流れ星かポルボロン


幼い頃から王子様に憧れていた。かっこよくて優しくて私だけを見てくれる王子様が迎えに来てくれると本気で思っていた。そして、誰よりも幸せになれると信じていたのである。
だから最初に彼を見た時の衝撃は言い表せなかった。びびび、と背筋が震え目を見開いた。この人が私の王子様に違いない、と思った。他のものには目もくれずじっ、と彼を見つめる。父と話していた彼が私の視線に気付き見つめあった瞬間に回らない頭で思った。彼と結婚しよう、と。

「お願ーい、お父さん!」
ぱちん、と手を目の前で合わせ甘ったるい声を出す。お父さんは渋面をつくりむむむ、と唸っていた。うちの父親はよく知らないが警察庁のお偉いさんらしい。殆ど家に帰ってこず働いている父は私と母に頗る甘い。それはもう甘い。家庭を顧みれないということにかなりの罪悪感を抱いているのか帰ってきてほしいということ以外の願いは大抵聞いてもらえた。

先日、大きな事件が起こり、家に帰ってこない父に母から差し入れを持っていくように言われた。面倒臭いなぁ、と思いつつも私たちを守ってくれている父のため重い腰を上げた。母お手製のお弁当と着替え、あと片手で摘めるお菓子など。そこそこ多い量の差し入れの入った紙袋を抱え警察庁へ向かった。父に連絡を入れると外に出てきてくれるそうで着いたよ、と連絡を返し入口付近で父を待つ。遅いなぁ、と思いながら周囲を見回すと人目につかないような所に父の姿が見えた。あれ、もう出てきてるならもっとわかりやすい所で連絡入れてくれたらいいのに、と思いつつ彼の方へ向かう。おとーさん、と声をかける直前に父が誰かと話していることに気づいた。誰だろう、と覗いてみると、金色の髪が見えた。外人さん?と顔を見ると衝撃を受けた。凛々しい眉毛に意志の強そうな瞳。すっ、と通った鼻筋すらも美しい。彼こそが王子様だと確信した。寧ろこんなかっこいい人が王子様でない方が可笑しい。彼以上に王子様が似合う人がいるだろうか。いや、いまい。穴が開くほど彼を見つめていると、私の視線に気づいたのかすっ、と彼の視線がこちらを向く。鋭い視線に、背筋がびりびり震える。ふっと視線を外した彼は父に一言二言告げるとさっと踵を返して行ってしまった。あぁ、後ろ姿さえ神々しい...。
「なまえすまんな!...なまえ?なまえ!」
父が何やら言っていたがそれどころではない。彼は父と話していた。しかも人目を忍んで。なら彼はただの一般人ではないだろう。やはり父の部下だと考えるのが自然なのでは...?取り敢えず父にがっ、と紙袋を押し付け踵を返す。父が何やら叫んでいるがそれどころではない。最後に早く今の案件片付けて帰ってきてね!とだけ言い家に帰る。そう、彼が部下ならば彼もまた今は忙しいことだろう。ならば、早く片付けてもらうしかあるまい。話はそこからだ。

そして、漸く帰ってきた父に開口一番に頼んだ。「あの日の彼とお見合いをさせて欲しい。」と。だいぶ渋った父はうんうん、唸り、数日たったある日わかった。と首を縦に振ってくれた。やった!と拳を握り、母と父を置いてお見合い用に新しく服を買うべく出かけた。



そして、お見合い当日。新しく買ったキレイめの桜色のワンピースを身に纏い、髪を緩く巻き、かなり気合いの入った格好で彼を待っていた。ここで落とせねば、私にはもう後がないのだ。警察官なら特に。接点などないし、彼ほどの人ならばこの機を逃せばすぐに他の肉食系女子達に狩られてしまうだろう。頑張れみょうじなまえ。お前はやればできる子だろう!ここでやらねばどこでやる!お前は今日は猟師なのだ。ぬるい考えは捨てねば。
そう1人自分に言い聞かせていると、扉が開いた。つ、遂に来た。緊張してきたかも、と指をそわそわと組み合わせる。ふっと下を向き前髪を整える。漸く彼と顔を合わせるとなると変な所ないかな、とそわそわし始めた。そうしていると、コツコツと足音が響きこちらのテーブルに近付いくる。あぁ、来た...!

「お待たせして申し訳ありません。初めまして、風見裕也です。」
挨拶の声が聞こえぱっ、と顔を上げる。風見裕也さん...!!と彼の顔をみて固まる。......だれ??


