四話

 基本的に敵との戦いの場で、フィアが姿を現すことはない。
 フィアが他の悪魔の実とは違い珍しいと言うことから、海軍や他の海賊から目をつけられることがないようにと、エースが出てくるなと言いつけているのだ。
 フィア自身もそれに素直に従って戦闘中はおとなしくしている。でも、今日ばかりは心配で今にも飛び出してしまいそうだった。

 五日間も絶えず戦闘を繰り返し、エースも相手の魚人――ジンベエとやらの体も傷だらけだ。二人が地面に横たわって荒く息を吐き出す中、そこに大きな船影が近づいた。
 援軍かと、フィアは更に心配が強くなる。
 いくらエースが強くても、すでにぼろぼろの体で相手に出来る数ではない。
 現れたのは今まで出会ったどんな人より大きな人だった。
 仲間を逃がすために自ら殿を務めたエースに、白ひげはその心意気を認め、その命を惜しんだ。
「俺の息子になれ」
 ニッと笑い、その大きな手を差しだした。
 その瞬間、フィアは白ひげの懐の大きさを悟った。
 ただその図体が大きいからではなく、この人ほどの人なら、エースも受け入れ、抱えてくれるかもしれない。そんな期待が、フィアの胸によぎる。
 しかしエースは、「ふざけんなァ!」とその手を振り払い、そのまま意識を失った。
 白ひげはエースを静かに見下ろし、二人の戦いを見守っていた船員の一人に船に乗せるよう声をかける。人影が近づいてくる気配に、フィアはエースから己の体を伸ばし、倒れ込むエースに覆い被さるようにその姿を現した。
 突然のフィアの出現に、白ひげもエースと距離を詰めようとしていたマルコも驚き、目を瞠った。
「おめぇはなんだ?」
「・・・・・・エースに手を出すのは許さない」
 白ひげの問いには答えず、ただ簡潔にフィアは言い放った。じっとその大きな双眸に見下ろされるだけで、身が萎縮してしまいそうだ。
 ――怖い。
 この男たちからは、世にはびこる海賊のような苛烈な残虐性もなにも感じはしないが、フィアの勘が外れたとき、傷つくのはエースだ。
 そう簡単に敵の手に渡すわけにはいかない。
 自分の腕の中にいるエースのためだけに、フィアはその男の威圧にも負けじと見つめ返した。そう経たぬうちに、白ひげはふうと息を吐き、「手を出しゃしねぇよ」と静かに言った。
 信じてよいものかと迷うフィアに、特徴的な金髪を揺らした男が一人、側に寄ってきた。
「ひでー怪我だよい。手当てするだけだ。信じろい」
 白ひげと同じように男も朗らかな笑みを向けた。ほっと安心するような、そんな笑い方。
 なおも渋るフィアに、「心配なら見ときゃいい」と男は言う。
 フィアではエースの怪我の手当は出来ない。人間の誰かに頼むしかない。スペード海賊団が傍にいない今、エースの怪我を手当出来るのは白ひげの船の者だけだ。
「・・・・・・お願いします」
 パチパチ、と火の粉の弾ける音を立てながら、フィアは頭を下げた。
 己の力が及ばないのが悔しかった。エースが傷ついたとき、自分はなにもしてやれないのだ。
 エースがこんな大きな怪我をするのが初めてだから、そんなことに今更気づいた。
 フィアが出ていては男がエースを運べない。シュルリとエースの背中に吸い込まれるように消えたフィアを、男はまた驚き見開いた眼で見送ったのち、エースの筋肉質な体をなんなく持ち上げて己の船に戻っていった。

