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「おじさま。何度も言ったけれど、私の怪我は私の油断が招いたものよ。おじさまのせいなんかじゃないわ。」 「ジュディス・・・。」 「私の判断は間違えていなかったわ。おじさまは元気だし、ギルドと帝国に表立った確執も生まれなかった。私で良かったのよ。」 真っ直ぐに見つめ、毅然と言い放つジュディスに、「・・・だがお前はまだ若いのに・・・。」と長い睫毛を伏せる。だがジュディスは「関係ないわ。」と言いきった。 「私は女である前に、ギルドの人間で、戦うことが好きで、戦士だわ。心配してくれるのは嬉しいけれど、過ぎればそれは侮辱よ。」 「そうだよ、お父さん。私もジュディスと同意見。別行動してたんなら、お父さんがいくら凄くても無理なことはあるよ。」 「・・・いや、でもさ・・・男からしたら女の子に傷痕残るなんてすんごい罪悪感だし、せめて服を買うくらいは聞いてあげてよ。」 ジュディスとイルーチェの言い分は分からないではないが、男には男の矜持がある。レイヴンがそれを伝えると、ジュディスは「・・・しかたないわね。」と頷いた。 「それでおじさまの気持ちが晴れるなら、そうするわ。」 「え、結婚もしちゃえばいいじゃん。ねっ。」 「それは嫌。」 「えー、なんでぇ?」 「他の女性を愛している男なんて願い下げだわ。」 「かっこいい・・・ジュディスちゃん・・・。」 「私のことより、久しぶりの親子の対面でしょう?ここまででも、おじさまはイルーチェのことばかり口にしていたわ。」 ぐい、と差し出すと、複雑な顔をしているデュランダルが「・・・元気だったかい?」と問う。これは相当参っているようだと感じたイルーチェは、にっこり笑うと「えりゃっ。」とデュランダルに飛びついた。 「こら、危ないよ。」 「お父さん、だーいすき!」 「・・・!」 「お父さんは無事だった?心配してたんだよ?」 「う・・・っ!か、可愛い・・・!」 「ご飯ちゃんと食べてた?お酒ばっかりはダメだよ?」 「ルーチェちゃんは食べ過ぎだし飲み過ぎだったけどね・・・。」 「う゛・・・っ、た、体重は増えてないし!」 「増えなきゃいいってもんじゃないでしょ。」 「はは、相変わらず元気だったんだね。安心したよ。」 「うん。アレクセイさんがね、美味しいもの、いっぱいお土産でくれたの!」 「餌付けしてやがったな、あいつ・・・。」 「順調に餌付けされてた。」 三人のやり取りにくすくす笑うと、レイヴンが「あ、そうだ。」と思い出したように言う。「どうかしたの?」と問うと、レイヴンは苦笑しながら口を開いた。 「カロルくんが、そりゃもう心配しちゃってね。イヴァンも真っ青になってたし、依頼が終わったんなら一足先にルーチェちゃんと帰ったらどうかって言ってたよ。」 「大袈裟ね、もう何ともないわ。」 「んー・・・、でもなぁ・・・。」 ちら、とデュランダルを見遣る。「・・・なんだ?」と眉を寄せた彼を、レイヴンはじろじろと眺めた。 「・・・手ぇ出してないよね?」 「・・・お前・・・、二言目にはそれか・・・。」 「何もないわよ。至って健全。」 「信じたい・・・けど、ジュディスちゃんと二人きりなんてさあ、手ぇ出したくなる・・・」 「へえ?先生はジュディスにそんな邪な目を向けていたんですね。」 「い、いや、違うって!一般論!それにこの人、すげー手が早くて・・・!」 「お前といた間に誰かを口説いた覚えはないよ。」 「うん、無意識にやってるからね!ねえ、ジュディスちゃん。本当に、本っっ当ーーに!