ワールドクエスチョン


「はぁいナンナちゃんリンゴさんはどれかな?」

突っ立ったままの私は、無言でリンゴのイラストを指差す。

「正解!ぱちぱちぃー!じゃあ次は…」

母は私の体を洗いながら、浴室の壁に貼られている『50音に因んだイラストが描かれたシート』の中から私にクイズを出してくる。『く』のマスには熊のイラストが描かれている。

「コアラさんはどれだったかな〜?」

なるほど。コアラは昨日覚えたばかりの単語だ。
私はまず『さかな』に指を滑らせたあと『おばけ』と迷うふりをしてから、コアラを指差した。

「わー偉いねぇ!コアラさん覚えたの〜!」

母が私の頭をポンポンと優しく撫でる。心地良いが、侮られているなと感じる。当然だ。
状況的に見て『侮られる』ことは決して悪いことではない。
母は私の実力を大きく見誤っている。主導権はあちらでも、流れはこちらにある。

「じゃあねぇ、ナンナちゃん次は〜」

『あり』『パンダ』を挟んで『キリギリス』
という私の予想は全て的中した。母の傾向は既に熟知している。
キリギリスは三日前が初出の単語だ。緩急をつけながら忘れた頃に復習させる、母の教育方針である。

「ナンナちゃんすごいわねぇ、とっても覚えるのが早いのねぇ」

やはり、侮っている。
こんなのちっとも凄くないし。

「そしたら次はねぇ」

そろそろ新出の単語が来る頃だ。
『ま行』『わ行』あたりの文字が使われる予感がするが
何れにしても初めて聞く単語に驚き戸惑うふりをして…

「わひょうざ」

そこで私の思考は止まった。
聞き間違いかと思ったが、一文字目は確実に『わ』だったはずだ。
そして『わ』のマスには大きな口を開けるワニのイラストが描かれている。
わひょうざとは何だろうか。わからない。もう一度、確認しようか。

「えきざる」

母は私の脇の下を念入りに洗っている。
さらに石鹸を追加し、二の腕と肘を洗った後、手の平を念入りに洗うのだろう。
そして手の平を洗う時に、私の顔を覗き込むのだ。

「ぎゅうれき」

「ナンナちゃん」

私は顔に水がかかったような素振りでギュッと目を瞑った。
流れはこちらにあると確信していた。
主導権はなくとも、いつでも出し抜けるものだと。

「わひょうざ」

「えきざる。ナンナちゃん」

「りゃざん」

やはり、調子に乗ってはいけないのだ。

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