フェノメナル・キャット5


「ここだ、ここだ」シンディは通路を2・3分歩いた所にある扉の前に立ち、ソウルリンカーでロックを解除すると、扉を開いてなゆたを中に素早く入らせた。ソウルリンカーもつけていない無防備な女の子が、泣きながらこんな所に連れて来られているのを誰かが見たら通報されかねない。シンディは通路を誰も通らなかった事にほっとした様子であった。

「ごめんなさい。急に泣き出しちゃって」なゆたは目を擦りながら少し落ち着いた声で言った。

「私こそごめんね。まさかそんなに効くとは思わなくて。辛いこと思い出しちゃったのかな?」

「ううん。なんだか分からないけど、急に懐かしさで胸がいっぱいになっちゃって・・・。でも、なんだかちょっとスッキリしました」スマイルで働き出してから遠ざけていた自分の記憶に関する関心が、知らぬ間に心のしこりとなって胸の内に溜まっていたのであろう。なゆたはようやく顔を上げて、扉の中にある光景に目を向けた。

「ここは?」

「私のレイルカーだよ?」

「レイルカーって車ではないのですか?」シンディは地下にある道を車で走るものだと思っていたようだ。

「車・・とはちょっと違うかな。超電導磁石で移動する部屋って感じ。レイルネットで繋がっている範囲は最大時速600kmで走るからどこでもひとっ飛びだよ」

「この部屋がそのまま600kmで移動するのですか?」

「はは、そうだね」現在でも鉄道や車が無いわけではないが、SLSではこのような個人用の車両が主流である。AIによって統制管理されている為、渋滞もなく、各地にあるハブで乗り降りが可能なので、数十年前とは交通事情がまるで違っているのである。

「普段はここに住んでるのですか?」1LDKの間取りではあるが人が通常の生活を送るには十分の家財がそこには揃っている。

「まあ、泊まることも多いけど、私のレイルカーはシェア型だからね。使いたい人が使いたい時にソウルリンクで注文して、空きがあれば使えるって感じ。だから自分の部屋とは違うかな」

「そうなのですね」なゆたは物珍しそうに部屋の中をキョロキョロと見回している。

「はは、とりあえず座りなよ。何か飲み物入れるからさ」そう言ってシンディは部屋の真ん中にあるテーブルになゆたを座らせた。

「ん・・ぎ・・・ぎぃぃ・・ぁあああ!」キッチンの方で何やら聞き慣れた悲鳴が鳴り響いていたかと思うと、シンディはゲロニカを両手に持ってなゆたに差し出した。

「あ・・・ありがとうございます」なゆたは引きつった笑顔でお礼を言ってそれを受け取った。

「それで、何でなゆたは素性を隠してるの?」

「え?」なゆたは思いがけない言葉に虚をつかれ、思考が停止してしまったようだ。

「ネジケル共和国が出身っていうのは嘘なんでしょ?確かにあそこは色んな事情を持った人達が暮らしてはいるけど、なゆたはちょっと違う気がするんだよね。ネジケル共和国の出国にはソウルリンカーの装着が義務付けられてるはずだし、日が浅い内にそれが故障したにしても、ネジケル共和国からこのウライズラ地方までは距離があるのに、交通事情について知ら無さ過ぎるし・・・。まるで長い間眠っててその間の事を全然知らないみたいな?」シンディは二本の指で髭を撫でながらなゆたに対して感じた違和感を語る。なゆたもまさか会って僅か1時間程度の人間にここまで嘘が看破されるとは思ってもみなかった事であろう。

「あ、あの・・・」なゆたはどうにかに誤魔化そうと考えたが、嗅覚の鋭いシンディを納得させるだけの論理を組み立てる事は難しそうであった。

「いや、いいよ。いいよ。無理に話してなんて言わないけどさ。職業柄というか。私自身も似たような経験をしたことがあったからさ。ちょっと興味があってね」

「似たような経験・・・その話ほんとですか?」なゆたは思わず語気を強めてそう言った。

「ま、私もあんまり他の人に話したことは無いんだけどね。なゆたの事情を聞けば何か力になれるかもしれないよ?」スマイルで働き出してからというもの自分の記憶に対する関心が薄れていた事は確かだが、陰ではマイク達が自分の為に色々と動いてくれている事を薄々感じていた。その恩を一日も早く仕事で返したいと思っていただけに、シンディの申し出はとても魅力的に感じられた。

「あの・・実は・・・」なゆたは意を決したように言葉を発し出した。

「なーんてね」しかし、シンディは気の抜けた声でその言葉を遮った。

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