「お前ってさ、ジュンには甘いよなぁ」
クプスの独り言は基本的に無視することが多いが、こればっかりはそのままにしておくわけにいかなかった。
「…別に普通じゃない」
心拍が妙に速くなったのを感じながら、でもそれを悟られないように平然を装う。
厄介なのはこの男はこんななのに意外と人のことをよく見ていて、咄嗟に隠そうとした嘘もこいつにだけは通用しないということ。
俺が作った渾身のポーカーフェイスも"動揺を隠す為の仮面"だと、彼にかかれば一瞬で見通せたらしかった。
「えーそれってなんなの、どういうあれ?まじでそんな感じ?」
「は」
「いや俺偏見とかないから」
「え」
「多分お前ら両思いだよ」
「…………な、にが」
「いや分かんないけど!」
「分かんないなら言うな」
てか別にそんなんじゃない。
冷たく言い放つと、「怒んなよ〜」と笑って肩を組んでくる。
そのまま強い力で引き寄せられ後頭部を撫でられたから、俺はじっとりと彼を睨みつけた。
こいつにはもう二度とこの話はしない…させない…
ジュンの話をされたからか、まだ身体が本調子じゃないからか、顳顬の辺りがズキズキと疼きだす。
俺は頭痛薬を2錠飲み、部屋を出て行こうと立ち上がった。
「大丈夫か?」
「ん」
「今日は飲まない方がいいんじゃないの」
「んー。うん」
◆
俺が愛とか恋とかに幻想を抱いていたのは中学生くらいまで。
早い段階で"この世界に入ったから"、果たしてそれだけが理由かどうかは分からないが俺の幻想は10代の頃には既に消え散っていた。
意味が分からないまま意味の分からないことを経験して、分からない続きだったあの頃。
それでもたった一つの夢を叶える為ならば
どんなことだって乗り越えられると思った。
SEVENTEENとして存在し続けられるなら
みんなで最高の景色を見にいく為なら
愛も恋も必要なかった。
少年時代、自分がどんな幻想を抱いていたのか今ではもう思い出せないくらいになってしまったけれど、だからといって特別困っていることはない。
「大丈夫か?なんか困ってることがあるの?」
「…………」
彼はとても無口なヤツだった。
元々壁を作る性格に加えて、異国の地での生活、言葉も分からないし、家族と離れ 頼りになる人も近くに居ない、それなのに毎日ハードな練習は身体が限界だと叫んでもなお続けられる。
もう無理だ、とか
もう限界だ、とか
そんなのを言うわけでもなく、ただ一生懸命で。
いつも隅の方で大きな身体をちょこんと縮こまらせ、目を丸くして周りを観察していた彼のことが俺はいつも気掛かりだった。
「疲れたなー!」
「………」
「疲れた?」
「……イイエ」
「疲れただろ!疲れたって言え!」
顔の半分くらいある瞳をいっぱいに見開き、彼は俺を不思議そうに見つめた。
そして少しだけ口を開けて、
「……つか、れた」
「だろ?じゃあ美味いもの食べて、楽しい話して、早く寝るぞ!」
「…………」
「分かった!?」
「っ?!…ゎ…わか…りました」
「よしよしよーし」
俺はジュンのことが気掛かりだった。
初めの頃は一人で居るシーンをよく見かけて、俺はその度に彼に近寄っていって色んな話をした。
次第に心を開いてくれるようになり、いつのまにかグループにも溶け込んでいたし、彼の人懐っこい人柄が馴染んだのはこの頃からだったと思う。
一番なにを考えているのか分からなかったし、
一番色んなことを我慢してそうだったし、
一番綺麗な顔だったし
一番可愛い声だったし
一番不思議な子だった。
とにかく、俺は彼のことが気掛かりだった。
「ジョンハニヒョン!」
「うん?」
「疲れたでしょ?」
「大丈夫」
「疲れてるよ!疲れたはずだよ、疲れてるよね?」
「………」
「美味しいもの食べて楽しい話を沢山して、早く寝ようね」
「………おまえ、おっきくなったなぁ」
「え??」
いつのまにか、彼はとても大きくなった。
身体も勿論なんだけど、それよりも精神力や感情表現や心の中身の面で。
俺はそれが素直に嬉しくて、でももう俺が気を掛けなくても、一人でも、大丈夫なんだなって思うとどこか寂しいと感じる親心に似た感情もあった。
つまり俺は、
ジュンのことが特別だった。
家族全員を同じだけ愛している。勿論そうだよ。
けれどどこの親だって一人目の子供は特別可愛いって言うじゃないか。それと同じ感覚だったんだ。
弟達へ同じだけの愛を捧げていて、