隣で仲介人2人が談笑している。そんなことはどうでもいい。うちの父親は何をしている?何を考えている?えっ、確かに名前が分からなかったから特徴で伝えたけど分かるくない?あの日ってあの日しかなかったじゃん?どなたです?あと正直見た目タイプじゃないし、この人怒ってない?顔が怖い!!隣で父がでは、後は若い2人でなんて言いながら立ち上がる。おい待て?ここで置いていくつもりか?心の声がだんだん荒んでいく。が、自分から頼んだ見合いの席で人違いなので解散しましょうなんて言えない。まぁ、兎に角1度こう話してみて最後やっぱり思っていたのと違ったと父に告げればこの話も終わることだろう。頑張れ私、数時間の辛抱よ!



あれ...?風見さんとってもいい人じゃないですか?あれから2人でご飯を食べながら少しずつ話していた。お互いの好きな食べ物、休日の過ごし方。果てには行ってみたい所やこれまで行ったことがある国の話など。彼は強面の顔とは裏腹に静かに話す人だった。ぽつりぽつりと言葉を零していく風見さんとの会話は盛り上がるわけではなかったが、優しくて心地のいいものだった。

「ここのお料理美味しいですよね。」
「えぇ。特にこの天ぷら。」
「!わたしもこれが一番好きです。」

私が同意してにっこりと笑うと風見さんも少しだけ目元を緩めて笑ってくれた。その笑顔に心がじんわりと温かくなっていくのがわかる。彼の顔が怖いのは別に怒っているからではなくて彼の常であることがわかった。そんな彼がふ、と笑う瞬間に私も自然と嬉しくなって笑みが溢れた。
そして、風見さんは食事の所作がとても綺麗だ。育ちがいいんだろうな、と思わせる箸使い。食べ方も綺麗で口をきちんと閉じてもぐもぐとしっかり噛んでから呑み込む。もぐもぐと頬を少し膨らまながら食べる姿がちょっとだけ、リスに似てるなとニヤけそうになる頬を引き締める。顰めっ面であまり表情が変わらないと思っていたが彼は好きな料理に箸を伸ばすと少しだけ嬉しそうに口角が上がる。本当に気付きにくい変化だ。多分本人も気付いてない。そんな彼の癖に気づく度可愛い人だな、と風見さんへ感じていた恐怖心が消えていった。

料理も食べ終わり、そろそろ解散しましょうと風見さんが立ち上がる。そこではっ、と気づいた。風見さんは今日の食事会を楽しめただろうか。最初はあの人ではなくてガッカリした私ではあったが、風見さんとの食事は思ってた以上に素敵な食事会だった。特別盛り上がるような会話ではなかったがゆっくり進む会話はぬるま湯に浸かったようでそんな穏やかな時間が私は嫌いではなかった。だからこそ私ばかり楽しんでしまったのではないかと不安になってしまう。わざわざこんな所まで連れこられて知らない女と2人きりで食事なんてつまらなかったかも。まぁ、それがお見合いなのかもしれないけど...。

私がひとりで悶々と考えているうちに風見さんがお会計を済ませてくれていた。慌ててありがとうございますと頭を深く下げる。

「気にしないでくれ。最初からみょうじさんに出してもらうつもりは無かった。」

風見さんはそう言って仏頂面で眼鏡のブリッジを押し上げ、そのままひとつこほん、と咳払いをした。

「あー、今日は楽しかったです。」
「本当ですか!?」

思わず身を乗り出してしまう。肩にかけていた鞄の取っ手をぎゅっと握りじっと彼を見つめる。

「え、えぇ...。」

私の勢いに驚いたのか風見さんが目を見開く。私は鞄の中からメモ帳を出し、さっとペンを走らせた。

「これ、私の番号です!もし本当に楽しかったならまた食事に行きませんか?あの、ご連絡お待ちしてますので...。」

らしくないことをしている自覚がある。かっと耳まで熱くなり、恥ずかしさにじんわりと目に薄い膜が張られていくのがわかった。自分の食い付きの良さにだんだん恥ずかしくなり俯いてしまう。メモを差し出したままの手が震える。

「......。」

そっと手にあった紙が引き抜かれる。ほっ、として顔を上げると風見さんが少し照れたようにメモを持っていない方の手を首の後ろに回していた。

「私も本当に楽しかったです。また連絡します。仕事が忙しいので遅くなるかもしれませんが、必ず連絡しますので。」

しっかり目を見て約束してくれた風見さんに嬉しくなりにへら、と笑い返す。

「お父さんも忙しい人ですし、風見さんもそうですよね...。でも、私待つの得意なので!」

連絡待ってます、と告げると風見さんは緩く笑ってくれた。

「それじゃあ、私お化粧室に行って帰るので...。今日は本当に楽しかったです、ありがとうございました!」
「あぁ、こちらこそありがとうございました。」

それじゃあ、と背を向けた彼の背中を見つめる。次の約束が出来たことに嬉しくなってにこにこと笑う。次会うときは彼の敬語が抜けるといいなと思いながら私も彼に背を向け歩き出した。