 ◇◇◇

 エースがここまで意固地になるのも珍しいな、とフィアは思う。
 夜な夜な、または日中から繰り広げられる暗殺未遂。今日もいつもの通り、エースが吹き飛ばされて終わった。
 海から引き上げられ、未だ濡れた体で膝を抱えるように甲板の隅で座り込むエース。フィアはひゅるりと肩から姿を現してそのくせ毛の頭を見下ろす。
 今まで船長をしてきた男だ。人の下につくというのは並大抵な覚悟ではないだろう。
 しかし、それだけかと言われると、見ているフィアからすれば首を傾げる。
 白ひげを倒すため、というよりは、エースはなにかに抗っているように見えるからだ。
(やっぱりお父さんのことなのかな・・・・・・)
 白ひげはエースの父、ロジャーの時代から海に出ている大きな海賊団だ。戦ったことも一度や二度ではないという。
 そんな男に負けたのが、エースからすると認めがたいことなのかもしれない。
 それに、きっと息子になれと言われた一言も、またエースの中で燻っているのだろう。
 スペード海賊団内ではほとんど見ることのなかった、エースの静かな横顔に、フィアが声をかけようかと悩んでいたとき、そこに一人の船員が近づいてきた。
「今日も元気に落っこちてたな〜。ほら、昼飯だ」
 コックコートに身を包んだ特徴的な髪型の男――この船のコックを務めるサッチだ。
 陽気で気のいい男で、毎食こうしてエースの元に食事を運んできてくれる。
「サッチ、ありがとう。でもエースは、またしばらく食べないかも・・・・・・」
 むすっと硬い表情のまま黙り込むエースを後目に、フィアが礼を言えば、慣れた様子で、サッチが笑う。
「ああ、冷めても美味いメニューにしたから大丈夫だ! 気にすんなよ」
 それより、とサッチがフィアの体を指さして訊く。
「お前ほんとに飯いらねぇのか? 別に一人分増えるぐらいかまわねぇぞ?」
「食べれないわけじゃないけど、必ず必要なわけでもないから。船の上は食料は貴重だし、気にしないで」
「じゃあデザートだけでも食えよ。今日はプリンだからな。あとで二個持ってきてやる」
「ありがとう」
 気前よくウィンクをつけて笑うサッチに、フィアの顔にも笑みがのぼる。それをみて機嫌を悪くしたのはエースだ。
「おいフィア、お前ずいぶん仲よくしてるよな」
「わ、エース! どうしたの? ご飯食べる?」
 後ろに引っ張られてエースの腕に囲われた。恨みがましげな男の声には、淋しさと疑心が隠れていて、フィアは思わず笑ってしまった。
「大丈夫。サッチはいい人だよ。エースだってサッチのご飯好きでしょう?」
「確かに飯はうめぇけどよ・・・・・・って、お前も簡単に姿見せてんな! 危ねぇだろうが!」
 すでにこの船に乗ってから、エースに数え切れないほど言われている台詞だ。
 心配しなくても、この船には悪魔の実の能力者は他にもたくさんいるし、フィアのような存在はたしかにいなくても、わざわざ狙ってくるような人はいないのに。
「はは、エースは随分心配性なんだな」
「名前呼んでんじゃねえ」
 生意気な口をきくエースにも、サッチは「はいはい」と笑ってかわす。
「プリン持ってくらあ〜」
 と、手を振りながら去るサッチの後ろ姿を、エースはじとりと見つめていた。
 その瞳を横から盗み見ながら、フィアは内心でほって息をつく。
 (最初みたいに緊張してないし、だいぶみんなに気を許してきてるなあ)
 誰かがフィアに近づくと、ガルガルと唸るのは変わらないが、それでも警戒心を四六時中醸し出していた時に比べればだいぶマシだ。
 (本当は、どうしたいか分かってるんだよね?)
 でも、エースは意地っ張りだし、臆病だし、繊細だし。時間がかかるのはしょうがない。
 (白ひげさんも、分かってるみたいだしな)
 本当にお父さんみたいな人。と、フィアはふふと笑う。
 エースを追いかけてきたスペード海賊団の船員たちも、いまじゃ白ひげの船員たちと仲良くなってるし、きっとみんなも納得してくれる。
 (あんな大きな人のところにいれば、エースもきっとどこか安心できるんじゃないかな・・・・・・)
 見た目と違って繊細で、不安定なところがあるエースを、きっと白ひげさんなら全部受け入れてくれる。
 こんなに大きな船の船長さんなんだもんね。
 たぶん、それはきっとエースも感じ取ってる。
 認めることに、時間がかかっているだけ。

