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それからだ。おかしくなってしまったのは。あの夜の、威圧的で圧倒的で、冷たく残酷な彼の一面を目の当たりにしてから、徐々に彼が住み始めたのは。イヴァンへの気持ちは暫く残ったが、デュランダルのほうにばかり意識がいくようになり、触れることが癖の彼の指が身体をなぞる度に顔や身体が反応しそうになるのを必死で誤魔化して隠してきた。 彼は普通の男とはまるで違う。あまりに極端で、あまりに圧倒的で、外見に滲む他者を寄せ付けない強さが数多の女の心を惹き寄せてやまないのだろう。 そう思い、ふと---私はおじさまが好きなのかしら、と思う。だが彼はあまりにも歳上だ。彼にはジュディスより歳上の娘もいる。五十も間近には到底見えない奇跡の美貌の持ち主ではあるが、本来なら恋などするわけもない相手。 父親のように無意識に思っていて、だからあんな男である一面を見て戸惑っているのかもしれない。 依頼を終えて風呂に入るべく、浴場の扉に手をかける。さっぱりしたら、頭も少しは冴えるかもしれない。だが開け放った先の光景に、ジュディスは絶句した。 「おや・・・?ジュディス。」 「・・・っ!」 そこにいたのは、ギルドの男性陣だった。風呂上がりで全員もれなく裸だったが、それぞれの個性かほとんどが腰にタオルを巻いていたが、よりによってデュランダルは巻いていなかった。 「デュランさん!あんた前全開!」 「ん?ああ。」 「ああではない。年頃の女性に何を見せている!」 「見せてはいない。不可抗力だろう。」 自分の身体を隠すという概念がないのか、デュランダルは特に気にした様子はない。イヴァンが「おい、ジュディス?ジュディス、しっかりしろ。」と目の前で手を振るが、ジュディスの目はデュランダルから離れなかった。 「・・・お・・・おきい、のね・・・おじさま・・・。」 「すげぇ、ジュディが混乱してるぞ。」 「ありがとう、よく言われるよ。」 「ありがとう、じゃねーよ!しまえって!」 「・・・それは・・・入るのかしら・・・?」 「入るよ。試してみるかい?」 「黙れ、お前は今すぐ黙れ。」 「どこに入れるの?」 「首領、首領にはまだ早いので・・・。」 「兄さん、そうじゃない。そうだけどそうじゃないよ。」 男性器を見るのは初めてではないが、デュランダルのそれはあまりに大きい。硬直していると、彼は裸体のまま近寄ってきて、「風呂に入るなら、世話をしてあげようか?」とジュディスの顎を持って言った。 「な、に、言って・・・」 「・・・前に一度世話をしてやったろう?」 「・・・っ!」 ふ、と笑んだデュランダルの言葉に、ジュディスは瞬時に真っ赤になる。それに周囲は逆に真っ青になった。 「あ、あ、あんた・・・!ジュディスちゃんに、な、何したんだよ!」 「さあね。・・・秘密だから、そうだね?」 「・・・っ、意地悪は嫌・・・!」 「ふふ、嫌われてしまった。」 悪かったね、と頭を撫でて、「ちょっと待っていなさい。」と扉を閉める。暫し後にデュランダルを始めとし、男達が出てくる。皆色々聞きたそうだったが、デュランダルに「邪魔するんじゃないよ。」と言われ、渋々去って行った。 だがジュディスは、脱衣場に入るなり、へなへなと座り込んだ。頭の中には湯上がりのデュランダルがいて、どっ、どっ、と心臓が痛いくらい脈打っている。 世話をしてあげようかと言われ、瞬間思わず頷きかけた。嬉しかった。 あの熱を出した夜のことを、二人だけの秘密だと言われ、ときめいてしまった。 ああ、もう誤魔化せない。 私は、おじさまが好きなんだわ。 彼が死んだ妻を想っていても、私より歳上の娘がいても。 あの人にあんなに優しくされて、可愛がってもらって、好きにならないほうが無理だった。 女として触れられたあの僅かな時間を、もっと噛み締めていたら良かった。もう二度と、あんなことないかもしれないのに。 思い出すと身体が疼いて、ジュディスは固く目を瞑ると服を脱ぎ捨ててお湯を頭から被った。 行かないで。 行かないで、戻ってきて。 これ以上、私から離れないで。 ただでさえ遠いのに。 