蜂蜜よりも甘い愚考
久しぶりに彼女の家に向かうと何か居た。
「なんだこれ。」
「なにがよ。」
いや、なにがよ。じゃない。このソファを独占する布の塊のことだ。しかも一体じゃない。五、六体はいる。もっと言うと同じ顔。なんだこれ。
「え、これ?可愛いでしょ。あむぬいくん。」
「は?」
いや、全くわからない。なんだあむぬいくんって。馬鹿なのか?顔を顰めながら一体の頭を掴む。眼前まで持ち上げまじまじとそれを見つめる。薄い黄色の髪にミルクティーのような肌色。クリクリとした青色の瞳にムッとした顔。なんだか...
「零くんに似てて可愛いでしょ*。」
だよな。特徴が俺と一緒だ。なまえはソファにある寝そべった形のぬいぐるみを2つ抱き上げそこに座る。1つを膝に乗せてもう片方を抱き上げよしよしと頭を撫でた。そのまますりすりとそのぬいぐるみー彼女曰くあむぬいくんの頭に頬を寄せる。
「なんか、ゲーセンで見つけて。なんかアニメのキャラクターらしいんだけど可愛いよね。零くんに似てるなーって気づいたらもうこれは連れて帰らなきゃ、と思っちゃって。」
「...。」
片手で顔を覆う。発想が可愛い。
「特にこのむっ、とした子。怒ってる時の零くんそっくり。最近毎日一緒なの。」
ふにゃふにゃ笑って、ぬいぐるみをぎゅっ、とする。んん、可愛い。彼女が可愛いのは前からだが、久しぶりだからかより一層可愛く見える。衝動のまま、手に持っていたあむぬいくんをソファに投げ置き、なまえの頭の後ろに手を添える。そのままぐっ、と彼女を引き寄せ唇を重ねようとすると...。
「ちゅー。」
ぼふり。
「...。なんの真似だ?」
「えー、何となく?」
なまえは自身が持っていたあむぬいくんを俺の口に押し付けて笑う。悪戯っこのように笑うその姿も可愛いが、腹立たしい。久しぶりにあったのにこんなぬいぐるみに愛しの彼女との触れ合いを邪魔されるとは。忌々しくてちっ、と舌を鳴らしながら目の前のあむぬいくんを睨みつける。常日頃傍にいれるだけでなくこんなに構われ、挙句に僕となまえを邪魔するなんていいご身分だな。
むっとする僕を尻目になまえは手に持つぬいぐるみを構っている。僕に似ていて大事にしているなら、まず僕に構え。あむぬいくんの頬を手で挟みゆるゆると揺すりながらちゅ、とそれにキスをする姿にぷつんと糸が切れる。
「あっ。んっ...!」
むんず、と彼女の持ったぬいぐるみを放り今度は彼女の両手を拘束する。そのままの勢いで口付ける。急にぬいぐるみを取られたことに驚き声を上げ口を開けた隙に舌を入れ絡める。
淫らな水音が耳を犯す。舌を絡め、彼女の唇を食み、強く吸う。薄目で彼女を確認すると目をぎゅっと瞑り、顔を真っ赤にして必死に僕に縋っているのが分かる。その姿に優越感が満たされていく。
ちゅ、と音を立てながら彼女を解放する。なまえは顔を真っ赤にしたままソファに突っ伏した。彼女の傍に片足を乗せるとソファがぎし、と音を立て軋む。そのまま彼女の耳元に口を寄せる。
「ぬいぐるみより、いいだろ?」
僕の声にびくり、と身体を震わせたなまえは両手で顔を覆った。
「ずるい...。」
「先にお預けをしたのはなまえだろ。」
くすり、と笑い彼女の真っ赤になった耳にちゅ、と口付ける。照れ屋なところは昔から変わらない。
「ぬいぐるみに嫉妬しないでよ、大人気ない。」
「五月蝿いな。...子供っぽくてぬいぐるみより可愛いだろ?構え。」
「子供はこんなことしません。」
「こんなことって?」
「...零くんの意地悪。」
つん、と赤い顔のまま顔を逸らすものだから笑ってしまう。久しぶりの逢瀬なのだ。俺のことだけ考えて、俺のことだけに惑ってほしいと思うのは仕方ないだろう?
「明日の朝は僕が作るよ。」
「え...。何の宣言よ...。」
「明日はなまえは起き上がれないだろうからね。」
そう告げてなまえを抱きかかえ寝室へ向かう。最初はばたばたと抵抗していたなまえも僕の腕が振り解けないと諦めたのか首元に顔を埋める。
「零くんのえっち。」
「おや、知らなかったのかい?男はみんなそうなんだよ。」
「...ばーか。」
せめてもの抵抗も言い返せば負け惜しみが聞こえてきた。ふふっ、と笑ってなまえをベッドに優しく降ろし、横たえる。
「こんな僕は嫌いかな?」
「そんな事ないって知ってるくせに。」
「ちゃんと言葉にしてほしいんだよ。」
「...好きだよ。」
顔を真っ赤にしながらもまっすぐ目を見てくるなまえが愛しい。ふっ、と笑ってなまえの頬に手を滑らす。そのまま口付けようとしたその時。その手になまえがそっと、擦り寄ってきて少し目を伏せた。
「優しくしてね...?」
思ってもみなかった反撃に動きを止め目を見開く。全くこれだから僕の恋人は...。
「できるだけ頑張るよ。」
自信は全くないけどね、と思いつつ今度こそその唇に噛み付いた。