でも彼にはプラスアルファの気持ちが乗っかっていた。
一人で縮こまっていたあの頃のジュンが俺の手元を離れ、今、立派に成長した姿をそばで見られて幸せだと感じる日々。
そんな毎日がいつまでも続きますように…
そんな毎日が壊れる瞬間を、
想像するだけで俺は
今まで築き上げてきたすべてが一気に崩されるような気がして、………
怖くて…仕方なかった……
◆
性欲がないわけじゃないけれど、触れ合いたいとは思わない。
イイ思い出なんてなく、それどころか思い出すだけで吐きそうになるような、所謂"トラウマ"を造られた行為だというイメージしかない。
誰相手だろうが嫌悪だ。
どれだけ美人でスタイルが良くて上手らしいと聞かされても何も感じないし、何より反応しない。
それどころか嫌悪すら感じてしまうんだから大袈裟に言ったら病気かもしれないと思う。
まぁだからといって、なんにも困ってはいないから、いいんだけど。
「ジュニヒョンは今までどんな美人と付き合ってきたのー!」
飲み込みかけたアルコールが喉につっかえる。
「芸能人??中国の女優さん??それとも幼なじみとか??」
「仲良い子いたよね、ほら前にライブ見に来てくれてた子」
「あー!めちゃくちゃ綺麗な子でしょ、子役時代からの知り合いって言ってたっけ?」
気になるのは、親心だ。
コイツのことが気掛かりなのは昔から染み付いている厄介な癖だ。
普通の青年なんだから。
その類のことにも人並みな興味があって当たり前だろう。なにもおかしいことはない。
いつまでも俺の目が届く場所に居てくれだなんて言わないよ。
好きな人ができて、女優だか幼なじみだか知らないがいつかは誰かと一緒になってさ、立派な一人の男になるんだろうな。
そうなったら、
本当にもう、俺は必要ないね
◆
「っざけんな!!!!」
ついに、俺がずっと恐れていたことが起きた。
何があったのかは辺りを見渡せばすぐに分かった。
その瞬間押し寄せてきたのは、その行為自体に対するトラウマからやってきた吐き気。
しかも目の前に居たのは息子のように可愛がっていた彼。ただ可愛がっていたんじゃない、誰より特別に可愛くて、俺が手をかけて育てた本当に子供のような存在。
色々な思いが交叉して目眩がした。
どうして
どうしてだ…
どうして……
とても怖かった。
彼としてしまったという事実より、
まさか自分から持ちかけたんじゃないだろうか、という不安、…というかきっとそうだろうって。
そう思ったけれど認められなくて、絶対にそんなわけないって脳を信じ込ませ、俺は彼の顔を叩いた。
咄嗟に並べた酷い言葉は、全部自分へ向けたものだった。
ああ、どうして
どうして俺は…
そばで見守っていたい
お前がどんどん大きくなっていく姿を一番近くで。
それが幸せだったんだよ
嘘じゃない
誰にも嘘なんてついてない
なのに
…なんで、…俺は……
築き上げてきたものすべてを、自らの手で壊してしまったの…?
◆
どうにかしてこの"癖"を断ち切らなければ。
もうここがギリギリだ、ストップしなきゃ、じゃなきゃ本当の本当に取り返しのつかないことになる。
いや既に手遅れだけど、それでも今ならなんとか
崩れてしまったすべてを掻き集めたら、少しくらいは元どおりに組み立てられる部分があるはずだ。
ジュンのことを気に掛ける癖を治そう。
ジュンのことばかり目で追ってしまう癖を、
ジュンのことばかり考えてしまう癖を、治さないと
と、考えれば考えるほど
俺の身体は彼で染まっていく。
姿を見ると体が疼くから目を逸らした。
声を聞くと心が苦しくなるから耳を塞いだ。
距離をとっても、無理矢理避けても、全然意味なくて
この癖が治らないって言うならもう、彼のことを嫌いになってしまいたい。
どうにかして彼との距離を離したい…
ああ本当に厄介な癖だ。
こんなことなら初めから、気に掛けたりなんかしなきゃよかった。
まさか自分がここまで彼に執着しているとは。
でも一番厄介なのはさ、
アイツのことが気になってしまうこの気持ちは、
いつのまにか俺自身が、自ら作り出していた感情で
"昔からの癖"なんてのはそれを隠す為の言い訳でしかなかったって
気付けなかったことかな
あぁいや…
本当は気付いていたのに
目も耳も塞いで、「見たくない」と顔を背けていたんだ
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