 そうして、フィアが時間との勝負だな、とぼんやり思った日からそうかからず、百回目の敗北を機に、エースは白ひげと親子の盃を交わすことになった。

「フィア、お前も飲め」
 どかりに腰掛けた白ひげが、エースが大きな盃をあおる姿を眺めていたフィアにまで声をかけてくれた。
「俺も?」
「そうだ。エースが息子ならおめぇも息子だろうよ」
 ほら、と酒瓶を傾ける白ひげの姿に、フィアは慌ててパタパタと両手を振った。火の粉のパチパチと弾ける小さな音が響く。
「お、俺も・・・・・・息子・・・・・・」
 まさか、自分までちゃんと個人として受け入れてもらえると思っていなかった。嬉しさに炎の髪が更に勢いをまして、ふわりふわりと火が舞う。
 注がれた酒を一気にあおり、空にすると、顔を上げた先でエースと眼が合った。
「なんか、嬉しいね」
 へへ、と笑うフィアに、エースも嬉しそうに同意する。
 海賊船の宴にしては、随分とほわほわした雰囲気を放つ、新たな末っ子たちに、見守っていた兄貴分たちも思わず頬を緩めてしまった。
 
 ◇◇◇

 白ひげの船に乗っても、海賊船としてやることはほとんど変わらない。
 敵がくれば返り討ちにして名を上げ、財宝を奪う。
 堅気には手を出さずに島を巡る。
 スペード海賊団時代から比べ、一気に仲間が増えたので、しばらくは人間関係などで戸惑いはあったが、それはフィアだけのようで、エースなんかはまるでずっと仲間だったようにすんなりと馴染んでいった。
(そういうとこいいよなあ)
 今となっては船員の顔はみんな覚えたし、フィアだって物怖じせずに言葉を交わせるが、エースは初対面から友好的に接してしまうのだから、こういうところが人から好かれる由縁なのだろう。
 今だって、元気にご飯を頬張るエースに、船員たちが兄貴風吹かせて、あれやこれやとおかずを恵んでいる。
(人たらしめ・・・・・・)
 なんだかムッとして、フィアは首を傾げた。なんで、もやっとしたんだろ。
 エースの肩に座るように体を現して、自分の胸に手を当てた。でも、やっぱりわからない。
 船員たちは、エースだけではなくフィアにも、と皿を差し出すが、以前サッチにも言ったように説明して断る。いかつい顔した男たちがしょんぼりする姿は、なんだか罪悪感が積もるが、その分エースがたくさん食べてくれるので大丈夫だろう。
 今日もすごい勢いでご飯を平らげる相棒が、ふらりと皿に突っ込んでいくのを、フィアは止めずに見送った。なんだか咄嗟に手が出なかったのだ。
 多分、胸のもやもやが体を重くしている。
 ガシャン、と音が鳴って、周囲の視線がフィア――いや、エースを見る。
「なんだ? 今日は面倒見てやんねぇのかよい」
「・・・・・・エースもひとり立ちしないとね」
「なーに言ってやがる」
 ――お前とエースは一心同体だろうよい。
 おかしそうにマルコが言うので、フィアはきょろりと視線をさまよわせた。
(一心同体・・・・・・そうだよね、俺たちはずっと一緒だもんね・・・・・・)
 今度はむずがゆい。ソワソワし出したフィアを、マルコが不思議そうに眺めてる。
「なんだ、食いてーのか?」
 そう言って、皿の上からおかずを取って差しだしてきた。フィアは、落ち着かない気持ちのまま、マルコのフォークにかぶりつく。
 周囲にいた他の船員たちが、「マルコだけずりぃぞ!」と羨ましげな声を上げる。
 もぐもぐ咀嚼する。やっぱりサッチやみんなの作ったご飯は美味しい。でも、フィアの体は炎で出来ているから、最終的には燃えてしまうのが残念だ。
「そういや思ったんだがよ」
「ん?」
 ふいにマルコが疑問を口にする。
「お前は炎そのものだから、能力者であるエース以外に触れると火傷させちまうだろい?」
「うん」
