アイ・ウォナ・ビー・アドア2
「そうだったのですか・・!なら、森にいた人の顔をした木とかも、本当は人間だったわけですね!」
「人の顔をした木?まさか、トレントに会ったのかい?」
「トレント?」
「ああ。木の幹に顔があって、低い声で囁きかけてくるやつだろう?あいつらは人間とは違う。あれはマスカレといって、森に住む化物たちの一種さ。君が会ったのはおそらくトレントという種族で、直接的に悪さはしないが、ソウルリンカーのない時代には、旅人の思考を惑わすようなこと吹き込んできて、道に迷わせたりしたもんさ」
「あれは、ホログラムではなくて、ああいう生き物ってことですか?しかも昔からいる・・・?」
「そうだね。現代では見かけることもほとんど無くなったがね」ビリーがそう言うと、なゆたは頭を抱え込んで、また悩みだした。
「どうかしたかね?」
「いえ、私は人間以外が喋ったりするなんて聞いたことがなかったので、まるでよく分からない世界にいきなり放り込まれたような気分になっちゃって・・・」
「そりゃあ、君はソウルリンカーの記憶すらないのだから、忘れていても仕方がないさ」
「そう・・ですよね」
「これはちょっと飛躍しすぎかもしれないが、もしかしたらそもそもこの時代に生まれていないなんてことも考えられる」
「この時代に生まれていない?」
「例えば冷凍保存によって長い間眠っていたとか、クローンとかいう話しさ。ちょうどソウルリンカーが開発される前にそういう研究が盛んになっていた時期がある。もしかしたら、君がそれらの研究の被験者だったんじゃないかってことさ。実際、冷凍保存された人間を解凍したという話もある。もしそうなら、ソウルリンカーを知らないことにも納得がいく。とはいえ、解凍するにはきちんとした設備が必要だから、こんな所を一人でふらついているなんて考えにくいし、それらの技術は結局多くの問題を生んで、ほとんど実用化はされず、今ではソウルリンカーシステムによって制限された禁忌の研究となったから、可能性は低いのだがね」
「まさか・・・」なゆたは言葉をつまらせていた。しかし、マスカレもソウルリンカーも知らないなゆたにとって、それらの技術だけは絶対に有り得ないと言える自信はどこにもなかった。
「なんにせよ、記憶がない内にあれこれ過去のことを考えても辛くなるだけさ。とりあえずはこれからのことを考えないと」
「これからのことと言っても・・・」
「どこにも行くあてもない、金もない、記憶もない。それにソウルリンカーを持たない人間はどこに行っても信用されない」
「・・・・・」なゆたは改めて自分の置かれている境遇がいかに窮途末路であるかを認識させられた。それらの解決法を見つけることは、闇に失われた記憶を探すよりも困難であるようにすら思えた。
「君が嫌でなければ、ここで働きたまえ。丁度今人手が足りなくてね。なに、記憶が見つかって帰るところを思い出すまでの間だけで結構だ。もちろん給料も支払うし寝食の面倒もみてあげよう。この酒場には色んな人間も来るんだ、君を知っている人がひょっこり現るなんてこともあるだろう」ビリーはそう言って、にっこりと笑った。
「そ、そんな。私なんかがここに居ても、絶対に迷惑になりますよ」なゆたは慌ててそう言った。
「結構、結構。大いに迷惑をかけなさい。君みたいな若者は沢山の人に迷惑をかけてしか生きられないんだ。それを恥じることなんてないのだよ。そして、いつか大人になった時に、迷惑を掛けた分だけ誰かの面倒を見てやればいいのさ」
「で、でも・・・」
「なに、これは私の野次馬精神を満たすためでもあるんだ。私は私で君のような境遇の子を世話してみたい気になっただけさ。それに、ここで働くことも楽じゃないぞ。私の店で働く以上は決して甘やかしたりしないからね」ビリーは敢えて陽気に語った。なゆたの境遇から考えてみれば、選択肢なんてそうあるものではない。それがどんなに怪しげな誘いであっても容易には手放せない。だからこそ、ビリーはなるべく誠実に話す事を心掛ける。結果が決まり切ったことであっても、相手の事を想って話す。それは、世の中の色んな矛盾や理不尽さを体験してきたビリーなりの矜持であった。
「ほんとに、いいんですか・・・?」なゆたは尚も不安である。ビリーが親切な人間であることはなんとなく分かる。それでも、話が上手すぎて怖くなってしまう。本当は何か思惑があるのではないかと疑ってしまう。だが、どんな思惑があったとしても、ここを出て街に彷徨ってしまえば、1週間と無事でいられる自信がない。彼の気分が変わらない内に『はい』と言わねばならない。しかし、それでもなゆたは簡単には肯けなかった。そして、彼女は本質的には同じである質問を、言葉を変えて何度も繰り返す。
「いいんだ。いいんだよ。ここは幸せの果てシルクイの街さ。ここでは誰にだって幸せになる権利がある。それは君だって例外じゃない。ここでは皆が共に幸せを作っていくのさ。君はこの店を訪れる人を幸せにして、自分も幸せになればいい」ビリーはいやな顔ひとつ見せずに何度でもなゆたの不安に答える。なゆたも不安な言葉を出し尽くしたのか、ようやくその言葉を心で受け入れる。そして、満ちた心から湧き上がる感情をまたしも涙に変えて、目尻から零しながら、次は何度も何度もお礼を言うのである。
「ありがとうございます・・・・ありがとうございます・・・。」
「君はよく泣く子だ。お客さんの前でそんな涙は見せるんじゃないよ?笑いなさい。どんな悲観的な状況だって笑い飛ばしてしまえばいいのさ。幸せを見つけるコツってやつだ。笑う門には福きたるってね。分かるかい?」
「はい」なゆたは零れる涙を手で拭いながら、懸命に笑顔を作った。
「そう。いい笑顔じゃないか。君は笑顔がよく似合う」
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