高校生萩原とコンビニ店員

「いらっしゃいませー。」

入店を知らせるメロディーを聞き条件反射の様に口を動かす。商品を並べていた手を止めてちらりと入口を見遣れば1人の青年がドリンクコーナーに向かっていた。

(あ、あの子だ。)

今年に入ってよく見かけるようになった男の子。たまにここから数駅先の高校の校章が入った鞄を持ってるので高校生だろう。彼は少なくとも週に一回、多くて週に三回は見る。私は自宅に近いここでバイトを始めて四、五年経つが彼を見るのはここ最近からなので進学のために引っ越してきたか何かなのだろう。昔からよく見るうちの近所に住む顔のいい黒髪天パの男の子と一緒にやって来ることもあるので彼は大分うちのバイト生の中で知られてる。何せ二人とも兎に角顔がいいのだ。偶に一緒にシフトに入る彼氏持ちのメイクバッチリで可愛い女の子がイケメン同士で友人になるのは宿命なのかと獲物を狙う目で見つめていた。ワンナイト狙ってません?彼ら未成年だし貴方彼氏持ちだし大分アウトですよ、と思ったが黙っておく。私だって命は惜しい。みすみす虎の尾を踏みに行くほど馬鹿ではないのである。今日はシフトに入ってなくて残念だったね。そんな彼女は本日彼氏とデートのために私とシフトを交代した。今朝、珍しく連絡が来ていると思ったらシフト変更のお願いで白目を向きそうになりました。ふざけんな。リア充爆発しろ、と思ったが彼女は愛のハンター(笑)なところ以外基本良い人なので快く引き受けることにした。因みに彼氏さんはちょっとお腹が出てるけど常に人の良さそうな笑顔を浮かべた穏やかな人である。1度お話を聞いたらすごい惚気られた。浮気せず末永く爆発してください。

それはともかく本当に彼は整った顔をしている。イケメンに耐性がないのでどうこうなりたいとかはならないが目の保養であることは確かだ。会えたらラッキーと得した気分になる。

(今日はラッキーだな。バイト頑張ろうねぇ...。)

よっ、と棚の前から立ち上がりレジへ向かう。今日一緒に入っている山田さん(66歳・男性)は裏で休憩中だ。私がレジをしなくては。

レジ周りを掃除しながらお客さんが来るのを待つ。店内には私と彼だけでシーンとした店内には店内放送が煩いくらい響いている。最近よく聞くアイドルのの曲が紹介され、イントロが流れ出す。ふーん、と聞き流しながらお店の外を眺めてみるが人が来そうな気配はない。数台の車が通るのみである。九時前であるのに車さえ疎らであるなんて。ぼんやり外の街灯を眺める。コツ、コツと足音がこちらへ向かっていることに気がついた。はっ、と意識が戻る。いけない、しっかりしなくては...。足音の聞こえる方へ顔を向けると最近CMで話題の炭酸飲料と数個のお菓子を抱えた彼がこちらへ向かっていた。その視線はホットスナックに釘付けだ。わかるよ、美味しいもんね。私のおすすめはスパイシーチキンです。いや、お肉が好きなだけなんですけど。何にするか悩んでいるのかショーケースの前で難しい顔をする彼に心の中でおすすめしてみる。話しかけるだけの度胸はないけどね。

それにしても顔がいいな〜??個人的にタレ目が好きなんですよね。よく考えたら大分彼の顔好みですわ、私。天パの子と一緒にいる時にニコニコしてる顔も可愛いし。...まぁ、でもガチ恋にはならないよなぁ。チャラそうだし。彼女未満の友達いっぱいいそう〜〜。爛れた感じの。彼女とっかえひっかえとか当たり前で浮気もしれっとしてそうなんだよなぁ...。来る者拒まず去るもの追わずのタイプっぽい。ついでに処女面倒くさいって思ってそうな顔してる。いや待て自分、それはどんな顔だ。風評被害もいいところだわ。ごめんね。でも着実に私の中でタレ目くんの勝手な設定が固まりつつある。ほんっとにごめん。

一人で勝手に罪悪感を抱いているとふっと目の前に影ができる。ぱっと顔を上げるとこてん、と首を傾げたタレ目くんがいた。

「...!」

驚きびくり、と震える私にふにゃりと笑ったタレ目くんが持っていた商品を置き、ショーケースを指さす。

「あの唐揚げ2つください、おねーさん。」
「はい、少々お待ちください。」

急いでホットスナックを取るために移動する。焦った。あんな事を考えていたから罰が当たったのかもしれない...。謝るので怒らないでください。ほんとごめんなさい。

手早く唐揚げを取り出しレジ前で待つタレ目くんの元へ向かう。それから商品のレジを通していく。ぴっ、ぴっとバーコードを読み取っていく。...なんか凄い見られてないですか?もしかしてさっきの口に出てましたかね?やば...。値段を告げて絶対に目が合わないように気をつけながら商品を袋に詰める。まぁ、彼の身長なら私が顔を見上げない限り視線が合うことなんて先ずないだろうけれど。

「こちら商品になります。」
「どうも。ねぇ、おねーさん。さっき何考えてたの?」
「ぅえっ?」
「何その反応。可愛い。」

ふにゃりと笑う彼に心臓が跳ねる。可愛いって言った?それは貴方です。というか可愛いなんて見知らぬ人間にサッと口に出せるなんてますますチャラい...。

「ここ、皺よってたよ?」
「あ、あはは...。」

ここ、と言いながら自身の眉間を叩くタレ目くん。そんな姿さえも様になる彼に言葉が出ない。何だ自分の顔の良さを分かっててやってるのか?確信犯なのか?効果は覿面だよ、もうやめて!!それはそれとして私の先程考えていたことを彼に伝えるわけにはいかないので苦笑いしてお茶を濁し、彼がカルトンに置いた1000円札を受け取る。

