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「ルナさん、荷物はそれだけか」
「ええ、待たせてごめん」
入国審査官がなにやら日本好きだったようで捕まって話をしていた。
「さすがイタリア男だな、こんな時にも食事に誘うとは」
「それは私も何度来ても慣れない……」
承太郎さんとはいつの間にか砕けた喋り方になっていた。あまりにも自然に名前を呼ぶもんだから、あぁ、いま名前を呼ばれたなとぼんやり理解したくらいだ。ペースに巻き込むのが上手なのか、つい合わせて話してしまう。歳が近いのも理由だろうが、肩肘張らない言葉遣いはとても心地が良いものだ。
「どうした?」
あれこれ考えていると、先に私のスーツケースまでも引っ張って行く承太郎さんが振り返り、声をかける。
「言葉ってすごいなって」
「あぁ」
私は彼の手からスーツケースを取り戻すと、キョトンとした顔をされて、そのあと笑われた。
「職業病ってやつか」
「そんな所」
話していれば待っていたブチャラティさんが私たちに気づいて手を挙げた。
ブチャラティさんについて行けば、丁度出た所にシルバーのワゴン車が停まっていた。
運転手は私たちのスーツケースを積み込んでいる。ふと振り返り、空港のビルを見る。そう言えばヒースローに着いた時はまだくらい早朝だったな。いやまさかイタリアに来るとは。日本行きの飛行機、そういえばキャッシュバックなどはあるのだろうか。
「乗らないのか」
「あ、はい、乗ります乗ります」
承太郎さんにまた首を捻られながら聞かれて、苦笑しつつ車のステップに足をかけたら。
「Buongiorno, Bella」
金髪のうら若き美青年が座っており、こちらに笑みを向けていた。私より君の方が相応しい言葉だ、と思う程、かなり創作意欲がかき立てられる美しい容姿で、もし私が露伴君ならすぐさまスケッチを取るのだが、生憎私はいま車に乗ったばかりであり……
「おい、どうした。後ろがつっかえてるんだが」
「ああ、そうだった。ごめん」
後ろに転けそうになっていた私の背中を、承太郎さんが支えてくれていたらしく、慌てて姿勢を戻して車内に乗り込む。車内は資料でしか見たことないような、いわゆる高級車の装いをしており、至って普通の外見からは予想もつかない。向かい合った革張りのシートに、心持ちが窮屈になりつつも座った。
「来るなら連絡を入れてくれと言ったよな?」
「元はと言えば僕が言い出したことです。いいじゃあないですか」
後からブチャラティさんが入ってきながら青年に文句を言う。
承太郎さんは何も気にしていない様子で、私の横でスマホで誰かにテキストを送っている。車が動き出して、私も日本に連絡を入れておかねばと思えば、ルナさん、と呼びかけられた。向かいに座った青年は、翡翠のような光を覗かせる瞳でこちらを見た。
「驚かせてしまってすみません、僕はジョルノ・ジョバァーナ。ジョルノと呼んでください」
「はじめまして、ジョルノ」
「承太郎さんとは僕も親戚なんです。随分ややこしいので説明は省きますが」
「え」
本当に世界は狭い。粘菌のような相関関係のイメージが浮かび、いつの間にか膝に座ったマーシレス・カルトがクスクス笑っている。また妄想していたか。頭を横に振ると、彼女は消えた。スタンドは意識的に出せるようになるもんなのだろうか。未だに仕組みが分かっていないために、今までのように幽霊よろしく出たり消えたりするのだ。
「……なるほど、見たところ害はないようですね。ブチャラティはルナさんの能力を見ましたか?」
「ああ、花を降らせている所くらいしか見てはいないがな」
「承太郎さんは?」
「見たと言えば見たが、正直俺にもよく分からん」
私は三人に見られて更に肩を縮こませる。
「出します?」
「ぜひ」
ジョルノが微笑んで私に頷き返した。どうしたら出るのだろう、意識すればいいのだろうか。と考えれば私の膝の上にマーシレス・カルトが現れた。深くかぶったベールで顔を隠している。三人分の視線から逃れるように。
「ええと、名前はマーシレス・カルト。能力は恐らく、幻覚と幻聴です」
「射程距離は広範囲、さらに狙いは的確なようだ」
そう言いながら承太郎さんは手帳に書き込んでいる。彼の青いスタンドがものすごい速さでペンを動かしている。それにしてもさっきの飛行機の一件でそこまで分析できたとは。
「この子が出したモノに触れると発動します。私はよくペンだとかぬいぐるみにして、小説のネタのために使っています」
「いつからこの能力が?」
ブチャラティさんも同じようにタブレットに記録をしているようだ。録音されている。
「10歳の頃からかな。随分と長く一緒にいますね」
「ということは矢の影響ではないな。ジョルノ、お前はどう思う」
「僕も同意見です、ブチャラティ。ルナさんが敵でなくてよかったですよ。使い方によっては恐ろしいスタンドになりかねませんね」
矢とはなんのことだろうかと思ったが、不必要に知ることも無い。
イマジナリーフレンドかと思っていたものは、精神エネルギーの具現化したものであると言われてから、今もだが、ファンタジーとかフィクションが身近なリアルになる。悪用する人も出るだろう。ここにいる人達はそうではないのだと言うのが、会話や雰囲気から分かる。
「あ、ところで、メモ見てくれました?」
ジョルノは満足したようで、またニコニコと私に話しかける。
「ええ、これのこと?」
「お受けしてくれますよね?」
「え?でもこれブチャラティさんがボスからって」
「ああ、そう言ったな」
ブチャラティさんを見やると、私の言葉に頷いて、またタブレットで何やらしている。
「そのサイン、僕ですよ」
そう言われてもう一度メモを開く。Giorno Giovanna、なるほど、G.G.である。しかしながら、あまりにも若過ぎやしないだろうか。二十歳くらいだろうか。
「失礼だけど今何歳?」
「十七です」
「……見えないね」
「ふふ。まぁそんなことよりも、少しの間だけ手伝いという形でいいんです。そうですね、一ヶ月程度、生活費、ホテルはこちらが負担しますし、もちろん報酬も支払います。どうです?」
一気に捲し立てるように言われ、断る隙もなくただ唖然としていたら、横から助け舟が来た。
「待てジョルノ、ルナさんは無関係だろう。無理に引き込むわけにはいかねぇ」
「承太郎さん、彼女が入ることで大勢への精神被害は減らせるんですよ」
「それは分かっているんだが……」
「あの、別に私は執筆のための時間と休日が貰えれば構いませんけど。お役に立てるかどうか」
そもそも地中海沿岸地域に来ようと思っていたわけだし、どうやらちょっとの手伝いでお金が貰えるというではないか。物書きは案外儲からないから、こういうところでお小遣い稼ぎしても文句は言われないだろう、という邪念が少しはあるのだが。
「ありがとうございます!」
「本当にいいのか?ルナさん」
「ええ。特に急いで帰国しなくちゃあならない用事なんて無いから」
承太郎さんは私から視線を外すと何か考えるように帽子の鍔を下げた。
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