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皆が夕食を取っていると、デュランダルは応接室に姿を現した。ジュディスの姿はないから眠っているのだろう。イヴァンが「ジュディスの様子は?」と問うと、「だいぶ落ち着いたよ。」と答えた。

「熱も下がったし、一応夜中もついているつもりだけど、もう大丈夫じゃないかな。」
「良かった・・・。」

ジュディスの風邪に原因の一端である責任を感じていたイヴァンはホッと息を吐いたが、レイヴンはなぜかひくりと口の端を持ち上げた。

「・・・ていうか、夜中ついてんの?一晩中?」
「容態が変わったら対応しなければならないじゃないか。」
「あのねぇ、ジュディスちゃん年頃の女の子よ?一晩中部屋にいるのはどうよ。」
「なにを馬鹿なことを。何か起こりようもない。」
「ジュディ相手に何も起こらねえんだな・・・。」

さすが・・・とばかりにユーリは呟くが、レイヴンは心配しているのはそっちじゃないと溜め息を吐いた。

「あんたじゃなくて、ジュディスちゃんのほう!どうせあんた、可愛いからって甘やかしまくってきたんじゃないの?昔っからそうだよ。そうやって何人女の子泣かせてきたわけ?」
「そんな昔の話、よく覚えているね。こんなおじさん相手に、あんな若い子がそんな気の迷いを起こすはずないじゃないか。」
「お前は自分の顔を鏡で見てから言え。」
「あの子にはちゃんと相応しい相手がどこかにいる。お前達の心配は杞憂だよ。」

馬鹿馬鹿しいとばかりに笑ったデュランダルは、「一度着替えてジュディスの様子を見に行くから、夕食はいいよ。」と応接室を出ていった。

「自分をわかってるようでわかってないんだからさ〜・・・。街で何人の若い女の子達があんたの噂してると思ってんだよ・・・。」
「イヴァンとお父さんが並んでると最強だよね〜。」
「ずいぶん呑気だけど、いいの?ジュディスちゃんがまかり間違ってデュランさん好きになったりしたら。」
「それはお父さんとジュディスの問題だし、私は別に。むしろジュディスなら安心してお父さんを任せられるから万々歳。」
「自分より歳下だよ・・・!?」
「私はジュディスを仲間として、ヒトとして尊敬してますもん。あとは本人達が決めることだし、先生は過保護すぎです。」

レイヴンは旅の最中、最年長だったこともあり、自分が面倒見てやらなくちゃ、という責任感がある。特にリタやカロル、パティには顕著だったが、まるで父親のようだ。指摘されて、レイヴンは、うぐ、と口ごもった。

「お父さんは恋人を大事にする人だし、世話焼きだし、本当ならそういう人がいたほうがいいんです。・・・そうでもなきゃ、長生きしなそうだし。」
「・・・そうだな。奴は生きたがって生きているわけではない。それを贖罪としているだけだ。」
「お母さんはお父さんを恨んで死んだわけじゃない。結局お母さんが信じてた通りだったわけだし、娘の私からすれば、いい加減独善的な罪滅ぼしなんてやめて、信頼の置ける人と幸せになってほしいんです。」
「・・・ルーチェちゃん・・・。」
「それに何より・・・」
「何より?」
「・・・お父さんとジュディスの組み合わせって、すごい萌えるじゃないですか。」
「お前なあ。真面目な顔すっから何言い出すかと思えば・・・。」
「だって!お父さんとジュディスだよ!?この世の色気をかき集めたみたいな二人が、イチャイチャしてるの想像しただけでたまんない!私は二人を推す!誰が何と言おうと!」

力強く拳を握りながら熱弁するイルーチェに、レイヴンは遠い目をしていたが、ユーリは「まあ一理あるな。」と同意を示した。

「ジュディは信用できるし、おじさんもジュディには好意的だ。似合いなんじゃねえの?」
「あのねえ、そんな簡単な話じゃないって。あの人がイルミナさんをどんだけ好きだったか知らないから、そんなこと言えんの。」
「レイヴンの話にも一理あるな。イルーチェが言うように、デュランには重石が必要だが、奴はイルミナのためなら世界も滅ぼしかねん。」
「記憶がなくても、名前を思い出せなくても、奥さんと娘がいるってことだけは忘れなかったくらいだもんね。聞いた時、凄いなって思ったよ、僕。」