「1000円お預かり致します。」

レジを操作し、お釣りを取り出す。100円玉2枚と10円玉3枚、5円玉1枚、1円玉3枚。うん、間違ってないよね。

「238円のお返しになります。」

私の声に右手を差し出したタレ目くんの手の平に小銭をのせる。漸く解放される、と肩の力を抜いたその時。

「つーかまーえた。」

ハートが付きそうなほど甘い声音でそういった彼が私のお釣りを差し出した手の手首を左手で握る。驚き固まる私を他所に、うわ、細っと驚いたように呟く彼。な、なに!?待って!?触らないで!!!??これだからパリピは*****!!

「それで?なーに考えてたの?」
「...そんなに気になることですか?」
「なるなる。で?」
「いや〜...。」

押しが強い年下怖いよ〜。そっと手を引き抜こうとしてもがっちり掴まれた手首は取り戻せなかった。これはもう私が折れるしかないのかな。楽しそうなタレ目くんに腹を括って渋々と口を開く。

「...貴方の顔が整っていていいなと思ってたんです。」

恥ずかしくて早口になるし耳が熱くなるのを感じる。嘘じゃないしもういいよね!?と強くて手を振り解こうと藻掻く。しかし、先程より強く握りこまれ私の抵抗は無駄に終わった。これ以上何をお望みで??

「えー、照れるな〜。でもそれだけじゃないよね?」

じゃなきゃ、あんな苦々しい顔しないもんね?とイイ笑顔で迫ってくる。彼は笑顔であるのは口元だけで目は1ミリも笑ってない。確実に逃がさないって顔してる。とっても顔がいいけどその顔怖いのでしまってください...。

「いやぁ、あの...。」
「ん?」

威圧感が強すぎる...。駄目だ、私では勝てない...。でも良い言い訳が思い付かない。視線を泳がせ言い訳を考える私に焦れたのか私の手を捉えた左手の人差し指がすっ、と肌を這う。

「...!!」

やばい。この子やばい。経験値からしてもうやばい。

「ちょっと女癖が悪そうだなって思ってました!!もういいですよね!?離してください!」

漸く外れた掌に安堵する。本当になんだったんだこの子...。怖すぎ...。そう思い彼を見てみると彼は静かに俯いていた。

(え?泣いてる?怒ってる??いやでも聞いてきたのはそっちだし...。あぁでも私ももう少し言い方あったかも??)

流石に年下の子を泣かせたというのは寝覚めが悪い。ぴたりと俯いて動かなくなった彼の肩が少しずつ震えてくる。あぁ、やっぱ泣いてるの!?でもどうしたら良かったのよ、と思いながらもとりあえず傷付けちゃったなら謝らないとかな、と口を開く。

「えと、ご、ごめ...」
「あははははははははははははは!!」
「...へ?」

謝ろうと口を開いた瞬間、笑い声が響いた。私はキョトンと口を開いたまま固まる。状況を飲み込めず固まるわたしなんて気にも留めず体を折り曲げカウンターにもたれ掛かりまだ爆笑している。な、何事?

「あのー...?」
「ふはっ、まっ、あはははははは!」

多分待ってと言っているのか掌をこちらに向ける彼にチベスナ顔になる。本当に何なんだこいつ。数分たって漸く治まってきたのかタレ目くんが立ち直る。笑い過ぎてゴホゴホと咳をしているのに呆れる。

「あー...、笑った...。」
「はぁ...。」

それは良かったですね、と半目になる。本当にもう帰ってくれませんかね?

「あー、初めてそんなこと面と向かって言われたわー。」
「はぁ、すいません...?」

悪いとは全く思っていないがとりあえず形だけで謝っておく。兎に角早く帰ってほしい。

「面白いねー、みょうじさん。」
「ぅえっ、なんで名前...。」
「名札ついてるじゃん。」
「あぁ、そう言えば...。」

私の名札を指さす彼にそう言えばそうかと納得する。とはいえこれ付けていても基本的に名前を呼ばれることなど無いので存在を忘れていた。というかもう私の名前も顔も忘れてください。

「俺は萩原研二だよ。お姉さんの下の名前は?」
「えー...。」

いきなり名前を教えられてギョッとする。いや、もう知りたくなかった。辞めようなんか嫌な予感しかしないし何時までも名前を知らない関係でいようよ。という事であなたの名前、忘れるので私の名前も聞かないでください。

「な、ま、え、は?」
「なまえです。」

イイ笑顔するのやめて。ふぇぇ、押しが強すぎるよぉ。

「なまえちゃんね。覚えた。」

いや、心の底から忘れてください。フリでも冗談でもないからね?聞いてる?

「あー、そんじゃまた来るから宜しくね〜。」

何を?

しかし早く帰ってほしいので疑問は飲み込む。

「またお越しくださいませー。」

もう来んな。そんなふうに思いながらマニュアル通りに挨拶をする。

「なまえちゃん、またねー」

私の挨拶にバチン、とウインクをかまして荷物のない片手を振り店を出ていく彼に震える。やっぱチャラいじゃん...。怖い、近寄らんどこ...。とりあえず塩を撒こうね。