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その後、素敵なリストランテでご馳走になり、食後のドルチェとカプチーノまで堪能した。これからはしばらく生活費も出ると言うし、イタリアの素晴らしい料理を楽しめるわけだ。仕事に危険さはあるにせよ、ここイタリアで生活できるというのも、報酬として妥当以上のものだ。未だに私に仕事を頼む理由が明確ではないし、我ながら何故易々と承諾したのかとも思うのだが。何かのっぴきならない縁がある、ということであろうか。
そして宿泊するホテルというのもかなりの評価がついている星つき。こんな贅沢は一度だけ何であったか賞をもらって、日本の旅館に泊まったときくらいだろうか。だが規模というか諸々が日本のそれと違っていて、インスピレーションに駆られた私は、気が済むまで資料写真を撮っていた。
日が変わり、私はホテルのカフェで朝食後、紅茶を飲みながら、いつものようにパソコンを開いてメールの確認をしていた。昨日急遽イタリアに滞在することになった旨を(勿論組織のことは伏せて)各方面へ連絡していた。その返信が多種多様で少し笑ってしまうくらいだ。
<ルナさん、英訳版についてはありがとう。
君の突拍子のなさはよく知っているから、僕は特に驚きはしないさ。どうせまた何か面白いものでも見つけたんだろ。イタリア土産は取材写真と、君の土産話で頼むよ。>
と、露伴くんはいたって普通でいつも通りの簡潔なメール。
<ハイジャックなんてグレートな経験してんなあ。承太郎さんもいるんならあんま心配ねぇけどよ、変なのに巻き込まれたらすぐ連絡しろよ。親父に言ってそっち行かせてもらうかんな!バカンスだと思って楽しんでこいよ。おじさんとおばさんも仕方ないなって言ってたぜ。あ、俺はフェラガモでー!>
メッセージで土産を請求してくる又従弟の高価なお願いに苦笑いを浮かべてしまう。
こつ、と近くで立ち止まる音がして顔を上げた。コーヒーカップを手にした承太郎さんが居る。
「あ、承太郎さん」
「おはよう、ルナさん。ここ座っても?」
私の向かいの席を指して聞く。私は頷いて少しパソコンを寄せた。
「ありがとう。仕事していたのか?」
「いや、メールの確認で」
「そうか。俺の方にも届いてたな、仗助と妹から」
「妹さんがいるのね」
「ああ。仗助と同い年だ」
「歳が離れてるから、可愛いでしょ?」
「少しやんちゃが過ぎるが……」
そう言って優しく微笑んだ承太郎さんはカップを口に寄せた。
薄っすらと弧を浮かべる口元は懐かしさを覚える。私は記憶の底を柔らかな羽で擽るられるような心地がした。
私はそんな感覚を自ら振り切るようにして、口を開く。
「そ、そういえば、今日は承太郎さんも一緒に行くんだよね?」
「ああ、挨拶だけだがな。あのメンツじゃあ不安だとジョルノが」
「あはは、なるほど」
カフェを後にした私たちは、迎えに来た車で暗殺チームの面々との顔合わせにと向かった。まだあと数人いるらしい。迎えに来たのは、ミスタというこのホテルがある地域の責任者だと言う人物だった。
「あんたがルナか。ジョルノの言う通り大した美人だぜ、今日の任務が終わったら一杯行かねぇか?」
「ありがとう、でも、また別の日にお願いするわ」
息をするように誘いの言葉を言うイタリア人に、定型句を返した。
「こりゃなびかねぇな!」
ミスタは豪快に笑うと、運転手に向かって出発するように指示した。
「慣れてるな」
承太郎さんが隣の座席で、ふっと微笑んで言う。
「返事だけはね。イタリアも何度か来てるけど、誘われること自体は慣れないかな……」
「旅行好きなのか」
「ヨーロッパは特に綺麗なところが多いから」
そう言って私が窓の外へ目をやると、承太郎さんも同じ方を見た。
日本ではあまり見られない石畳の歩道と煉瓦の建物。古いものと新しいものがお互いの美しさを損なわないままに、何食わぬ顔で並んでいる街。
「イギリスに住んでるのもそういう理由で?」
「専門分野のこともあるけど、うん、大抵はそういう理由」
「そうか」
車は美しい街の中を走っていくと、入り組んだ路地の前で停まる。近くの広場で子供達が鬼ごっこをして遊んでいた。
この道の先へは車が入っていけない階段が続いている。ミスタを先頭に、私と承太郎さんは乳白色の石段を靴音だけ響かせて登った。子供達の笑い声が遠くなっていく。
「ここだぜ」
ミスタが赤褐色のドアの前に立つと私たちを振り返った。建物は周りのものと大して差のない煉瓦造り。承太郎さんは平然として背筋良く立っているのだが、私は日頃の運動不足からか、少々息が上がっていた。肩で息をする私を見て承太郎さんは目を細める。
「少し息を整えてから行くか」
「あ、はは。大丈夫、大丈夫」
大きく深呼吸すればおさまったので、二人に微笑みを向け、大丈夫だと見せる。ニカッと笑ったミスタは、三度早くノックした。間を空けず返事した、恐らくプロシュートだと思われる声を聞くと、ぎい、と重たい扉を開けた。
「よォ、ルナ」
私たちを出迎えたプロシュートと挨拶の握手を交わすと、私は玄関から彼の肩越しに廊下の奥へ目を向けた。プロシュートを除くチームのメンバーが突き当りの部屋にいるのが見えた。きっとそこが談話室なのだろう。
「俺はここまで。承太郎さん、後は頼んだ。おッと、ルナ、なんかあったらスマホに俺の連絡先も入ってるからいつでも待ってるぜ」
本当に連れてくるだけが任務だったようで、ミスタは次の仕事場に向かうらしく、じゃあな、と言ってさっさと出て行った。
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