あの光に添い遂げられたら


「私たちってさー家族みたいじゃない?」

ばっ、と勢いよく顔を上げて問いかける。

「はー?」
「なにそれ。」

顔を上げてこてん、と首を傾げる萩原ときょとんとする景光。苦笑しながらもこちらを見てくれる伊達と違い降谷と松田に至っては顔を上げることなく課題に取り組んでいる。

「ちょっと!もうちょっと興味持ってよ!」
「お前みたいな馬鹿な妹は要らん。」
「馬鹿に付き合ったら課題が終わんねぇ。」

上から私、降谷、松田である。2人のあまりの言い草に隣に座っていた萩原の肩に頭を乗せる。

「萩原ー、2人がいじめるのー。」
「よしよし、酷いなー。」

すんすん、と泣き真似をして見せれば萩原はそれにノってくれてヨシヨシと頭を撫でてくれた。

「それでどういうことだ?」

景光が私に問いかける。早々に集中力が切れた私に付き合ってくれるらしい。その問いにふふん、と鼻高によくぞ聞いてくれた!と胸を張る。

「無い胸張っても無いもんなはいぞ。」
「失礼!!ちょっと!!それセクハラだからね!!!」

こちらを一瞥さえせず私の目の前に座っていた松田が吐き捨てる。それにきー!っと松田の足を踏みつけようと自身の足を振り下ろす。が、私の行動などお見通しのようでさっ、と避けられた。悔しい。しかし、それによって漸く松田も顔を上げて付き合う気になってくれたらしいので口を尖らながらも話し始める。

「だからさぁ?伊達がお父さん、萩原がママ、景光が長男、松田が次男、それで私が長女、降谷が三男の末っ子みたいだなぁって思って。」
「なるほどわからん。」
「俺ママ?」
「そう。悪ノリがひどいけどね。ママ頭撫でて*!」
「ていうかなんで俺が末っ子なんだ。長男だろ。そうでなくてもお前より下はない。」
「降谷って私にあたりキツくない?」

おーよしよしと萩原に頭を撫でられていた私に先程まで微塵も興味の無さそうな顔をしていた降谷が不満げに物申す。

「伊達がお父さんはわかる。」
「私たちの保護者だもん。」
「それはお前らが馬鹿ばっかりやるから...。」

景光と二人頷きあっていると微妙な顔した伊達が口を挟む。馬鹿なんてやってないよ、私たちは私たちの欲望に忠実なだけなの!でも、先生達にあいつらの世話よろしくなって言われてるの見た時はちょっと申し訳なく思ったよ、ゴメンネ!でも辞めない!!

「降谷末っ子かー。オラ、次男様のためにコーヒー買ってこいよ。」
「ママはジュースが飲みたいな。」

にやり、と笑った松田とくねり、と腰を捻り握り拳を口元に持ってきてぶりっ子ポーズをした萩原が降谷を弄り始める。それに降谷が噛み付く。

「誰が次男とママだって!?大体萩原くねくねするな、気持ち悪いぞ!!」
「や〜ん、パパー!零くんがママのこと気持ち悪いって言う*!」
「なんで萩原はそんなにノリノリなんだ?」

軽く引いた顔をする伊達を余所に萩原、松田、降谷の口論は激化していく。も〜、松田と萩原も悪ノリし過ぎだけど降谷も沸点低すぎじゃない?

「で、なんで零が末っ子なんだ?」

いつの間にかすすす、といつの間にか3人から避難して寄ってきた景光が私に問う。

「ん*?まぁ色々理由はあるけど...」

3人(とそれを宥める伊達)を一瞥してから景光に向き直る。真っ直ぐこちらを見つめる視線が擽ったくてふふふ、と笑う。

「降谷って寂しがり屋じゃん。いつも1人でも平気です、って顔してる癖にふとした瞬間苦しそうな、寂しそうな顔するし。それに私たちが他の人と仲良くしてると拗ねるし。駄々っ子みたいじゃん。或いは構ってちゃん。そんな降谷見てるとほっとけないなって気持ちになるでしょ?」

