New life
入学式が終わって1週間。一通りの授業は受けて、学校生活にも大分慣れてきた。まだ教室移動の時に迷って、先輩(スリザリン限定)や絵画に助けてもらうことも多いけど、あと1、2週間もすればその回数も格段に減るはず。
しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「ヴァル?大丈夫?顔色悪いわよ。」
「大丈夫よ、ルクレティア。この後の授業はちょっと憂鬱なだけ。」
絶望的な顔で朝食に向かっている私を心配して、隣に座るルクレティアが声をかけてきた。
「あぁ、そういえば今日の最初の授業は飛行訓練だったわね。なら、なおさら心配だわ。ヴァル、箒苦手だもの。」
そう、今日は私の苦手な飛行訓練の日なのだ。なんで1年生だけこの授業があるのだろうか。あぁ、飛べなかったらどうしよう。もうしばらく箒に触ってないし、こんなことになるなら家で少し練習してくるんだった。完全に頭の中から飛行訓練のことが消えていて、他の授業の予習はきちんとしたのにこれだけはやってない。
「そんなに落ち込まないで、案外飛べるかもしれないわ。こんなところでウジウジしてないで、早く食べて授業に行きましょう。飛行訓練の後はヴァルの好きな薬学よ。」
ルクレティアは努めて笑顔で私を励ましてくれる。
「えぇ、そうね。ウジウジしていても仕方がないわよね。それに私が箒から落ちたら受け止めてくれるんでしょうルクレティア?」
「え、それは無理よ。医務室には連れて行ってあげるわ。」
「あら、薄情ね。」
「私だって怪我したくないもの。」
二人で顔を見合わせてクスクス笑いあうと、少しだけ不安な気持ちが軽くなった。
そして、遂に来てしまったのだ。
「さぁ、みなさん!グズグズしない!箒の横に立って、手をかざして『上がれ』と言って箒を握りなさい。」
担当の先生が大きな声で指示を飛ばす。どの時代、どこの国でも体育会系の先生というのは声が大きく、厳しい。先生の一言で11歳の子供なんてたちまち萎縮してしまう。私と同じ列に並んでいるスリザリンの生徒も向かいに並ぶグリフィンドールの生徒も大きな声にピクリと肩を震わせている。そう、今日の授業はスリザリンとグリフィンドールの合同授業なのだ。魔法薬学も合同だけど、先生たちもなぜ中が悪いと分かっていながら合同にするのか。もし親睦を深めるためとかならそれは逆効果な気がする。
「上がれ」
先生の言葉にいち早く反応して誰かが箒に言った。その凛とした声に反応してスッと箒が上がる。
どうやらグリフィンドール生らしい。ちらりと声の方を見ると、きれいな栗毛を二つの三つ編みにした真面目そうな女の子だった。彼女に触発されたのかそこかしこで「上がれ」と声が響く。その様子に先生は満足そうに頷き、職員室に忘れ物をしたから、戻ってくるまで箒を手にしておくようにと言い、颯爽と歩いて行った。そうだ、とにかく箒に上がってきてもらわなければ!
「上がれ」
私の声に箒はかすかに反応しただけで上がる気は全くない様だ。そうだろう、そんな気がした。
「上がれ」
もう一度、声をかける。やっぱり箒は上がらない。あぁ、箒から落ちるどころか乗れもしないなんて。
「おいおい、かの有名なブラック家のお嬢様は箒もろくに扱えないのか?」
そんな私を見て向かいのグリフィンドールの男子生徒が嘲笑してきた。まぁ、腹は立つがこれは仕方がない。事実だ。
「ちょっとあなた!失礼でしょう!謝ってよ!」
何も言い返さない私の代わりにルクレティアが彼に噛みつく。さらにスリザリン生も彼を睨み付ける。
「ルクレティア、良いから。だって事実だし。」
「でも、ヴァル。」
「へぇ、よく分かってんじゃん。お嬢様。ブラック家も廃れたもんだねぇ。お嬢様が箒も扱えないとは。」
私とルクレティアの会話に彼が茶々を入れる。しかし、そろそろ私の堪忍袋の緒も限界だ。いい加減言い返そうと口を開きかけた時、凛とした声が割って入ってきた。
「やめなさい、ウィンベルトン。見苦しい。彼女に大きな口を叩くなら、あなたのその足元にある箒を手の内に収めてからにしたらどうかしら。」
さっきの三つ編みの女の子が厳しい目をしながら彼に言った。確かに彼の足元には私と同じように箒が転がっている。
「う、うるせーな!真面目ちゃんが!なんだよ、一番に箒が上がったからって偉そうに!」
プチっと私の頭の中から音がした。
「さっきから黙って聞いていれば、なんなんですか?出来ない自分は棚に上げて、嫌みばかり言って。挙句の果てに止めに来てくれた女の子に対して暴言を吐くなんて。英国紳士の風上にも置けません。一つだけ、申し上げておきます。確かに私は飛行術が得意ではありません。どうぞいくらでも馬鹿にすればいいわ。だけど、私を馬鹿にするネタに『ブラック』を持ち出すことは絶対に許さない。馬鹿にするなら私個人にしてください。そうすれば私も貴方個人とお相手するわ。それとも、貴方個人では私個人に勝つ自信は無いのかしら。」
とうとうと、微笑みすらたたえながら、目の前の彼に語る。少し悔しそうに後ずさり、唇を噛みしめるが、言い返す言葉はない様だ。
「何をしているのですか。」
どうやら先生が帰ってきたようだ。
「いいえ、何でもありません。」
静かに先生に返すと、先生は私の箒を一瞥し、他の生徒も見まわした。
「では、箒が上がってきた生徒は上がっていない生徒に教えてあげること。教えあいも効果的な学習方法ですよ。」
先生は言い終わるか終わらないうちに二人組を作り出すと、スリザリン内では私だけが余ってしまった。因みにルクレティアは違う子の担当になったようだ。
「あら、余ってしまいましたね。では…Ms.ブラックはMs.マクゴナガルと組みなさい。……Ms.マクゴナガル!こちらへ!」
え、ちょっと待ってください先生。今すごいこと言いませんでした?
「はい、先生。」
「Ms.マクゴナガル。Ms.ブラックに教えてあげてください。」
「わかりました。」
混乱中の私を余所にどんどん話がまとまっていく。
「グリフィンドールのミネルバ・マクゴナガルです。よろしく、Ms.ブラック」
「ヴァ、ヴァルブルガ・ブラックです。よろしくお願いします。Ms.マクゴナガル」
私の目の前には見事な栗毛の三つ編みが二つ揺れていた。
神様、マクゴナガル先生が同級生なんて聞いてないです。