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ひたりと優しく額に乗った何かに、ジュディスはゆっくりと目を開いた。薄暗い部屋の中で、僅かな灯りを受けたデュランダルが、「・・・起こしてしまったね。」と優しい声で呟いた。 長い指がそっと髪をすく。心地好さに目を細めると、「お腹はすいてないかい?」と尋ねた。 「・・・おじさま・・・。」 「ん?」 「・・・ずっといてくれたの・・・?」 「心配でね。みんなには過保護だと言われたけれど、熱が出た時は心細くなるものだから。」 首筋にひやりとした指先が触れて、ぴくりと肩を揺らすと、「・・・ああ、すまない。」と頬を撫でられた。 「・・・お風呂に入りたい・・・。」 「それはちょっとね。熱が下がるまでは我慢しなさい。」 「・・・・・・。」 毎日きちんと入浴していて、まして年頃だ。不快感が凄まじくて眉を寄せると、デュランダルは苦笑して、タオルをお湯に浸した。 「それなら身体を拭いてあげようか?」 「・・・・・・、・・・何を言ってるの、おじさま・・・。」 さらりと口にしたが、内容はとんでもない。だがデュランダルは自分が言ったことのおかしさになどまるで気付かず、「起き上がれるかい?」と抱き上げた。 「ま、待って、おじさま・・・。本気なの・・・?」 背中を向けて座らせたデュランダルを振り向くと、彼は「何がだい?」と心底不思議そうな顔をする。これは本気でわかっていないと察したジュディスは愕然とした。 その間に、胸を覆っている服の留め金が外される。慌てて前を押さえたが、「それじゃ拭けないよ。」とあっさり取り払われた。 「・・・前々から思っていたが、お前は痩せすぎだよ。もう少し食べなさい。」 「・・・っ、」 右脇腹をデュランダルの指が撫でる。びく、と身を縮めるが、彼はジュディスの長い髪を肩から前へ流した。 どうしていいのかわからない。彼は仲間だが、異性である。ジュディスはまだ若く、成人して間もない。男に服を脱がされる意味をきちんと理解している。 心臓が激しく鳴り響いている理由が、動揺しているからなのか、期待しているからなのかが分からない。 らしくもない、と膝を立てて胸を隠す。普段なら、むしろこういう状況だって楽しめるはずだ。結果がどちらに転ぼうと。それなのに、背後にいるのがデュランダルだと思うと、頭が混乱して身体が動かせない。 ぬるいタオルが背中や首筋を行き来する。早く拭き終わって欲しいと前屈みになっていると、「これでいいね。」と声がし、ジュディスは安堵した。 「こっちを向いて。」 「・・・!?」 だがそれも束の間で、デュランダルは肩に触れながら、さらにとんでもないことを口にした。 前を向けば、裸の胸が彼の目に入る。男の目に自分がどう映るかくらい理解しているジュディスの心臓は、さらに高鳴り、痛いくらいだった。 「ま・・・待って、おじさま・・・。前は、自分で・・・。」 「関節が痛いと言っていたじゃないか。」 「そう、だけれど・・・でも・・・っ」 「おいで。」 耳元でたった一言、優しく呟かれただけ。たったそれだけで、身体から力が抜けていく。思考が端々から白く染められて、彼の言葉に従わなければならないと思ってしまう。 「・・・いや・・・、は、恥ずかしい・・・から・・・。」 「・・・?何がだい?」 それでも何とか、恥ずかしいと言葉にしたのに、デュランダルは心底分からない、と目を瞬く。 常識で図れない人だと知ってはいたが、こんなところまでそうだとは思っていなかった。 呆然としている隙に、向かい合わせにされる。豊満な胸が揺れて彼の眼前に晒され、ジュディスは俯き身体を強張らせた。 こうなっては、最早どうしようもない。あとはなるようになるしかないのだ。イルーチェに明日どんな顔で会えばいいのかと考えていると、タオルが乳房を撫でていった。 彼の手つきに妙な意図は感じられないが、先端を掠めると何も感じずにはいられない。声が漏れないよう唇を噛み、身体が震えないよう力を入れた。 「終わったよ。上だけで大丈夫かい?」 タオルを桶に戻したデュランダルは、寝間着を羽織らせ、ボタンを留め始める。え、と彼の顔を見たが、「暖かくして寝ないとね。」と、にっこり微笑んだ。 「・・・何も、しないの・・・?」 