ドリームキャスト


「千代ー。朝よー。早くしたくしんさい」

「ん・・んん」

「千代ー!」

「はーーい!」

まだ歯も生え変わらぬ群青の日々は、雨上がりの排水路のように、清濁をごちゃ混ぜにして流れ去り、いつの間にやらすっかりと枯れて無くなってしまうものなのかもしれません。当時私が住んでいたあばら家の密集するその村では、皆倹しい生活をしながらも確かに命の育みは循環していたように感じられました。

この頃、私は近所に住む尚子ちゃんの家によく遊びに行っていました。尚子ちゃんのお父さんは領事館に勤めており、大きな街でしか観たことのないお人形さんや少女雑誌など、私の家には到底買う余裕の無い物がうんとあったので、学校が終わって尚子ちゃんの家に遊びにいくのがとても楽しみだったのです。

「ねぇ、おかぁちゃん。おかぁちゃんは前に私たちの命は神様がくれたっていっとたけんど。なんで、私はおかぁちゃんから産まれて来たん?尚子ちゃんのおかあちゃんから産まれてたら毎日美味しいもんいっぱい食べれるのに。私神様に何か悪いことしたんかなぁ?」

子供とは残酷なもので、純粋な疑問として口に出したその一言によって、初めて母の泣き顔を見ることになったのを今でも覚えています。

「千代。ごめんね。いつか美味しいもんたんと食わしちゃるけぇ」

皺だらけの手で顔を覆い隠しながらそう語った母を見て、私は二度とこの話をしないでおこうと子供ながらに決心したものです。

ある日の放課後、私は尚子ちゃんと下校していました。すると直也君と正夫君が私たちに話しかけてきたのです。

「なぁ、尚子の家は朝にこーしーを飲むらしいな」
「え、うん」
「こーしーってなんだ?」
「前にとおちゃんが飲んだことあるって言ってたけど、なんか泥水みたいな色しちょうらしいぜ。それも、とんでもなく苦いって」
「ミルクとお砂糖を入れるからそんなに苦くないよ」
「くぇー。なんでそんな高価なもん入れてまで苦かもん飲むがか?」
「朝はパンを食べるからかな。お米には合わないと思う」
「はぇー、朝からパンちゃぁ。やっぱり金持ちの考えることは分からんが」
「金持ち金持ちって、尚子ちゃんは別に金持ちに生まれたかった訳じゃなかとよ」
「ちゃぁー言うたって金持ちの方がええに決まっとるたい」
「そんなこつなか。かあちゃん言っとったもん。金持ちなだけじゃ幸せになれんって」
「けぇ、貧乏なやつのセリフじゃ。ワシより絶対尚子の方がしあわせじゃ。のぉ尚子」
「分かんないけど、私は今のお家に産まれて幸せだよ」
「絶対違かもん。貧乏でも幸せになれるもん」
「じゃぁ、尚子より幸せな所ってなんじゃ?」
「それは・・・・」

私は遂には口をつぐんでしまいました。私にはどうしても尚子ちゃんに自慢できるような幸せな話を思いつく事ができなかったのです。今にしてみればあの頃の日々は何とも比べようのない幸せが数えるまでもなく満ち溢れていたのです。

しかしながら、私はその日以来人の持つ運命。いえ、命運といった方が正しいのでしょうか。とかく私は人の現在を決定しうる特別な力に対して興味を抱くようになったと自覚しています。

尚子ちゃんと私の間には一体何の違いがあったのでしょうか。

『私』が尚子ちゃんでなく、『尚子ちゃん』が私でない理由はどう説明すればいいのでしょうか。

確かに私という存在は置かれた環境によって、或いは血脈やDNA、もっと遡れば宇宙誕生の瞬間からの必然性によって説明しうるかもしれません。

であれば、『私』というものもまたその必然性の中から生まれたものになります。

産まれた瞬間には皆等しく『私』なのでしょうか。

私にはそうは思えません。『私』は産まれる以前。この世に生を受ける前から『私』であった気がしてならないのです。

つまり『私』はこの世に決定付けられる以前から存在するのです。

それはある意味では死後の世界をも示唆するものです。私は死んでなお『私』で有り得るのです。

私はいつしかそう信じるようになりました。甘酸っぱい青春時代を過ごし、都会に出て経理の仕事につき。お見合いで旦那と出会い。子供が生まれ、家庭が冷え切った時期もありました。長いようで短い人生をひたむきに走り抜け、やがては孫ができ。旦那とは老後に至って初めて慎ましい愛を育んだように思います。

そして

私はとうとう死を迎えるのです。

嗚呼。

一体人生とは何だったのか。

いつしかとんと考えなくなっていましたが、白い天井を眺めながら私は最後の思いに耽るのです。

願わくばまた同じような幸せな人生を













「千代ー。朝よー。早くしたくしんさい」

「ん・・んん」

「千代ー!」

「はーーい!」



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