何より長く付き合ってきた自分の名前すら忘れても覚えているなど、よほど強く想っていなければ不可能だと思う。実際、デュランダルのイルーチェへの愛情は海より深く、天より高い。妻にも匹敵する愛情を抱いていたと考えるのが普通だ。

「何より、デュランは昔はあんな話し方ではなかったからな。」
「そうなの?」
「もっと粗野で乱暴だった。それをイルミナが、子どもが真似したら嫌だと言っただけで直したのだ。」
「・・・俺結婚してからの付き合いで良かった・・・!あれで口調まで乱暴だったらストレスで死んでたわ。」
「・・・まあ、そもそもジュディスがデュランにそういった感情を抱くかが疑問だが・・・。」
「それもそうですよね。」
「・・・なんで俺を見るんだよ。」
「別に何も?それとも心当たりあるの?」

にこりと口元は微笑んでいるが、イルーチェの目は笑っていない。人のことには鋭いから、何かしら気付いているのかもしれないが、リタはまったく気付いていないのだ。ジュディスとリタの関係がぎくしゃくするのは嫌なため、イヴァンは「さあな。なんのことだか。」と目を伏せた。

「色々言ってっけど、実際デュランさんてどういう女が好きなんだ?」
「・・・ちょっと・・・、いやだいぶ・・・かなり・・・?変わった人・・・?」
「すいません、人の母親変人呼ばわりしないでもらえます?」
「イルミナは清楚可憐で慎ましく、それでいて明るく無邪気で可愛らしかった。」
「大将のそれはフレンちゃんがルーチェちゃん見てるみたいな感じだから信用出来ないし違うし。」
「おばさんはすげぇ明るくていっつもニコニコしてる人だった。」
「うん。優しくて、でもお父さんにはあんまり遠慮のない人だったかなあ・・・?何かあると、ダメよとか、そういうの嫌いとかズバズバ言ってたし・・・。」
「デュランさんに・・・?すげぇな。」
「お父さんは何か言われると、はい、すいませんって言ってたよ。」
「デュランさんが!?」

あの不遜で不敵な、この世の人間はすべて下僕で当然のような男が、ダメ出しを食らって素直に謝るなんて、とても信じられない。

「だから、それくらいイルミナさんが好きだったの。同じこと言って許されんのはルーチェちゃんとカロルくんくらい。」
「だがデュランは、イルミナ以外なら比較的美しい女性が好きだな。イルミナと交際する前に侍らせていたのは、すべて美しい女性だった。・・・日替わりだったがな。」
「それならジュディスうってつけじゃん。やったね!」
「それでも日替わり・・・。」

つまり、妻以外の女は一人として二度目はないということだろう。世の男が聞けば、何とも羨ましい話である。

「奴と寝た女性は皆、以降他の男と寝れなくなってな。・・・たまに狂う者までいた。」
「お、お父さん怖い・・・。」
「行き着く先は、麻薬漬けになるか、売春婦になるか。・・・ジュディスがそうなってしまったら・・・。」
「いくら何でも、ジュディスちゃんにそんな真似はしないと思うけど・・・。ただなあ・・・、デュランさんの可愛がりって限度がないから・・・。」

しん・・・、と応接室が静まり返る。皆それぞれに、それぞれの可愛がりを受けているだけに、何も言えない。デュランダルは世の中のほとんどの人間に価値を見出だしていない、非常に極端な人間だ。だからこそ、内側の人間には一切の苦労なく守ろうとする。ジュディスを気に入っているだけに、どれだけちやほやと可愛がるかを想像すると---

「ジュディスちゃん・・・可哀想・・・。あの人に気に入られたばかりに・・・。」
「様子を見ていてやらなければな・・・。」

デュランダルをよく知る二人の言葉に、皆で頷いたのだった。



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