そういう私に少しだけ目を見張った景光はそうだな、と言うと私の髪をくしゃくしゃに撫でた。

「わっ!?何さ!!」
「んー、なんか撫でたくなった。」
「なんで!?」

乱雑に撫でられぐわんぐわんと揺れる頭を抑える。目を回していると後ろに殺気を感じる。

「だーれが構ってちゃんだ!」
「いたたたたたた!?や、やめ、やめて!!いたいよいたい!!」
「煩い!大体課題中にいきなり突拍子のないこと言い出すお前の方が構ってちゃんだろ!!!」
「否定しきれないけど!!まっ、降谷!!痛いって!自分の握力考えて!!」

降谷の拳で頭をグリグリされひんひんと泣く私を見て松田と萩原がゲラゲラ笑う声が聞こえる。くっそー!今に見てろよ!ギャーギャー騒ぐ私たちを他所に伊達は困ったように、景光は優しい顔でこちらを見ていた。助けを求めようと2人に向かって口を開くとその前に景光の口が動く。それはきっと音になっていなかったけれど、何故かはっきりわかった。



(お前になら任せられる、か。)

ぼんやりとあの日を思い出す。こんなに懐かしい夢を見るなんて。ソファの上で凝り固まった体を起き上がらせる。ばきり、と体が嫌な音をするのに気付かなかった振りをしてソファに座り直す。薄ぼんやりとした明かりがもれる窓の方見ればレースカーテンが揺れている。あぁ、窓を開けっ放しにしてしまっていたのか。朝の澄んだ空気が私の脳を覚醒させる。力が上手く入らずふらつきながら立ち上がり、ゆっくりと窓に近づく。

(結局、帰ってこなかったか。)

レースカーテンを開き、少しずつ顔を覗かせる太陽を見て思う。朝特有のぼんやりした白い光は優しくて何だか涙が出そうになる。

零がここに帰ってこないのはいつもの事だ。彼はとても忙しく危険な立場に居るのだから、それは当たり前だ。当たり前、なのだが...。

「零の誕生日祝いたかったんだけどなぁ。」

少しだけ期待していた。彼の誕生日くらい恋人の私の顔を見たがってくれないかな、とか。結果は勿論惨敗で帰ってきていない上に、もし帰ってきたらすぐ分かるようにとリビングのソファを占領していたら眠気に負けていたようだが。机の上に並んだ手の付けられていない料理の数々を見て溜息が盛れる。

(はぁ...。大分頑張ったんだけどなぁ。)

料理も得意な零に出しても恥ずかしくないようにと2ヶ月前からメニューを考えて練習してきたというのに食べてほしい相手がいないなんて可哀想。開いていた窓を閉め、料理の並ぶ机に向かい座る。昨日はもし帰ってきたら一緒に食べようと思っていたため夕飯を食べていないからお腹がぺこぺこだ。これは私の朝食にしよう。

(上手に出来たと思ったのになぁ。)

分かっている。これは私が勝手にしたことで零は私が夕飯を用意してたなんて知らない。特別なにか連絡もしなかった。いつも通り数日に一回近状報告をして零はそれに既読で応える。会話なんてない。だから、仕方が無いのだ。

(景光、私じゃやっぱり無理なんじゃないかなぁ。)

ぽろり、と左目から雫が零れる。友人達は死んでしまった。降谷と景光と連絡が取れなくなって、萩原が逝って松田が逝って伊達が逝って。1人残された私は酷く泣き、仕事も手につかなかった。それから偶然、「安室透」を演じる零と再開した。それから偶に連絡を交わし2人で飲みに行くようになり 、それを数回繰り返せばそれが必然であったように私たちは付き合い始めた。好きだ、なんて言ったことは無かったけれど私たちはお互いが特別で大切で無くてはならない存在であることは分かっていた。

付き合い始めて時間が経てば彼の仕事柄、私にまで危害が加わる可能性がある、と私は警察官を辞め零のセーフティハウスのひとつに住むことになった。ヒモのような生活をするなんて、と思ったが零の顔を見て思い直した。喪う事が怖くて堪らないというように怯えた瞳を前に私は何も言えなかったのだ。だって私もその気持ちがわかってしまうから。

それから監禁まがいの生活が始まったが不満は無かった。いや、違う。そんなのただのポーズでしかない。零が傍に居ないこと、それが不安で不満で仕方なかった。連絡のひとつでもして欲しかった。けれど彼が忙しいのもわかっていたから私は彼に強く求めることが出来なかった。私は本当に彼にとって必要なのだろうか、とふと思う。私が彼を喪いたくないのは彼が好きだからだ。始まりは恋ではなかったけれど、彼と関わる度に思い知った。私は彼が好きだったのだと。それは多分初めてあった時から。けれど。零はどうだろうか。呼び方が変わった、距離感が変わった。学生の頃と比べて私たちは様々な変化があった。いい変化もあった。でも同じくらい悪い変化もあった。私たちは様々なものを喪いすぎたのだと思う。零の気持ちはどうだろうか。変わっただろうか。今のこの関係はただの共依存でしかない。零はそれを、それだけを望んでいるのだろうか。そこに恋は、愛はないのだろうか。

