騎士よりも騎士らしく

 翌日から、ルクレティアは商業ギルドのロセッティ商会が借り上げている一室で、頭を突き合わせ意見を出し合っていた。
 プレゼンの内容を絞り、説明の内容や手段を考える。ここは比較的スムーズに進んだ。しかしその後の値段についてはルクレティアとイヴァーノ、ダリヤで堂々巡りだった。

「魔物討伐部隊への納品といえども、商会利益を削って値段を下げるのは反対です」
「魔物討伐部隊への納品分のみ値段は下げ、差額分を当家で補填してはどうでしょう?ロセッティ商会の利益を削ることなく納品できます」
「それだと他との取り引きに差し支えます。前例があれば、同様にしろと要求も強くなります。その都度エカルト家が負担するのは現実的ではないでしょう」
「小型魔導コンロに寄せた値段では甘いでしょうか…」
「激甘です」
「それでは価値を下げることにもなりますから、得策ではないでしょう」

 初めこそ貴族であるルクレティアを前に緊張していたロセッティ商会の二人であるが、ルクレティアは丁寧ながらも砕けた言葉で話し、ロセッティ商会の意向をよく汲む。エカルト商会の商会長を務め金策に走るなど、商人としての視点ももちあわせているルクレティアが、二人の信用を勝ち取り打ち解けるまでそう時間はかからなかった。

 また、ルクレティアは資料の作成や発表原稿において、大きく貢献した。ヴォルフレード様が提供してくれた魔物討伐部隊の公開データを分析し、ダリヤの提案した円グラフについてすぐさま理解し反映させた。(円グラフについては前世の知識に寄るところが大きいが。)
 元々エカルト商会の事業のひとつに代筆屋があり、ロセッティ商会にも商業ギルドへ派遣している人員を貸し出していた。王城でのプレゼンに相応しい資料作りに一役買っていた。


「魔物を命がけで倒しに行って、その後においしくもない、栄養もとれない食事で……。もしかしたら、それが最後の食事になるかもしれないほど、危ないのに」
「それって“同情”と“心配”ですよね?その思いだけで、隊に遠征用コンロを納入したいって言うのは、商会長としても、魔導具師としても違うんじゃないですか?」

 イヴァーノの指摘は最もだった。ルクレティアにとって、何故ダリヤが魔物討伐部隊にそこまで心を砕くのか、理解し難い。

「ダリヤさん、ヴォルフ様と魔物討伐部隊を、重ねすぎてませんか?」
「あ……」

 ああ、と納得した。二人は想い合っていて、彼の無事と環境を整えるためにしているのか、と。そう考えるとヴォルフレード様の強硬な態度も納得がつく。
 思わずによによ緩んだ口元を扇子を広げて隠す。しかし、隠す努力もしていないので目が笑っていたのだろう。ダリヤから「違いますから!」と力強い否定が飛んできた。

 やがて、ダリヤの出した案に、ルクレティアはイヴァーノと共に目を細めることとなる。



 王城でのプレゼン当日、ルクレティアはダリヤより地味な装いでイヴァーノと並んでいた。今日はエカルト男爵家令嬢でもエカルト商会長としてでもなく、ダリヤの付き人として出席する予定だからだ。
 ダリヤは顔を強ばらせて落ち着きがないし、隣のイヴァーノも緊張しているようで資料を食い入るように見ている。ルクレティアは自分の正面に座るガブリエラと肩を竦め合い、二人を激励する。

「笑顔も装いも、鎧のひとつです。あとは役者になりきるだけです」
「煮るなり焼くなり好きになさい」


 やれることは全てやり切った。
 案内されたのは王城は中央棟の広い会議室で、当初の予定より三倍近い人数が集まっている。補佐役の文官が申し訳なさそうに資料の共有を提案するが、心配には及ばない。このためにエカルト商会の優秀者たちを駆り出したのだから。
 ルクレティアは涼しい笑顔を浮かべて、イヴァーノと共に資料を取り出し、なんてことないように配布する。

