Compartment

手荷物を持って列車の後ろの方へ進む。出発前にお母様が教えてくれた通り、後部車両は人気がなく、すぐに空いているコンパートメントが見つかった。座席に座って窓の外を眺めると、美しい田園風景が見える。いよいよホグワーツでの生活が始まるのだ。“前”までは本の中や映画の中でしかなかったものが“今”では現実で、私の身の振り方一つが大きな影響を与えるのだろう。でも、大丈夫。先のことなんかわからないのは“前”も“今”も同じ。私は私の思うままに、誇りを持って生きるだけでいい。それに単純にホグワーツでの生活にワクワクもしている。動く階段にしゃべる絵画。必要の部屋も行ってみたいし、厨房にもお邪魔したい(屋敷しもべ妖精と戯れたい)。地下牢教室での魔法薬学や呪文学に、魔法史も楽しみだ。予習はたくさんしたけど、授業として大勢と学ぶことが何より楽しみ。あと、たくさんは難しいかもしれないけど、友達もほしい。まだ遠いホグワーツに思いを馳せている時、コンパートメントの扉がガラリと開いた。

「失礼…。やっぱり、こんなところにいたのね、ヴァル。探したじゃない。」

真っ黒な髪にパールグレーの瞳。私と同じ『ブラックカラー』を持つ少女がそこに立っていた。端正な顔を不機嫌そうに歪めているところ、ずいぶんと探させてしまったらしい。

「ごめんなさい、ルクレティア。ずいぶん探させてしまって。もうコンパートメントは見つかっているの?」

ルクレティア・ブラック。ブラック家本家の長女。後に私の夫となるオリオン・ブラックの実の姉である彼女と私は年が同じことから何かと顔を合わせることが多かった。本家でお嬢様として蝶よ花よと育てられたせいか、ちょっと直情的で抜けたところもある彼女だが根は素直で純粋なとてもいい子だ。初めて会ったころはなぜか威嚇されていたが、弟のオリオンが生まれたころから次第に心を開いてくれるようになり、今では親戚の中で一番仲が良い。

「えぇ、ミスターマルフォイとあと…誰だったかしら?覚えてないけれど、その取り巻きのコンパートメントに入れてもらったの。でも、ヴァルがここにいるなら私もこっちに移りたいわ。聞いてよ、ヴァル。彼ったら品性のかけらもないのよ。杖の柄に純銀の蛇の飾りをつけていたの!杖はそのままが一番美しいのに!それに取り巻きも自分の家の自慢話ばっかり!流石にミスターマルフォイは言わなかったけれど、よく『ブラック家』の令嬢の前であんな話ができるわ」

「そ、そう…それは大変だったわね。あなたがこっちに来ることは構わないけれど、ミスターマルフォイが気分を害されないかしら?」

「大丈夫よ!ヴァルを見つけたから、久しぶりに2人でゆっくりお話がしたいって言えば、彼も何も言わないはずよ。」

ルクレティアは名案!とばかりに嬉しそうに顔をほころばせ、もといたコンパートメントに戻っていった。彼女のマシンガントークを久々に聞いて若干頭が混乱した。彼女の言っていたミスターマルフォイはドラコのおじいちゃんにあたるアブラクサス・マルフォイだろう。しかし、ルシウスが映画でつけていた杖の柄の装飾は代々受け継がれていたのか…

「ヴァル!やっぱり、大丈夫だったわ!」

10分ほどたったころ、手荷物を抱えてルクレティアが帰ってきた。

「それはよかったわ。さぁ、そちらに座って。」

私の向かい側の席に腰を下ろすと、女の子二人の会話が始まる。いつの時代も女の子の会話は終わることを知らない。





「ねぇヴァル、私、スリザリンに入れるかしら?」

楽しい話が続く中、ふと不安げにルクレティアが切り出した。それは、私たちブラック家の人間にとってとてつもなく重要なこと。

「どうしたの?あなたらしくないわ。何か不安なことでもあるの?」

「だって、お父様もお母様も純血が絶対だって教えてくださったけど、私正直わからないの。だって純血の人間以外とあったこともないのに、それ以外の人間が劣っているかどうかなんてわからないわ。でも、そういう考えって『異端』なのでしょう?『異端』は家系図から消されるって聞いたわ。こんな私を組分け帽子はスリザリンにしてくれるかしら?スリザリンじゃなかったらやっぱり家系図から消されてしまうわ。あぁ、ヴァル、今聞いたことはどうか誰にも言わないでね。」

泣き出しそうになりながら話すルクレティアに心が詰まる。こんな身も心もたった11歳の少女が抱えるにはこの問題は重過ぎる。ただただ純粋に生きることも許されないこの家名はこういう時に少し嫌になる。

「えぇ、もちろん秘密にするわ。安心してルクレティア。それにあなたの考えはちっとも間違っていないし、当然の疑問だわ。でもね、私たちは『ブラック家』に生まれたもの。純血主義を掲げろとは言わないけれど、今の話を私以外にしてはダメよ。少なくとも、あなたが自分で自分を守れるようになるまでは。そうしないと、今あなたを守ってくれているお父様やお母様やたくさんの親戚、何よりあなた自身を傷つけることになる。私の言っている意味分かる?」

「えぇ、わかるわ。約束する。」

頷きながらルクレティアが答える。

「ありがとう。じゃあ、私の秘密もルクレティアに教えてあげる。」

「ヴァルの秘密?」

全てを教えるわけにはいかないけれど、これだけは教えておきたい。

「そう、私の秘密。…私はね、純血とか、マグル生まれとか、混血とか、そんなのあまり興味がないの。どんな血が流れていようといい人もいれば悪い人もいる。血で人を決めつけて、その人の本質を見ようとしないのはとてももったいないことよ。世界はこんなに人であふれていて、素敵な出会いが待っているかもしれないのに、自分で世界を狭めるなんて。でも、私も『ブラック』の人間だから、『ブラック』の名に恥じないように誇りを持って生きるわ。純血という血の誇りではなくて、お父様とお母様の子供であるという誇りをね。そして、いつか私に夫や子供ができたときに『幸せだね』って笑える世界になっているようにできる限りのことをしたいの。そのためならどんな手段もいとわないわ。これが私の秘密。…ルクレティア、時が来るまでどうかあなたの胸にしまっていて頂戴ね。」

話を聞き終わったルクレティアが深く頷いた。

「もちろんよ、ヴァル。でも、あなたの言う“世界”が実現したら、素敵ね。それにあなたの夫と子供はとても幸せものだわ。」

どこか夢見るように笑う彼女にあなたの弟が夫になりますとはさすがに言えない。

「そういえば、最初の質問に答えてなったわね。ルクレティア、あなたはきっとスリザリンに入れるわ。だって、ミスターマルフォイにコンパートメントを移ってもいいか聞きに行くときのあなた、とっても狡猾な顔をしていたわ。」

「あら、ならあなたもスリザリンよ。『どんな手段もいとわない』なんて、スリザリン生の特徴そのものじゃない。」

そう言うルクレティアと二人で顔を見合わせると、どうしようもなく面白くなり二人同時に噴出した。
ホグズミード駅に着くまでの間、コンパートメントの中は新しい生活に期待と不安を抱いた二人の『ブラック』の楽しげな声が響いていた。

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