あまりに予想外すぎて思わず呟くと、デュランダルは一瞬虚を突かれたように目を丸める。そして珍しく申し訳なさそうに眉尻を下げて、頬に触れた。 「・・・ああ、そうか。すまないね、怖がらせてしまった・・・。」 「・・・っ、」 「違うんだよ。そんな邪な気持ちは欠片もない。ついルーチェにするようにしてしまっただけで・・・。」 その言葉に、ジュディスは息を呑んだ。イルーチェのように、ということは、彼の目にジュディスは女ではなく、子どもとして映っているということだ。頭の芯が凍りつくようで何も言えずにいると、デュランダルはジュディスの柔らかな手を握った。 「・・・お前が年頃の女性であることを失念していた。本当にすまなかったね。けれど誓って、そんなつもりはないんだよ。考えてもみなさい。俺は五十も間近のおじさんだ。そんなことは有り得ないよ。」 「・・・有り得ない・・・?」 「ああ、俺が、だよ。お前に似合う年頃の男なら、むしろお前を手に入れたくて跪くに決まっている。」 有り得ない、という言葉が、がんがんと脳を揺らす。彼に身体を拭かれただけで、僅かでも反応した身体が急激に冷えていった。 「・・・おじさまは、私を見ても、どうとも思わないと言うこと?だから・・・私はイヴァンにも選んでもらえなかったの?」 「ジュディス・・・。」 「・・・一緒に眠っても何もされない・・・。裸を見ても何とも思われない・・・。こんなもの、女とは言えないわ・・・。」 惨めで、虚しくて、恥ずかしい。消えてしまいたい。どうでもいい人間からどれだけ賛辞を贈られても意味はない。男を代表するような、デュランダルの目には子どもにしか映らないくらいなのだから。 「・・・少なくとも、イヴァンは耐えたと思うよ。お前が大切だから。」 「リタを愛しているからよ。私なんて関係ないわ。おじさまだってそうよ。奥様を愛しているから、私なんてどうだっていいんだわ。」 「・・・・・・。」 「・・・優しいから、私が勝手に勘違いしただけよ。」 たった一度で良かった。思い出が欲しかった。リタからイヴァンを奪おうなんて、欠片も思っていない。ただ初めて本気で好きになった相手だから、彼がどんな風に男に変わっていくのか知りたかった。 けれどイヴァンとよく似たところのあるデュランダルさえも、邪な気持ちを抱かないなら、最初から無理だったのだ。少なくともジュディスは、熱を出して心身共に弱り、自棄になっていた。 「・・・ならお前は、俺がお前を抱けば満足するのか?」 「・・・え・・・、」 ぐ、と肩を強く掴まれ、ベッドに倒される。彼の襟足から髪が滑り、大きな手が首筋を撫でた。 「簡単だ、そんなもの。何を勘違いしてるか知らないが、お前を抱くくらい、簡単に出来る。」 「・・・っ、」 「・・・お前は何も分かっていない。」 留めたボタンを自ら外し、あっという間に再び胸元を露にする。長い指が左胸を滑り、中指の腹が先端に触れると、そこだけを優しく刺激し始めた。 「っ、ん・・・!」 「・・・若い娘にしては悪くない反応だ。片方だけでは足りないだろう。」 「ぁ・・・、お、おじさま・・・っ」 「抱けばいいだけなら気が済むまでそうしてやるさ。ただ・・・、俺を知れば他の男ではもう満足出来なくなる。この先誰かを愛しても、その男とのセックスでは感じなくなる。それだけの覚悟があって言っているのか?」 「ん・・・、ぁ、っ・・・」 「・・・俺はイヴァンのように優しくはない。あの子は、お前をヒトとして、仲間として、女として尊重したから、普通なら耐え難いお前からの誘惑にも耐えたんだろうに。」 「っ、ん・・・!」 「どうする?このまま続けるか?」 きゅう、と両方の先端を摘ままれて、びくんと腰が揺れた。 救いを求めるようにデュランダルを見ると、彼はひどく無感情な眼差しでジュディスを見ている。反応を伺っているのだろう彼に、目尻から涙が零れた。 「・・・ごめんなさい・・・おじさま・・・。」 顔を覆って涙声を漏らしたジュディスに、デュランダルはそっと身体を離すと、艶やかな髪を撫でる。そして「・・・構わないよ。」と優しい声で言った。 「ゆっくりおやすみ。明日の朝、また様子を見にくるよ。」 ぱたん・・・と静かに扉が閉まる。いったい何をしているんだろう、とジュディスは枕に顔を埋めた。 馴染むほどに虚しさばかりが募る |