「ロセッティ商会のダリヤ・ロセッティと申します。本日は貴重なお時間を頂き、誠にありがとうございます。これより、魔物討伐部隊用、遠征コンロに関する説明をさせて頂きます」

 そうして始まった説明の場。ダリヤは落ち着いて説明している。万が一飛んでも、ダリヤの手元にある資料は加筆されたものであり、なんとかなるだろう。
 まずは遠征用コンロの有用性と魔物討伐部隊の現状からだ。昨日ヴォルフレード様が商会部屋に来てくださったこともあり、発表内容について共有できた。魔物討伐部隊からの補足があれば、ダリヤ一人の言より信ぴょう性が増すだろう。

 そして話しは進み、最大の利点に触れられる。文官の一人から、遠征費が増していることを指摘される。これはルクレティアが発表の仕方を工夫して誘導させたものだ。
 遠征費は嵩むが、離職や殉職、殉職に伴う親族への恩赦等、資源の削減に繋がる。この考え方はオルディネ王国には馴染みがないが、前世の記憶を持つルクレティアには易しいものだった。
 文官たちの興味が内容よりも円グラフに向いたことはルクレティアにも、ダリヤにも想定外の事だったが、少しばかり声を大きくして資料へ誘導すればおさまった。

「遠征用コンロの有用性は、それなりにわかりました。しかし、けしてお安くはない」
「その点につきましても、再度、ご提案申し上げます」

 敢えて資料に入れなかった最後の一枚を、イヴァーノと共に配っていく。
 ルクレティアが当初挙げていた案とダリヤの要望との、折衷案と言える提案だ。魔物討伐部隊に限り価格を下げる。赤字にならないギリギリの価格である。その対価として、ロセッティの名を刻む。貴族や騎士の好みそうな話である。

 会議室にいた全員が目を見開いて固まった。魔物討伐部隊の隊員も、財務部もである。予想通りの光景にルクレティアはしてやったりだった。
 最初この案が出た時は、もっと欲張って良い条件を突き付けていいと、ルクレティアもイヴァーノも思った。しかし、ダリヤは誉れと言い切って曲げなかった。お人好しなダリヤの存外に頑固なところを垣間見て、ルクレティアもその覚悟の重さを知った。

「ありがたく承る」

 バルトローネ隊長がいち早く硬直から溶け、立ち上がり礼をした。それにディールス侯爵は反論したが、バルトローネ隊長は途中遮って反論する。

「財務部の皆様方、何かあるならば、今この場で言って頂こう。もしこれでも予算が通せぬというのなら、騎士団と政務部を含めた大会議を希望する。王へ直で願っても構わない」

 バルトローネ隊長の身体からゆらりと魔力が立ち上った。威圧が発動する寸前だ。
 イヴァーノが並べた契約書にバルトローネ隊長がサインをし、そのままディールス侯爵もサインをする。これまでを思うとスムーズな流れだった。


 一段落着いたところで、バルトローネ隊長はダリヤの前で跪き、右手を差し出す。その表情は真剣そのものだ。

「魔物討伐部隊長、グラート・バルトローネは、ロセッティ商会長、ダリヤ・ロセッティ殿に乞う。魔物討伐部隊御用達商会、および、魔物討伐部隊、相談役魔導具師になって頂きたい」
「…………ちゅ、謹んで承ります」

 ロセッティの名を刻むだなんて、かつての背縫いのようなロマンティックなことを誉れと言いきったのだ。貴族的な思考として、囲うのは当然であろう。
 ダリヤが盛大に噛んだのは居た堪れないが。


 プレゼンの後、ヴォルフレード様を筆頭とした魔物討伐部隊の隊員たちが、遠征コンロと小型魔導コンロを持ち寄って、遠征食の試食会が始まった。
 昨日ヴォルフレード様がいらした時、ルクレティアが畑違いにも関わらず口を挟む者達に手っ取り早く現実を見せるため、財務部を遠征に同行させたいとこぼした。流石にそれが出来ないのはルクレティアも分かっているが、ヴォルフレード様には何か思いついたようで、ダリヤたちと解散した後に相談を受けた。
 そして恐らくないとは思うが、万が一名を刻む誉れでも口説き落とせなかった場合は、試食会を行うのも一つの手であると答えた。また、魔物討伐部隊の凄惨さを少しでも体感すれば、今後にも活きるだろうと。
 まさかここまでの規模でやるとは、ルクレティアにも想像がつかなかったが。


