彼女はとっても食いしん坊

花より団子という言葉がジャッポーネに存在する。彼女は、その言葉の通りの人間だ。ナポリを見て死ね(Vedi Napoli, e poi muori.)と詩人ゲーテはナポリの景色を絶賛したが、きっとナマエはナポリに行ってもマルゲリータ、カルツォーネに夢中で景色なんて目もくれないだろう。そして、もちろんのこと彼女は男性にも興味が無い。色気より食い気である。いい食事といい男がいれば間違いなくナマエはいい食事を取るだろう。というか現在、そちらを取っている。ナマエは大きな口でピッツァを頬張った。先程まで、たくさんの料理がテーブルに並べられていたはずなのだが、多くの皿が空となっている。あれだけ食べたのに、彼女は食べるペースを全く落とさない。まるでダイソンの掃除機のように。これを良く捉えるか、悪く捉えるかは人それぞれだ。ただ、隣に座っているプロシュートはドン引きしていた。

「……」

彼は美しい容姿もあってか、女性に非常にモテる。彼女らはデートに行った時、ちょっぴりしか食べなかった。それなのに、この女といったら……ピッツァに、パスタに、フリッティ、おまけにビニェまで。どやしたくなる気持ちを抑えて、その光景を静かにプロシュートは見ていた。こんな女に今回の任務はこなせるわけがない。しかし、2年前のソルベ・ジェラートのこともありボスの命令を断るわけにもいかない。メンバーの中に女はコイツしか居ないのだ。残念ながら。

「今回の任務できそうか?ナマエ」

端から既に決めていたみたいに、ナマエは首を横に振った。

「そりゃあよォ、誰からみても今回の任務はオメーには向いてねえだろうよ。でもオメーにしかできないんだ」

彼女は、興味なさげに言った。

「そんなこと言うのならプロシュートさんがやればいいんじゃあ……」
「男を口説くは専門外だ」

もぐもぐと口を動かしながらナマエはじっとプロシュートの方を見た。

「こっち見んじゃあねーよ。
無理なモンは無理だ」
「私もじゃあ無理ですよ」
「そんなこと言うな。これから
オレがてめーを教育するんだよ」

目をぱちぱちと瞬かせ、きょとんとした表情を浮かべるナマエ。アホそうな顔だ。

「……え?聞いてませんよ。
そんなこと」

そのことがあまりにも衝撃的だったらしい。食べていたピッツァを皿に置いた。食べることが好きなナマエが皿にピッツァを置くとは、余っ程のことだ。

「嘘でしょ。そんな……」
「オレたちの話し合いによって決まったんだよ」
「陰で、私のこと“胸なし尻なし色気なし”って言ってたクセに。都合のいい時はそうやって私を使うんですね」

確かに、ナマエはスレンダーな体型だ。豊満な身体ではない。だが、顔は割と整ったつくりをしている。気があるように振る舞えば落ちる男もいないだろう。先ず、男の前で引くほど食べるなということを教えなければ……細身の身体のどこにそんな量の食べ物が入るのか、全くもって分からない。

「それは陰で言われても仕方の無いことですから私は全く怒ってません。実際にそうですからね。何とかして他所当った方がいいんじゃあないですか?」

そして、ナマエは食事を再開し始めた。とろとろのチーズをびよーんと伸ばして呑気にピッツァを食べるナマエの姿に呆れてものが言えない。プロシュートはハァと大きなため息吐いた。この女タダでは動かない凄みがある。なんて、面倒な女なんだろう。しかし、そのことを承知の上でプロシュートはナマエに頼んだのだ。

「ピッツァを死ぬほど食いたいと思わねえのか?」

やっと食べているピッツァではなく、プロシュートの方をナマエは見た。やれやれといった様子で彼は話し始めた。

「もし、任務が成功したらオレの金で好きなだけピッツァを食ってもいいぜ」
「……」

幼子がショーウィンドウに飾ってある玩具をみるような目だ。ナマエの目は、きらきらと宝石のように輝いていた。

「ピッツァ」
「男に二言はねえ。まぁてめーが断ればこと話はなかったことになるがよォ」

ナマエは逃すまいと間髪入れずに返事をした。

「もちろん、その話引き受けます。
食べすぎても怒らないで下さいね」

心做しかさっきよりも表情が明るげだ。どうしたのだろうか。

「私、プロシュートさんのこと正直苦手だったんですけど、ナマエたった今好きになりました。任務絶対に成功させましょう」

にっこりと太陽のように眩しい笑顔で手を差し出すナマエ。握手をするためにその手を差し出したのだろう。この発言でプロシュートの中のナマエの好感度がかなり下がったことに当の本人であるナマエは気付いていない。プロシュートは心中で呟いた。“なんて、現金なヤツなんだ”と。こういう奴がギャングとして生き残っていくことをプロシュートは知っている。それでも何というかちょっと……小言を言おうとしたが、心の中で留め、煙草を吸うことにした。

煙草を咥え、煙を吐くプロシュートは誰もが認めるいい男である。ストレスを吐いた後、彼は用済みの煙草を灰皿に押し付けた。

「徹底的に教育してやるよ。
メローネに負けないぐらいな」

プロシュートはナマエの手を握った。交渉成立である。こうしていい男によるいい女になるためのレッスンが始まるのであった。