何もないの?」 「ないわよ。何も。」 よくまあこうもさらっと嘘を言うものだと感心するデュランダルも、何事もなかったような顔をしている。レイヴンは何か引っ掛かるのか、「うーん、でもなあ・・・。」と言った。 「いいじゃないですか、先生。ジュディスは元気になったし、二人楽しく旅をしてくれば。で、その間にお父さんはジュディスに手を出してくれたらいいなあ。」 「だから駄目なの!」 「なんでですか。見てください、こんなにお似合い!」 「確かにお似合いだけど!でも駄目!」 「・・・ああ、もう・・・煩い・・・。」 「おじさま?」 何度も何度も言われ、さすがに苛々してきたデュランダルは、レイヴンの胸元を掴む。そのまま引き寄せ、「ふあっ!?」と漏れた声ごと、唇を塞いだ。 「---っ!?ん、んんん!ん・・・っ!」 レイヴンは必死に肩を押すが、デュランダルはびくともしない。上顎を舐められてビクリと震えると、がくんと膝が崩れた。唇が離れ、へなへなと座り込んだレイヴンは、「な・・・っ、な・・・何すんだよ、あんた・・・!」と真っ赤な顔で睨んだ。そんなレイヴンを見下ろしながら、ぺろりと唇を舐める。それにジュディスとイルーチェは真っ赤になって口を覆った。 「・・・なにって、お前が煩いから黙らせた。」 「ちょ・・・ちょっと待って・・・。お父さんがかっこよすぎて・・・。」 「・・・っんん・・・!今のはちょっと・・・。」 「なにときめいちゃってんの!?ていうか、彼氏の唇奪われてんだけど!」 「ありがとうございます、大変素晴らしかったです。」 「そうじゃねえよ!」 どきどきと高鳴る胸を押さえながらデュランダルを見ると、彼は、ざまあみろとばかりにレイヴンを見ている。本当に、こんなに何をしても様になる人は彼くらいじゃないかしら・・・と考えていると、ぱちりと目が合った。ニヤリ、と笑う顔に、何だか気恥ずかしくなって目を逸らす。いちいち心臓に悪い。 「ううっ、ひどい・・・。もうお婿にいけない。」 「そんな唇ひとつでなに言ってるんですか。お父さん上手だった?」 「すんごかった。ルーチェちゃんの百倍上手。」 「えええ、ヤバい。」 「俺が凄いのは分かっているから、さっさと立て。早く服を買いに行くよ。」 「帰りたい・・・。」 「お前にはまだやってもらうことがあるんだよ。情けないことを言うんじゃない。さ、ルーチェ。美味しいものも食べに行こうか。お腹すいただろう?」 「わーい!ご飯!」 「さっき朝飯食ってたじゃない・・・。」 「まだごちゃごちゃ言う気かい?」 顎を持ち上げると、レイヴンは真っ赤になって「何でもありません!」と慌てて言う。「よろしい。」と満足げに笑ったデュランダルは、ジュディスの背にも触れて促した。 「ジュディスなに食べる?ピザ食べたいねー。」 「・・・朝からそれはちょっと重くないかしら・・・。」 「ていうか朝飯食ってるからね、この子。」 「誰に似たやら・・・。」 苦笑するデュランダルは、すっかりいつも通りだ。大袈裟に騒がれるのは困るが、来てくれたのが二人で良かった、とジュディスは安堵した。 宿を出る直前、部屋の扉を開けようとした時、彼に言われた言葉。 動揺して、うっかりボロが出そうだったが、それも誤魔化せ、話を終わらせられた。 『・・・結婚しようか。』 大きな手に手を握られ、他でもない彼の声でそう言われた。 時が止まって、喜びで脚が震えた。 涙が出そうだった。 純粋な感情ではないから、けして頷いてはならない。それでも、あの言葉だけで一生一人でも生きていける。 愛を謳う虚像 (縋り付くその愚かさに泣いた) |