 ダリヤが撤回請求のため、ディールス侯爵の方へ足を進める。ルクレティアもその後ろをしずしずとついて行く。これでも何かあれば、ダリヤを助太刀する予定であるし、周囲の魔物討伐部隊の隊員たちも聞き耳を立てているのが分かる。
 ディールス侯爵は従者すら排して、一人テーブルについていた。ダリヤを待っていたようだ。

「私に用かね、ロセッティ商会長」
「はい。先日のお言葉、私の“飼い猫”の撤回を求めたく参りました」
「ああ、撤回しよう。ロセッティ商会長、この前の“飼い猫”は撤回させて頂きたい」
「撤回を受け入れます」

 ルクレティアは内心ガッツポーズをする。ダリヤが貴族でない以上、謝罪は望めず発言の撤回がゴールだ。そのゴールをもぎとり、名誉を回復できたことにルクレティアは満足だった。
 しかしディールス侯爵はさらに続ける。

「撤回に続き、謝罪しよう。私、ジルドファン・ディールスは、ダリヤ・ロセッティ商会長への謝罪として、責を負って王城財務部長を退く。――これで、よろしいか?」

 ダリヤは呆然として「は?」と零す。ルクレティアもダリヤに100%賛同するが、意地で取り繕う。

「ロセッティ商会長への非礼、メイドの件もある。つり合いとして、この首では足りんかね?」
「何をおっしゃっているんですか……」

 ここまで来ると一周回って面白くなってきた。ディールス侯爵は随分と貴族男子らしく気位が高いようだ。あまりの高さに、子供がへそを曲げて意地を張る様子すら浮かぶ。

「ディールス侯爵様、では謝罪より“なかったこと”にしてくださいませ。そして、どうぞこれから魔物討伐部隊に正しく予算を回して頂けるよう、お願い致します」
「……退かせるつもりはないということか」
「ええ。まだお若いのですから、どうぞ引き続き、末永く、財務部長としてご活躍ください。それと……あの、失礼ですが、できましたらグラート隊長とお話をお願いします」

 ディールス侯爵は、ダリヤに便宜を図るつもりだったのだろう。見当違いなダリヤの返答に、苦々しく了承を唱えた。
 その後もカマスの干物を焼き、合う酒の話やプレゼンテーションについて議論する最中、再度ディールス侯爵がダリヤに尋ねる。
 これにもダリヤは斜め上の「これからの魔物討伐部隊は、もっと食事もとれて、眠れて、無事に帰ってこられるよう、そう希望したいです」と答えていた。
 その後のやり取りは、「夏の大輪」に対してダリヤが「猫」と返し、次は「獅子」と評されダリヤが混乱し取り乱す様子に、ディールス侯爵は目に涙を浮かべる程笑っていた。


 ダリヤがイヴァーノを連れ立って、ディールス侯爵から離れて魔物討伐部隊の方へ向かう時、ルクレティアもそれに習おうとしたその背中に声がかかる。

「エカルト男爵令嬢」
「……ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。エカルト男爵家が娘 ルクレティアにございます。本来は登城を許されぬ身であり、本日はロセッティ商会長の付き人として参上したため、何卒ご無礼をご容赦頂きたく」
「構わん」

 敢えて名乗らなかったというのに、何故つついてくるのか、とルクレティアは不満を抱く。付き人としてではなく、呼ばれた通りレディとしての挨拶をする。ディールス侯爵はさして気にとめていないようで、手を振る。

「令嬢が出席した理由は分からなくもない。私が令嬢の立場であったとしてもそうしただろう」
「ありがたいお言葉です」
「しかし、そこまでする必要はあるのかね?魔物討伐部隊への支援は充分だろうに」

