ストレンジャー1
「いや!来ないで!」一晩中悪夢にうなされていた彼女は、シーツを跳ね除けて、目を覚した。まとわり付く恐怖の余韻が頭蓋の裏側でいつまでもとぐろを巻いて彼女を苛む。しかし、夢は夢である。ほんの何か些細な事に意識を向けた途端に、夢の記憶はすっと在るべき領域へと帰っていくのである。
やけにふわふわなベッドの上で目を覚ました彼女は、早鐘の鼓動を何度か深呼吸して整えると、汗でぐしょぐしょになった衣服を不快に感じながらも少し冷静になって辺りを見回す。、少し埃っぽくはあったが、内装はきちんと整理され、テレビのモニターやクローゼットなども置いてある。窓の外からは鮮やかな日差しが、涼やかな風と共に室内に注ぎ込まれており、どこからか聞こえる鳥のさえずりが、世界がまだ滅亡していないことを知らせてくれている。
どうやら、自分は全く知らない部屋で寝ていたらしい。そんな事を朧げに思い浮かべている頃。
コンコン。静寂の中、重い樫の木の扉が小気味良いノック音を鳴らす。彼女はそのノック音の意味するところがわからない。そもそも、今の状況を一片たりとも把握していないのである。
「は、はい!」
「大丈夫かね?お嬢さん」ギィと扉を開けて入ってくるのはマスターのビリーである。
「随分うなされて・・・」
「・・・・・!!!・・・きゃあああああ!」彼女はビリーが何かを言い切る前に甲高い悲鳴を上げた。突如現れた異形な物に対してほとんど反射的に声を発していた。そして、昨日の記憶が急速に起こされる。
「あれ?夢・・・夢じゃなかったの?うそ、なんで?こっちが夢?・・・じゃあ、さっきのは・・」そんな独り言を繰り返す彼女を、ビリーは相変わらずの笑みを浮かべたままで待っている。
「少しは落ち着いたかね?」彼女の動揺がコンサート客の手拍子のように、飽きと疲れと乱れを見せ始めたのを見て、ビリーは改めて声をかけた。
一方、彼女は手足の生えた巨大な卵のようなその異形な物体に対して、あからさまな警戒を見せつつも、昨夜のかすかな記憶から、彼が親切な人であることは理解していた。
「あなたは、ビリーさん?」ビリーにはまだ聞き取れない部分も多かったが、おおよその所は彼女の表情と動作で読み取ることができた。
「ビリー、そうビリーだね。まあとにかく、落ち着いたらこれに着替えて広間までおいでなさい。まずは事情を聞こうじゃないか」そう言うとビリーは扉の横にあった丸椅子の上に黒っぽい衣服を置いて、そそくさと立ち去った。
言葉の理解できない彼女がそれに着替えるまでにおよそ40分の時間が要するとは、ビリーも考えなかったであろう
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