「だが、グラスやフォークやらは問題なく触れるんだ。なにか調節でもしてんのか?」
 ・・・・・・調節?
 たしかに、木材はさすがに燃やしたら怖くて触ったことはないが、他は意識せずに触っていた。
 ガラスも金属も、フィアが触れた後に異変を起こしたことはない。
「どうなんだろ。意識したことなかった」
「火力や温度を下げることは出来るんじゃないか?」
「やったことないな〜」
 両手を見下ろして、グーパーと手を開いてみる。・・・・・・出来るかな?
「でき、てる・・・・・・?」
 見た目は変わらないので、自分じゃよくわかんない。と思ったが、どこかに触ってみればいいんだと気づいた。
 木の椅子にでもちょんと触ってみようかな、と考えていれば、ふいにマルコの手が伸びてくる。
「ほら、触ってみろよい」
「え、でも失敗してたらマルコ火傷しちゃうし!」
「大丈夫だ。俺は再生の炎もあるし、ちょっとの火傷ぐらいどうってことねえよい」
 ほら、と催促するように手を振られ、フィアはおそるおそる自身の手を伸ばした。
 フィアの真っ白な指が、マルコの指に触れようとしたとき――。
「フィア」
 くい、と体が後ろに引っ張られた。首に回った腕には見慣れた入れ墨があって、「あ、起きたんだ」とそんなことを思った。
 エースはご飯粒をくっつけたまんまの顔で、フィアを見下ろしている。苦笑して、フィアがそれを取ってあげようと指を出すと、なぜかガブッとかじりつかれた。
「・・・・・・エース、俺の手は食べられないよ」
「ん〜・・・・・・知ってる」
 甘噛みみたく何度か歯を立てられ、そのうち満足したのか離された。急にどうしたんだろう。
(なんか不機嫌・・・・・・?)
 いつもだったら起きて「わりーわりーまた寝てたわ!」と笑ってみせるのに、今日は静かにご飯を食べ始める。
 ・・・・・・ってまだご飯粒ついてるし。
 ひょい、とフィアがエースの顔から米粒をとっていると、じっとエースが横目に見てくる。
 「なに?」と訊けば、ちょっと言いづらそうな顔で「なにしてたんだよ」と小さく届く。
「マルコがね、自分で温度の調節すれば他のみんなのことも触れるんじゃないかって。だから試してたんだ」
「ふーん・・・・・・っで、どうだったんだよ」
 唇を突き出すようにして、エースがスプーンをくわえた。なんだか尋問をうけてるような気分になる。エースの声が寝起きで低いからだろうか。
「触る前にエースに引っ張られたから、まだ試してないや」
 そうだった、と正面のマルコを見れば、なぜかマルコは呆れた眼差しで見ながら口元をにやけさせてた。しかも、いつの間にかサッチまでいるし。
「あ〜相棒が起きたんだ。そっちの面倒みてやれよい」
「そうそ。ずいぶん拗ねちまってるからな〜」
 な、エース! とサッチが肩を叩けば、エースはたしかに拗ねたような顔でサッチを追い払ってた。
「なんで拗ねてんの?」
「本気にすんなよ。拗ねてねぇし」
 ぷいっとそっぽを向かれた。
(それが拗ねてるって言ってるのに・・・・・・)
 フィアのほうも意地になって、じと〜とその横顔を見つめていたが、いつまで経ってもエースはこっちを見ないから、ほっぺをつついてみる。
「エース〜〜、ねえねえなんで拗ねてんの?」
「だから拗ねてねえって」
 声だけ返ってくる。でも、変わらずエースはそっぽを向いたままだ。
 ムッとフィアが顔をしかめる。サッチやらマルコは、末っ子二人のそんなやり取りを呆れ半分、微笑ましさ半分で見ている。
 反応してもらえなかった自分の指を見て、フィアはふいに、さっきかじられたことを思い出した。
 ピンッと考えが浮かぶ。
「ねえ、エース」
 これで、こっちを向いたらやめてやろうと思ったが、やっぱり向かないもんだから、フィアはそっと体の位置を変えてエースの背後からぴたりとくっつくように現れた。
