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趣味が良い男の見立てだと、買い物は異様に長くなる。ジュディスがやっとデュランダルのお眼鏡に叶う服を買えたのは、一時間休みなく試着を終えてからだった。 露出を抑えたわけではないが、かといって露出しすぎているわけでもない。それなのになぜか妖艶で、レイヴンは「・・・デュランさんの趣味?」と尋ねた。 「そうだよ。見て楽しいものを選ぶに決まっているだろう。」 「・・・エロい・・・。」 「そういうのが好きなんだよ。ジュディス、下着も買いなさい。」 「うん、そうだね。それだと・・・先っぽが・・・。」 以前と違って胸の先端が分からないようになるものが入っていない薄い生地で、ひどく危ない。確かにそろそろ将来を考えてしっかり予防しておきたくはある。どれにしようかしらと試着室を出ようとすると、デュランダルが「はい。」と下着をいきなり3セット手渡してきた。 「・・・なぜ私のサイズを知ってるの?」 「見ればわかるよ。はい、着けて。」 くるりと反転させられ、下着と一緒に押し込まれる。見ただけでわかるなんて、いったい何者なの・・・と思いながらも身につけてみる。だがアンダーはぴったりだがカップが余る。・・・大きいじゃないの・・・と眉を寄せ、ジュディスは顔だけを出した。 「・・・ちょっと大きいのだけど。」 「どれどれ?あ、ちょっと余ってるね。」 イルーチェもカップが僅かに余っているのを見て頷く。だがデュランダルは「それで合ってるよ。」と言って、あろうことか試着室に入ってきた。 「・・・!?おじさま・・・!?」 「ここをもっと持ってくるんだよ。」 「------!!」 ずぼっと下着の中に手を入れたデュランダルに、ジュディスはもちろん、イルーチェもレイヴンも唖然とする。本来胸にするべき肉を集めて収めた指先が、先端を掠める。「・・・っ!」と息を詰めるがデュランダルは気付かずもう片方も同様にした。 「ほら、ぴったりだ。」 「・・・デュランさん・・・、あんた・・・何したかわかって・・・。」 「え?」 「え、じゃないよ、お父さん!ジュディス固まってる!」 イルーチェとレイヴンに言われてようやくジュディスを見たデュランダルは、彼女が羞恥に頬を真っ赤に染め、震えているのを見て、ようやく自らの過ちに気付く。またやってしまった、と思い、とりあえず試着室から出ると「・・・すまない。」と謝った。 「間違えた。配慮が足りず・・・。」 「これ足りないとか言う問題じゃ・・・。」 「お父さんがセクハラした・・・。」 「違う。誤解だ、ルーチェ。邪な気持ちはまったくない。」 「ジュディスのおっぱい触った・・・。」 「違っ・・・、わない・・・が、違う。そうじゃなくて、あれはそう、教えた。教えたんだよ。」 さすがに愛娘に見られたからか、珍しく慌てる。イルーチェはレイヴンの腕にしがみつきながら、「ジュディスのおっきいおっぱい触った・・・。」と呟いた。 いくら親切だったとしても、勝手にやっていいことではない。信じられない。いくら彼の常識が世間からだいぶ飛んだところがあると理解していても、恥ずかしくて死にそうだった。 だがそれを責めれば、彼はイルーチェにさらに責められるかもしれない。ジュディスは気を持ち直し、服を着た。 「下着を10セットよ、おじさま。」 「え。」 「・・・それで許してあげる。ちゃんと似合うものにしてね。」 ニヤリと笑みを向けると、デュランダルは、ほ・・・と安堵し、「ああ、わかった。」と笑顔を見せる。イルーチェも、ジュディスがそれでいいんならいっか、とデュランダルと下着を見始めた。 「大丈夫?ジュディスちゃん。」 「さすがに驚いたけれどね。旅の間でも、おじさまには何度か驚かされたわ。」 「悪気がないから質が悪いんだよねぇ・・・。嫌なら嫌って言っていいからね?」 「もちろん。私がそんな遠慮をするとでも?」 「ジュディスちゃんで良かったよ。他の女の子なら、今頃すっかり逆上せちゃってるだろうし。」 