レディオ・ガガ
夜更け過ぎ。麻生博士は研究室で湯切りが完璧ではないカップ焼きそばを頬張っていた。
麻生博士はソースにまみれた野菜風の具材を奥歯でぐりぐりと潰す度に、苦虫とは一体どんな虫なのだろうと考える。きっと糞ガキに蹴られて内蔵を悪くした老いぼれ犬の目やにのような味がするのだろう。
H8Oの水素水で健康を保つ博士の顔は満面の笑みである。
ぱにっ。
机の上には手垢まみれのスマートフォンが寝そべり、ホタルイカ漁の様子を滔々と語りかけてくるのである。
彼らは輪廻の受け皿なのである。だが宿らざる者でもある。
博士の硬化した砂消しゴムのような爪と同じである。
はっとなった。
博士は寧ろメキったのである。とどのつまり一方的な閃きである。
魂というのは。遊泳するエネルギー群であり、ある種超次元的生命体であって、その漂着点たる、まったくの漸次的で、いわば間借りしたアクセスポイントをこそ人間と呼ぶべきであったのだ。
いや、それは逆説的であって。ならず者の口を借りれば明後日来やがれであって。元来の意味で言えば人間というのはそもそも魂であって、宇宙の始まりと終わりの間を生きながらえる量子的エネルギー生命体とも言えるのではないか。
それはつまり全ての可能性は初めから同時に存在したのだ。だだし唯物的なベールに閉ざされる事で陰影の如く時空的概念に幻惑されうるが、突き詰めればビッグバンを起源とする揺らぎにおける正反こそが魂を伝導させているのである。
博士はアセチロールのチューブをひねり出し、角質に思いの丈をぶちまけた。
「メンソレーたん。ちみはメインディッシュでしゅ。もうちぬと待ってゆ」
博士の脳内では医薬品が美少女化して熾烈なセンター争いを繰り広げていた。
カップ焼きそばは無数のコオロギを爆破させたような水滴を白い容器に撒き散らしたままあっけらかんとしている。
博士は引き出しから昭和61年の5円玉を取り出し、その小さな穴から天井を覗き込む。
心と心を繋いで分かち合う幸せに胸が詰まり涙がホロリ。
一等星を指差し手をつないだ憧憬にホロリホロリ。
錆びた階段に座り込んで語り合ったマブタチにホロリホロリホロリ。
そんな博士は10年後に魂の存在を証明する。
カチンッ。
深夜3時の針がなる。
今はただ一人。電子機器の超音波が弾け合う室内で、博士はずーと5円玉を覗いていた。
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