 エカルト男爵家は魔物討伐部隊に、減らされた予算分以上の寄付を毎年している。寄付は基本的に匿名であるが、財務部の長であるこの男には金の流れでお見通しなのだろう。
 王家への賠償金と利子に加えて、魔物討伐部隊への寄付。時には借金までして行っているそれのことを指しているのだろう。
 没落寸前とはいえ一応は元侯爵家の貴族である。貴族として義務を果たすプライドがある。痩せ我慢を晒され、ルクレティアは憮然とした態度で答える。

「落ちぶれたと言えど、貴族としての意地はありますので」

 ディールス侯爵のせいで、一番バレたくない人達にバレた。羞恥がディールス侯爵への怒りに変わり、ややツンとした態度になったが、ルクレティアは背筋をしゃんと伸ばし真っ直ぐにディールス侯爵を見て言ってのける。
 これに対してディールス侯爵は「……そうか」とだけ零し、何度か頷いた。

「エカルト商会の事業は実に興味深い」
「、そう言っていただけて光栄です」
「今までにない革新的な事業で、有用だ」

 ジルドの視線の先にはエカルト商会が作成を手伝った資料がある。文字の大きさ、色だけでなく、書体も所謂ゴシック体のように整えている。
 視覚的に読みやすい字と流麗な字とは、全く異なるものだ。筆記体で書かれた書簡なんて読みにく言ったらありゃしない。

「エカルト男爵領には毎年財務部から監査が入るが、近年は随分書式が整っていると報告が上がっている」
「罪を犯したのです、監査は必然でしょう」
「それに、随分いい耳を持っている」

 さっきからこの男は何が言いたいのだろうか。ルクレティアはダリヤのように温厚ではなく、喧嘩早く強気である。そろそろ貴族としての鉄仮面を被るのも限界に近い。

「ディールス侯爵にお褒めいただき、光栄ですわ」
「ジルドで構わん。直にエカルトは再興するだろう」

 今度はルクレティアがぽかんとする番だった。今日は従者として来ているので扇子は持っていない。グローブを嵌めた手で口元を隠す。

「近いうちに食事に招待しよう。色々と事業について詰めたいことがある」

 ジルドは事業を支援するので、賠償金や借金の返済はもうすぐ終わり、貴族として再興出来るだろう。再興の便宜を図る、と言っている。
 今までこのオルディネ王国に転生してから、ルクレティアはエカルト家 引いてはエカルト男爵領の為に、身を粉にして金策に走っていた。それが報われる瞬間がついに訪れたのだ。
 あまりの衝撃に、ルクレティアの鉄仮面もついに崩落して、呆然としたまま夜空色の瞳から涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
 涙が頬を滑った感覚で我に返り、人前で感情を揺らしたことを恥じる。奥歯がギリっと鳴る程力を入れ、取り繕う。

「身に余る光栄です。是非、お話させてくださいませ」

 ずっと取り繕って固かったルクレティアの表情が、ほろりと綻んだ。その笑顔は女神を思わせる程、美しいものだった。
 ルクレティアは優雅にジルドの前を去り、ダリヤの元へ足早に向かう。
 全てはダリヤのおかげだ。ダリヤがこの縁を繋いでくれた。五代も続いた悲願を、ここで達することが出来るなんて誰が想像しただろう。エカルト家は一生ダリヤに頭が上がらない。

「ダリヤ・ロセッティ様」
「は、はい」

 ダリヤの前に膝をつき、彼女の手を取り額に当てる。ダリヤは先程のバルトローネ隊長と同じような雰囲気に、嫌な予感を感じているようだ。

「我がエカルト家は王家に忠誠を誓っています。ですから、それ以外の最大限を貴方に捧げます。
このご恩は生涯忘れません」

 ルクレティアはエカルトを代表して、良縁の女神であるダリヤに王に次ぐ恭順の意を示した。ダリヤは居た堪れず逃げようとするが、当然の如く助けはない。ダリヤは諦めて、今度こそ噛まずに受け入れた。

 誰かが騎士の家系でなくなっても騎士道が根付いてる、と評した。騎士よりも騎士らしいとルクレティアの行動はどこぞの用意周到な梟によって、美談として社交界を賑わせることとなる。
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