フェノメナル・キャット2


二人が年寄りの枯れた戯言などに執心している頃、なゆたは早くも道に迷っていた。普段の道が整備中だったので迂回して行こうと考えたのだが、意外に道が入り組んでいる。

どうも気づかぬ内に大分商店への道から逸れていたようだ。なゆたはビリーに手渡された旧式の情報端末を手に持ち、地図に沿って歩を進めるのだが、文字がまだうまく読めないなゆたにとってはそれも一苦労であった。

なゆたは一旦落ち着くため、道の端に備えられたベンチに座ろうとした。ところが、なゆたの体はそのベンチをすり抜けて、勢いよく尻餅をついてしまう。

そのベンチはただのホログラムだったようで、ソウルリンカーを付けていないなゆたには判別できなかったである。こうした、実在しない街の景観もなゆたが道に迷う一因となっているのであろう。

「いてて・・・」なゆたは腰をさすりながら、道に落としてしまった小型端末に手を伸ばす。

すると、視界の上からふわふわとした一本の腕が伸びてきて、小型端末をすっと拾い上げた。その手に釣られるようにして顔を上げてみると、直立する一匹の猫の姿が目に映る。

大きな耳のついた頭は、カプチーノに浮かぶきめ細やかな泡のような毛に覆われ、くりっとした目は寒天のように透き通っている。首元にはベーコンのようなやや古びたマフラーを巻いており、ブルーキュラソー色の清涼感のあるAラインコートを羽織っていた。
下半身には青魚のような宵闇色のショートパンツを履き、そこから商業用に品種改良された大根みたいな足が伸びている。その大根足は湿ったきな粉の色をしたブーツへ突っ込まれており、まるで植木鉢から大根が生えているようであった。
「大丈夫かな?」猫はなゆたに肉球を差し出しながら、そう言った。

なゆたはその猫の語尾がニャでもニャンでもないことに、些かながら失望感を抱きつつも差し出された肉球にありつこうとしたが、寸前で手を引っ込められた。

「ワワッ、本当に触ろうとするなんて!」猫はふわふわの毛を逆立てながら、警戒心をあらわにする。

「あ、ごめんなさい。つい・・・」この世界ではお互いの同意がない限り、人の肌に触れる事が御法度となっている。ファイアウォールで隠した情報を物理的に読み取ってしまっては元も子もない。

「いや、いいよ、いいよ。それよりも大丈夫なの?」猫は改めて問う。

「はい、ちょっと転んだだけで・・」

「びっくりしたよ。ホログラムの椅子に座ろうとするんだから・・・。それにしても、今時こんな小型端末を持ち歩いてるなんて珍しいね」猫はそう言いながら、肉球に引っ付いた小型端末をまじまじと眺めた後、なゆたの手のひらにポトリと落とす。

「ありがとうございます」なゆたは深々とお辞儀をした。

「ねぇ」

「あ、はい?」

「それって、もしかして旧式のファイアーウォール?」猫は改めてなゆたの姿を見て、違和感を感じたようだった。
「そうです。ソウルリンカーが故障してしまって・・・」なゆたはこの手の質問には慣れっこである。やはり初対面の人間にはよく聞かれる質問なのだが、旅行客の多いこの土地では、顔なじみになったとしても1ヶ月もすればとんと姿を見なくなる。それ故、故障と言ってしまえば、後で確かめられることもなく、大体の人はそれで納得してくれるのだ。

「ありゃりゃ。でも、ソウルリンカーも付けずに外を出歩くなんて危ないよ?」

「え?・・ええ。お店からもそんなに離れていないので・・・」普段からソウルリンカーをつけていないなゆたにとっては、彼らのようにソウルリンカーを外すことへの危機感はあまりない。

「お店?」

「はい、スマイルという酒場なんですけど」

「へぇー、丁度いいや。私も今日この街についたばっかりで、まだなんにも食べてなくてさ・・・。よければそこへ連れてってよ」猫はパチンと指を鳴らすと、ふくよかな頬を上げて笑った。

「あ、はいっ!勿論です。でも、先に買い物を済まさないと・・・」

「そっか・・。じゃあ、私も手伝うよ」猫は陽気な笑顔を浮かべてそう言った。なゆたは思わず猫の頭を撫でたいという衝動が浮かんだが、それを必死に押さえ込んだ。

「そんな・・・お客さんに手伝ってもらう訳には・・」

「いいって、いいって。それより名前を聞いてもいい?買い物はこっちでいいの?」猫はそう言ってさっさと商店の方へと歩き出してしまった。


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