レイヴンの言葉に、ちくりと胸が痛む。 同じだ、他の女と。何も変わらない。 彼の優しさに、彼の言動に、この心は恋しがって悲鳴を上げている。それを必死に隠して、取り繕っているだけなのだから。 デュランダルが会計を終えて戻り、大きな背中を見ながら食事に向かう。さっきは油断していた。まさかイルーチェがいるのにあんなことをするとは思っていなかった。 日に日に、取り繕うのが難しくなっているのがわかる。もっと、もっとうまく隠さなくては、いつかバレてしまう。そうなったら、きっと彼は離れていく。それを思うと、食事がうまく喉を通らなかった。 「ジュディス食べないの?お腹すいてない?」 「もしかして、朝飯食ったばっかり?」 「まだだよ。・・・まだ本調子じゃないのかい?」 心配そうな顔で触れようとしたデュランダルに「おじさま。」と鋭く呼ぶ。 「っ、」 「・・・ダメよ、おじさま。約束よね?」 「・・・、・・・すまない。」 「なんとかセーフね。」 ふふ、と笑うと、デュランダルはしっくりこないのか難しい顔をしている。そのやり取りを見ていたイルーチェとレイヴンは目を丸めた。 「・・・えーと?なに今の。」 「おじさまは女性に触りすぎだから、気をつけてもらっているの。」 「もう何度叱られたことか・・・。」 「その癖が直るまでの辛抱よ、おじさま。帰るまでに直るといいわね。」 「・・・やっぱりなんか変・・・。ねえ、本当に何も・・・」 「先生、デザート取りに行くの手伝ってください。」 「へっ?ちょっと待って、今・・・」 「お願い、先生。ダメ?」 首を傾げ、上目遣いで見上げると、レイヴンは「う゛・・・っ、」と呻き、頬を僅かに染める。 「先生と行きたい。いいでしょ?」 「・・・っ、・・・し・・・かたないんだからぁ・・・もー・・・。」 「ふふ、ありがと、先生。大好き。」 「くっそ、可愛い・・・。」 レイヴンはとにかくイルーチェのお願いに弱い。惚れた弱味もあるのだろうが、彼女には紛れもなくデュランダルの血が流れている。 好む、好まざるに限らず、人を狂わせる魔性の血が。 「・・・あれは無自覚なのかしら。」 「俺の育て方だろうね。俺はあの子をお姫様として育てたから。」 「・・・お姫様?」 「お前はすべてが許される。この世で最も尊くて愛される。そう言い聞かせて育てた。あの子は大人になったように見えるし、道理や常識があるように見えて・・・、その実、ひどく利己的で我儘で・・・愛されないと死んでしまう。そんな女だよ。」 彼はそんな女を忌み嫌いそうなものだが、イルーチェを語る表情は愛に満ちている。ジュディスはアイスティーが入ったグラスをストローでゆるくかき混ぜながら、「・・・なぜ、そんな風に?」と尋ねた。 「おじさまは・・・そういう女性を嫌いそうなのに。」 「あの子がイルミナの血を引く、たった一人の人間だからさ。・・・おれが初めて愛した女の子どもだから、そう育てた。そうあって然るべき存在だから。」 「・・・・・・。」 「確かにそれが表立てば反感を買う。だからそうならないように細心の注意を払って育てた。ユーリとフレンの異様なまでの過保護は、俺を見ていたからだろうね。」 「・・・そうね。特にフレンは・・・あなたに影響を受けた気がするわ。無理もないくらい、彼女は魅力的で可愛いけれど。」 「だが俺の予想より、真っ当に育ったよ。優しい子になった。・・・だだっ子の我儘なのは変わらないが。ダミュロンといるからだろうな。」 仲睦まじく、デザートを吟味する二人の姿を、デュランダルは優しい眼差しで眺めた。 「ダミュロンは真っ当で、優しくて、お人好しで、真面目で、世話好きで、情が深い。・・・あの子に必要なものを、あいつが与えているんだろう。」 「・・・おじさまが与えているものだって、計り知れないわ。」 「・・・そうかな。」 「そうよ。・・・彼女はあなたが大好きだもの。」 「・・・・・・。」 「それを疑わないで。あなたの、たった一人の肉親だわ。」 この世に残された、たった一人。だが彼の瞳に揺れる孤独は、癒される気配はなかった。 |