 エースの肩がぴくりと揺れる。
 そのままエースの両肩に手を添えて、くせっ毛から見えていた耳に歯を立てる。とたんに、エースが跳ねるように椅子から飛び上がって、そのまま床に崩れ落ちた。
 見物していたマルコとサッチは(あっちゃ〜)と、エースを気の毒そうに見てそそくさと二人から離れていく。
「お、おま、いま! な、なな、なにしやがる!」
「エースだってさっき俺の指かじったじゃん」
 そこまで怒られると思っていなかった。顔を真っ赤にしたエースに、フィアは悪いことしたなと思いつつ、エースだって悪いといじけた表情で言う。
「俺がやるのはいいんだよ! そもそもお前がマルコと手ぇつなごうとしてっから!」
「なんでエースからはよくて俺から、は、・・・・・・え?」
 咄嗟に言い返していたが、遅れて届いた言葉に、フィアは戸惑いのまま呆けてしまう。
(え、なに。俺がマルコと手つなごうとしてから指かじったの? すねてたの?)
 別に手を繋ごうとしてたわけじゃないんだけど、なんて平然と返せず、フィアは自分の体をまとう炎が、さらに強くなるのを感じた。
「・・・・・・エース、それで拗ねてたの?」
「はあ!? ちげーよ!!」
 顔は真っ赤なまま、エースは焦ったように続ける。子どもが言い張るような態度に、フィアの胸がじわじわ温かくなる。
「もう〜〜〜! エースなんだよそれ〜! かわいい〜〜〜!」
 ぎゅう、とエースの頭を抱えるように腕を回せば、怒ったエースが「やめろ!」と声を上げた。
「かわいいってなんだ! てゆーか別に拗ねてねえ、って言ってんだろ!」
 もう照れて意地をはってるようにしか見えず、抱きついてるのはフィアなのに、なんでか体がぎゅっと苦しい。
 そのまま、いいこいいこ、と頭をわしゃわしゃ撫でる。エースはフィアの腕から逃れることを諦めたのか、周囲に「見るな!」と牽制し始めた。この船での末っ子扱いに慣れてきたといっても、やっぱりこうやって可愛がられるのは見られたくないらしい。
「ねえ、エース」
「・・・・・・なんだよ」
「俺もね、ちょっと拗ねてたんだ」
 なんで、エースがみんなに構われて、もやもやしてたのか分かった気がする。
 エースは、赤みを鎮まらせてフィアをチラリと眼だけで見上げる。
「エースがさ、この船に来てからみんなと一緒にいる時間増えてさ・・・・・・ちょっと妬いてたのかも」
 船員が多いだけに、いつもどこでも人の眼があるし、入ったばかりの末っ子たちにみんなが興味津々だ。二人だけの時間なんて、夜遅くに部屋に帰ってからしかない。
 エースは、眼を瞠ってフィアをその瞳に映したと思えば、ふいと逸らして罰が悪そうに「・・・・・・俺も」と呟く。
「妬いたんだよ。お前が触んのは俺だけなのに、マルコに触ろうとしてっから」
 ぶつぶつと、それも随分と小さく言うもんだから、フィアは聞き逃さないようにピッタリと耳をくっつけて聞いていた。そうしてエースの言葉を最後まで聞き取って、フィアはさらに強くエースを抱きしめる。
 むずむず、そわそわ。ぽかぽか――。
 胸にどんどん温かい感情が溢れてくる。へへ、と笑うフィアを見て、エースもいじけた顔を緩める。
 そんな二人のことを、遠目に見ていたマルコとサッチは、目配せし合って肩を竦める。
 今あいだに入ったら馬に蹴られるな、とそのまま二人のことをそっとして各々自分の仕事に戻っていく。
 雲一つない真っ青な空の下、午後の陽気に包まれ、モビー・ディック号では、船員たちが今日も穏やかに日常を育んでいた。
 暴れて賑やかな日はあれど、それがこれからも続くと思っていた。

 でも、

 ――ある日、サッチが殺された。家族だった、ティーチによって。