どうすれば、あなたは私を見てくれるの。 あの夜に戻れたら、怖がったりしないのに。 冴えるどころか、より悶々として風呂から出ると、イヴァンが待っていて、ずいぶん険しい顔をしている。面倒な予感がして、「誰か待っているのかしら?」と声をかけながら通りすぎようとすると、「待て。」と腕を捕まれた。 「なに?」 「・・・お前、もしかしてデュランさんに惚れてんのか?」 さすが長く色事が生業だっただけに鋭い。だがジュディスはこの自覚したばかりの感情を誰にも打ち明けるつもりはなかった。 「あら、どうして?」 「お前があんな反応すんのはおかしい。」 「おかしい?」 「お前なら、あれくらいで動じねえだろ。・・・デュランさんしか見てなかった。」 「おじさま凄かったもの。さすがに私でも動じたわ。あんなに大きいの、初めて見たし。」 「・・・ふうん。なら俺の見ても飛び上がるんじゃね?」 「あなたのを見てどうするの。興味ないわ。」 「デュランさんに興味あるから?」 鋭い眼差しで探るように見つめるイヴァンに、簡単には納得しなそうだと腹に力を込める。ここで知られてはならない。様子からして、答えはやめておけしかないだろう。 「・・・あなたは私がどう答えれば満足するのかしら?私は違うと言っているのに。」 「お前最近やけにデュランさんを見てる。声が聞こえりゃ反応するしな。」 「おじさまにはお世話になっているし、可愛がってもらっているわ。懐いてはいけないの?」 「悪くはねえよ。懐くだけならな。ただ惚れてんなら話は別だ。」 「そうだったとしても、あなたには関係ないわ。」 だんだん苛々してきて、ぴしゃりと壁を作る。これ以上話していたら余計なことまで言ってしまいそうだし、すり抜けて部屋に行ってしまおうとしたが、イヴァンはそれを許さなかった。 「・・・寝たのか。」 「・・・邪推はやめてちょうだい。おじさまは奥さまを愛しているのよ。そんな無責任な人ではないわ。」 「男と女は違う。好きな女がいようと、簡単に別の女を抱ける。」 「あら、あなたは違ったじゃない。」 「・・・っ、我慢したに決まってんだろ!お前が大事だから!」 ぐっと距離を詰め、壁際に追い込まれる。間近に迫った美貌に、忘れかけていた感情が甦ってきて、ジュディスは珍しく顔を歪めた。 「・・・今さら何を言うの。」 「・・・俺だって言いたかねえよ。けど、あの人だけは駄目だ。」 「なぜ?」 「あの人と生きることは、お前を危険に晒すことだからだ。俺はお前が大事だから、幸せになってほしいから、・・・あの時、必死で我慢したんだ。」 「・・・やめて、聞きたくないわ。」 「なあ、あの時お前を抱いてたら、ちゃんと前に進めてたのか?普通の男と、普通に恋愛できたのか?」 「・・・やめて・・・、もう終わったことだわ。あなたはあの時私を拒絶した。私はあなたにリタがいると知っていたわ。仮定の話に意味なんてないのよ。」 「・・・ギルドの奴はやめてくれ、頼むから・・・。」 「勝手な話ね。あなたにそんなこと言う権利はないわ。」 「・・・・・・、・・・。」 「・・・イヴァン?」 ぐ・・・、と何かを堪えるように唇を噛んでいたイヴァンが、身体を重ねてくる。震える手をジュディスの手に重ねて、彼は震える声で言った。 「・・・勝手なのは分かってる・・・。けど・・・、お前を、誰にもやりたくない・・・。」 「・・・!」 「好きだって、言ってくれて・・・本当に嬉しかったんだ・・・。」 「・・・っ、な、に言って・・・」 「・・・本当は・・・、・・・あの時、抱きたかった・・・。」 切ない声で、けして言ってはならない言葉を口にする。見た目に反して実は古風で真面目で、誠実な彼が、実現させなくてもリタを裏切るも同然の言葉を口にするなんて、どれほどの勇気が必要だっただろう。 「・・・それなのに・・・、お前に一番いい選択をしたはずなのに・・・、・・・今さら、後悔してる・・・。あの時お前を抱いてたら、まだ俺を好きでいてくれたか?誰も見ないで、俺だけ・・・」 「・・・っ、やめて・・・!」 力いっぱい押し返すと、イヴァンは顔を歪めていた。だが頭の中は混乱していて、ジュディスは足早にその場を離れた。 |