん・・・!なんで・・・!?」と詰め寄ったイルーチェに、アレクセイは「説明をするから落ち着きなさい、イルーチェ。」と肩を掴んだ。

「・・・今回の依頼には、評議会の貴族が関わっている。依頼主はその貴族で、ダングレストとデュランに依頼があった。依頼内容はケーブモック大森林を伐採、更地にし、魔物の繁殖を押さえ討伐することによって、ダングレストの人々の安全を守る・・・というのが表向きだ。」
「そんな殊勝な考え、あいつらが持つわけないじゃない。いよいよギルドを手の内に収めようとしてきたわけね。」
「依頼主の貴族は、更地にした場所に別荘を建て、ダングレストの監視を目的としている。あそこは大陸の端だ。あの場所に帝国の息がかかった勢力が基盤を得て活動することによって、ギルドの勢力は抑え込まれてしまう。」
「ドンもベリウスも死んで、ユニオンは目に見えて弱体化したから、余計だね・・・。もちろん殿下は・・・」
「ご存知だろう。だがギルドを壊滅させるつもりもない。うまく操る気でいるのだろうな。」

ヨーデルはふんわりした印象で優しげだが、一国を統治するに足る才覚を備えた傑物だ。国を治めるには優しいだけでは成し得ない。狡猾さや冷酷さをも持ち合わせていなければならないのだ。

「この依頼を完遂してしまえば、ギルドはさらに弱体化する。当然我々にも影響が及んでくる。それを危ぶんだデュランは、自ら向かった。」
「でも、依頼は果たしたんだよね?」
「いいえ、首領。厳密にはまだです。ダングレストは治外法圏と化していますが、世界を治めるのは帝国。その貴族が正式にケーブモック周辺の権利を得るまでは、完遂したとは言えません。」
「てことは・・・、デュランさんはあそこ一帯を更地にするのは賛成だけど、自分が手に入れるために動いてもいるってことね。」
「その通りだ。今回ケーブモックでは、未確認の魔物も出たらしく、それはジュディスが倒したらしい。」
「ならなんでジュディスが・・・。」

ジュディスがクリティア族に備わるナギーグ器官によって、魔導器がなくとも戦えていることを皆は知っている。実力を遺憾なく発揮出来る彼女に危害を加えられる者は少ない。魔物を倒したのに、なぜ・・・と思っていると、アレクセイは深く息を吐き、言った。

「・・・デュランは貴族に狙われていた。依頼をしたのは、ケーブモックで暗殺するためだったのだろう。」
「・・・!」
「だがデュランは魔導器なしに、実力だけであそこまで強くなったほどの男だ。魔導器なしに暗殺など出来るわけがない。奴には毒の類いも効かないからな。そこで刺客はデュランではなく、ジュディスに狙いを変えたのだろう。今すぐデュランを狙えなくとも、我々の力を少しでも削ぐために・・・。」

しん・・・と応接室が静まり返る。カロルはジュディスを案じ、震える指をぎゅっと握った。

「ジュディスは・・・一度天を射る弓の、古参の幹部に庇われたそうだが、さらにそれを庇って刺客に刺された。何とか一命は取り止めたが・・・、・・・傷痕は残るらしい・・・。」
「・・・そんな・・・、・・・ジュディス・・・っ」

同じ女であるイルーチェは、口元で指を組んで、悲痛な面持ちになる。皆も、まだ二十歳の彼女が、一生消えない傷痕を負ったことに言葉がなかった。

「・・・急な依頼で、ダングレストには腕利きの者がだいぶいなくなっていたらしく、ジュディスは彼らを守るために、たった一人で未確認の魔物と戦い、消耗していたらしい。それも要因となったのだろう。」
「・・・ジュディスを刺した奴は・・・?」
「・・・デュランが首だけを残して、全身を切断して殺したそうだ。」
「首だけを?なんで?」
「貴族様への贈り物・・・だろうね。こりゃ相当怒ってるわ・・・。その貴族死ぬかも・・・。」

とはいえ、仲間を傷付けたのだ。皆の心境としては、死んでもヌルい、が本音。そんな貴族よりも、心配なのはジュディスだ。さすがの彼女も、身体に一生ものの傷痕が残るとなれば、落ち込んでいるかもしれない。

「私はこれからフレンに会いに向かう。イルーチェとレイヴンはデュランに会いにダングレストへ向かってくれ。用があるらしい。残りは拠点で待機してくれ。」
「りょーかい。」
「じゃあ、先生。すぐに行きましょう。」

イルーチェと手を繋ぐと、ぐにゃりと視界が歪む。未だにこの感覚に慣れなくて収まってから目を開くと、そこはダングレストの入口だった。宿にいるはずだからと走り出したイルーチェに、レイヴンも後を追う。二人とも心配なのは同じだった。だが曲がり角を曲がって、宿の入口が見える場所まで来ると、二人は足を止めた。

「お父さん!ジュディス!」

デュランダルとジュディスはちょうど宿から出てきたところで、名を呼びながら駆け寄る。呼んだことを知らなかったらしいジュディスは「・・・イルーチェ?」と目を丸めた。そんな彼女に、ぎゅっと抱きつく。ジュディスは目を瞬いて、「どうしたの?」と言った。

「どうしたのじゃないよ・・・!大怪我したって聞いた。大丈夫なの?」
「もう、おじさまったら知らせたのね?大袈裟なんだから。」
「大袈裟ではないよ。お前は本当に重傷だったんだ。本当なら寝ていてほしいのに・・・。」
「そうだよ、ジュディスちゃん。寝てなきゃダメじゃないの。」
「レイヴンまで・・・。心配性ね、みんな。」

くすくす笑うジュディスはいつもと代わりなく元気そうだ。だがデュランダルの心配そうな顔を見れば、重傷だったことが嘘ではないことは明らかだ。

「どこ行くつもりだったの?」
「背中の部分が避けてしまったから、新しい服を買おうかと思って。そうしたらおじさまが、贈らせて欲しいなんて言うからいらないと言ったのよ。」
「いらなくない。絶対に俺が買う。」
「あのね、おじさま・・・。」

呆れ顔のジュディスに、デュランダルは悲しげな表情で両手を握る。

「・・・だってお前は、俺とは一緒にならないと言うから・・・。」
「ふあっ!?」
「ええっ!?」
「な、なに?なんでそんな話に・・・?」
「ジュディスが重傷を負ったのは、俺の判断が甘かったせいだ・・・。一生傷痕が残るなんて・・・。」
「だから結婚しようなんて言うのよ?本当に大袈裟だわ。」
「え・・・ええと・・・ジュディスちゃんは断ったのかな・・・?」
「当たり前でしょう。仲間のお父様で奥様を愛しているのよ、おじさまは。」
「私は全然気にしないよ!しよう!結婚!」
「嫌よ。」
「嫌って・・・。この人に結婚しようって言われて断れるってすげえ・・・。」

世界中探しても、これだけきっぱりと顔色を変えずに断れる女は、おそらくジュディスくらいだろう。感心していると、ジュディスは溜め息を吐いて腰に手を当てた。

「だいたい、傷痕が何だと言うのかしら。そんなことを気にする小さな男に、興味なんてないもの。」
「ジュディスかっこいい・・・!むしろ私が結婚したい・・・。」
「ちょっと!?俺は!?」
「第二夫人くらいでいいですか?」
「やだやだ!俺のなんだから!」
「あら、残念。」

相変わらず仲がいい二人にくすくす笑うと、ジュディスはデュランダルの長い指を掴み、にこりと笑みを浮かべながら見上げた。



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