「なーんて、女々しすぎるかな。」

自分の思考に鼻で笑って雫を拭う。それからおいてあったフォークでぶすり、と冷えたローストビーフに突き刺す。そのまま口に運び噛み砕く。

(うん、私にしては上出来。)

味見したからから知ってはいたけれど。そのままほかのお皿の料理にも手をつけていく。どれもこれもわたしが普段だったら手を出さないようなメニューばかりだ。無心になってもぐもぐと咀嚼しているとガチャりと聞こえるはずのない音が聞こえフォークを咥えたまま振り返る。そこには草臥れた顔をした零が居た。

「おはへり。」
「おい、行儀が悪いぞ。」

咥えたまま挨拶をすれば力のない小言が飛んできた。随分お疲れのようだ。目の下の隈の様子からもう数日は寝てないことがわかる。

「食べる?」
「なんで朝からこんな豪勢なんだ...。」

ネクタイを解きボタンを数個開いて何故か私の目の前の椅子でなく隣の席ににどっかり座る零。その表情は本当に分からないのか眉間に皺が寄っている。

「...お誕生日おめでとうございました。」
「は?」

ぽつりと私が零すと、零は目を丸くした。これはまさか元々誕生日ということを忘れていたパターンだな?

「零が誕生日だからお祝いしようと思って作ってたの!!...いやまぁ、約束してなかったけど。」

ちょっとだけ舞い上がっていた私が馬鹿みたいだ。いや、それだけ零の仕事が忙しいということなんだろうけど。

「、ははは...。...そうか、誕生日だったか。」

一時呆けていた零は我に返ると片手で目元を覆って緩く笑った。そして独り言のように呟く。

「そうか、誕生日...。誰にも祝われなかったから気づかなかったな。」

その言葉に胸が痛む。「安室透」という別人を演じている彼はその大部分を偽っている。名前から出身に経歴、それから誕生日までも。だから零の誕生日を祝える人なんて「安室透」の周りには居ない。自惚れかもしれないけれど彼の、降谷零の誕生日を祝えるのは私だけなのかもしれない。

「...だから私が祝うんじゃない。零、誕生日おめでとう。貴方が生まれてきてくれて、今日まで生きてくれて本当に嬉しい。私と出会ってくれてありがとう。私の大切な人になってくれてありがとう。大きな怪我もなく帰ってきてくれてありがとう。私を、」

零が俯くのに気にもかけず言葉を紡いでいけば、零が私の身体を抱き締めその口で私の口を塞ぐ。唇が合わさったのは一瞬で零はすぐに私の肩口にその顔を埋めた。

「それ以上はいい...。それ以上は言わないでくれ。」

縋るような震えた声でそう言った零はきつく私を抱き締める。苦しいくらいの力で抱き込まれた私はそれでも口を止めることは無かった。

「やだよ。私を、...私をそばに置いてくれてありがとう。私を帰ってくる場所にしてくれてありがとう。...死なないで、生きて。そしてこれからも私と一緒に生きて。」

何だか凄いことを言っている気がする。だけれども1度開いた口は止まらない。勢いのまま言い切って彼の身体に手を回す。

「...それプロポーズだろ。」
「...やっぱりそうなる?」
「それ以外の何なのかを聞きたいな。」
「んー、プロポーズだね....。」

やっぱり顔をあげないままの零とぼそぼそと言葉を交わす。じんわり肩が濡れているのが分かり、片手で零の頭を撫でる。

「ずるい。」
「は?」
「なまえはいつもそうだ。僕が言いたかったことを全部持ってくし。僕にも良い格好させろよ。」
「そんな事言われてもなー。」

ぐりぐりと埋めた顔を私の方に押し付け零が不平を零す。そんな子供のような仕草に小さく笑う。

「大体、なまえは僕のことな好きなのか?」
「...言ったこと無かったっけ?大好きだよ、...愛してる。」
「...なんで小声なんだ。」
「うるさいな。...恥ずかしいこと言わせないでよ。大体零はどうなの?」
「それこそ言ったこと無かったか?」
「無いよ。」
「僕もなまえが大好きたよ。愛してる。」
「...それは恋愛的な意味で?」
「当たり前だろ。...親愛とか友愛にしてはこの気持ちは重すぎるよ。」

そう言って苦笑する零に目を見開く。そうか、零はちゃんと私のことが好きなのか...。私の独りよがりじゃなかったのか。熱いものがこみ上げてきて俯く。

「きっと結婚式は出来ない。」
「うん。」
「結婚したからと言って毎日ここには帰って来れないし、」
「うん。」
「降谷零として一緒に出掛けられることも少ないだろう。」
「分かってる。」
「浮気は絶対しないけど安室透として女性と一緒にいることは許して欲しい。」
「それは時と場合によるから後でちゃんと私に逢いに来て。」
「...あぁ。」

私の言葉にふっ、と小さく笑って返事をした零が顔をあげ、真っ直ぐこちらを見る。

「それでも僕と一緒にいてくれるなら。僕と結婚してください。」
「...うん、結婚したい。私を零のお嫁さんにしてください。」

少しだけ目元が赤くなった零とぽろぽろ涙を零す私。私は嬉しそうに笑う零の首に手を回す。

「私たち涙脆くなったね。年かな。」
「五月蝿い。泣いてるのはなまえだけだろ。」
「零も目元赤くなってるよ。...でもこうやって変わっていくのを2人で実感して生きていくのも悪くないんじゃないかなぁ。」
「...そうだな。」

見つめあって笑い合い、そっと唇を寄せる。

「...最高のプレゼントだな。」
「そう言って貰えたならよかった。」
「取り敢えず今から届けを貰いに行こう。」
「今何時かわかってるの?」

やれやれ、とため息をつく。今の時間は役所なんて開いていない。それどころか道に人が通ってることすら珍しいレベルだろう。

「先に寝よ。零も眠いでしょ?私もお腹いっぱいだし寝たい。今日は安室透でバイト?」
「午前中は予定なし。午後はバイト...。でもご飯、僕のために作ってくれたんだろ?寝るのは食べてからでも...。」
「それは起きてからでもいいじゃない、ね?取り敢えず一緒に寝よ?」
「...誘ってる?」
「バカ、違うよ。」

くすくす笑って真顔の零の手を引く。そしてベッドルームに入り零を布団に横たわらせる。それから私は零の腕の中に入り込む。

「...なぁ、」
「やだ。零、隈酷いよ。ちゃんと寝なきゃ怒る。」

まだ邪なことを考えているのか言い募ろうとする零が説得を始める前に拒否し眠る体制を取る。彼が本気を出して私を丸め込もうとすれば私が負けてしまう未来は火を見るより明らかだ。それに零は仕方ないな、とひとつため息をついて私の身体を抱き枕よろしく抱きしめた。少し経てば疲れていた零の意識はすぐになくなって寝息が聞こえてきた。まるで子供のような寝顔にふふ、と小さく笑いが漏れる。

(愛してる、か。)

先程のやり取りを思い出す。それだけで頭がフワフワして心が高鳴る。きっと次起きたら私は零と一緒にご飯を食べて、一緒に...かは分からないけど役所に行って一緒に届けを書いていく。そういえば指輪もないな。でもまぁいいや。ほかの何かよりも零が欲しかったのだから。

(私と零が本当の家族になるなんてね...。)

数年前の記憶が頭を過ぎる。彼等はもしもこれを聞いたらなんて言うだろう。おめでとうと笑ってくれるだろうか。

(それともお前らが結婚なんてって驚かれるかな。)

でも、景光はこれも予想していたような顔をするのかもしれない。あの時の景光の言葉の真意は今でもわからない。もしかしたら全然違う言葉だったのかもしれないし深い意味なんてひとつもなかったのかもしれない。それでも景光の言葉は私の胸に未だに残り続けている。

(たとえ冗談でも景光からの幼馴染任せてもいいって許可は貰ってるからその資格くらいあるよね。)

夢の中でいいから彼らにこのことを報告したいな、とぼんやり考えながら零から伝わる熱に私の体もだんだん力が抜けていく。

カーテンの隙間から漏れる白い優しい光がまるで皆からの祝福のように私たちを照らしていた。