「へー」
どんな反応をされるかコイツだけは読めそうで読めなかった。
えぇ…クプス…本気?ってちょっと引かれるか
嘘、そうなの!?って普通に驚かれるか
あぁやっぱりね〜って頷かれるか
まぁ一番最初のはないだろう。もしそう言われたらお前も似たようなもんだろって返してやれる。
二番目か、三番目か…どちらだろうか
もうとっくに気付かれてる気もするし、でも鋭いところもあれば同じくらい鈍いところもあるヤツだから…と、ソワソワしながら返答を待っていると俺の予想していた選択肢のどれとも違う反応で返ってきて、やはりコイツは分からないと思った。
「…驚かないの」
「うん別に」
「…気付いてた?」
「ぜんぜん?」
「……そっか」
「両思いなんじゃない」
「は!?」
「知らないけど」
……コイツ
べー、と舌を出した後、ケラケラケラッと腹を叩きながら笑いだした悪魔を俺はじっとりと睨みつける。
「仕返しだろ…」
「やだなぁ、お返しだよ」
勝ち誇った顔で脚を組み直したジョンハンは、空気を変えるように咳払いをして不貞ている俺を見据えた。
「望みはあるんじゃないの?」
「…もういいって」
「いやいや本当に。これは真面目」
「……ないよ」
「だってまったく未知の世界な話じゃないじゃん。ほら俺とジュニのおかげで」
いやお前らは特例じゃん
異例中の異例だからな、なんだその顔は
「俺は勝ち組」みたいな顔しやがって
…ていうか、
「俺はなぁ!」
「なに」
お前らがこうなったからとかじゃなくて
ジョンハンもジュンも関係ない、お前らがどうとかは全然関係なくて
「俺、は…」
「なに」
その前からずっと、
お前らがどうこうなる前からずーーっと、
「好きだったの!!」
「…ごめんね、俺付き合ってる人いるから」
「お前に言ってないわ!!」
「言われた」
「あぁもうーー…」
「本人に言いなよ」
「……言えるか馬鹿」
たしかにキッカケにはなったかもしれない
抱いていた感情を伝えたい、と思うキッカケに。
別にこのままでいいと本気で思ってたし、伝えようとは思っていなかったけど
コイツらのことがあってから少しだけ、ほんの少しだけ考えるようになった。
死ぬまで隠し通そうと決めたこの気持ちを
彼に…ジョシュアに、伝えたい
そんなことを思ってしまうようになったんだ
もうずっと昔からだ
いつからと聞かれても教えられないくらいいつのまにか、そして当たり前にあった感情だった。
何人も居る練習生の一人
大切なメンバーの一人
なんでも話せる友人の一人
信頼する家族の一人
だったはずだ。
メンバーの中で誰のことが特別好きかとかそんなのは本当になくて
強いて言うならコイツとは中でも気が合う方なのかもとかコイツには何故かなんでも話せてしまうんだよなーとか、その程度のほんの少しの差だったと思う。
あっちがどう思っていたかは知らないけど少なくとも俺はそうだった。
ただ単に同い年だからっていうのか
性格が似てんのか、会話の波長が同じなのか
もう一人の同級生が俺と真逆のヤツだったからか
まぁどうしてか俺はジョシュアと過ごしている空気感が妙に落ち着いて、とても好きだった。
今思えばその時からアイツのことだけを…なんだろう、なんていうか、違う目で見てしまっていたような気もする。
それがどういう目なのかと聞かれてもハッキリ答えられないくらい、自分でも自分が謎なんだけど…
でも俺はすぐに
自分の心の扉に頑丈な鍵をかけて閉めた。
この気持ちは絶対に、絶対にバレないようにしないと…と何故か強くそう思ったんだ。
もしもこの謎の気持ちがアイツにバレたら
もうメンバーとしても友達としても、接してくれなくなる気がして。
それくらい、気味の悪い感情な気がして。
あの頃は、それが「好き」という感情だとは思っていなかったしそんなことあるわけがなかった。
俺は別に男好きじゃない。普通に女の子が可愛いし、今は彼女を作る時間がないだけでいずれは誰か優しい女性と一緒になってお婆ちゃんを安心させてあげるんだ。
本当に本心だったし心の底からそう思っていたのに
いつのまにか自分の心にそう言い聞かせるようになっていって
最近ではその言い聞かせも無視して勝手な気持ちが暴れている
俺はそんな自分が怖かった。
◇
「…お前いつまで居るの」
「今日はここで寝る」
「いや帰れよ自分とこ」
「だってディノが」
「しょうもないことで喧嘩すんなって」
「しょうもなくない」
ジョシュアが俺の部屋に来るのは珍しいことじゃない。
ペットボトル片手にズカズカと入ってきて、だいたい何かに対する愚痴をぽろぽろと独り言のように零している。
それがメンバーなこともあればマネージャーや会社へのこともあるし、家族と喧嘩した時もあれば、さっき食べたピザが全然美味しくなかったんだけどって時もあった。
基本的に愚痴を零すタイプではないイメージを持たれている彼は、弟たちの前ではやはり言えないらしく
言いたいことが溜まれば決まって俺のところへやってくる。
「かーえーれ」
「いいじゃん、ひとつ余ってるんだから」
もともと二人用の部屋を今は俺一人で使用していて、たしかにベッドはひとつ使われていないけれど
コイツと二人きりの空間で"シュアの思うクプス"を演じられるのには限りがあった。
そしてそのタイムリミットは、昔に比べて
最近更に短くなったような気がする。
「駄目、ディノが心配するよ」
「しないよ、きっともう寝てるね」
「シュア。帰れ」
「なに、俺が居たら休まんない?」
「そうじゃなくて」
…いや、そうなんです
お前が隣で寝てたら今の俺は多分、朝まで一睡もできない
でも休まらないから嫌だと言っているわけじゃなくて
お前の前でお前の知らない俺になっちゃったらどうしようって
そっちのが怖くて、嫌なんだよ
「今日の喧嘩は今日のうちに終わらせるんだよ」
「…スンチョルなら分かってくれると思ったのに」
「分かるよ?」
「俺の味方になってくれると思ったのに」
「お前の味方だよ」
「俺が悪いって言った」
「ディノの味方でもあるから」
「………」
「小っちゃいことで腹立てないの。マンネなんだぞー」
分かった?と聞くと、彼は無言で頷き、分かってなさそうな顔でベッドから起き上がった。
この不貞ぶてしい顔を弟たちに見せてやりたい
でもジョシュアのこういう人間的な部分というのは彼の魅力の一つだとも思っていて、とても好きなところでもある。
口を尖らせたまま部屋を出て行こうとする彼の肩に両手を乗せ、俺は背中を押した。
些細なことなら尚更そのままにしておかない方がいい、ちゃんと出来るよ、シュアなら大丈夫、と。
「お前ペットボトルは?」
「ああもう要らないから飲んじゃって」
「エ」
「おやすみ。スンチョル」
彼が何気なく言った言葉に戸惑ってしばらく思考が停止し、慌てて「おやすみ…っ」と返した時にはもう彼は居なくなっていた。
大きな溜息を引きつれながら摺り足でベッドまで近付き、さっきまでアイツが寝転がっていた方のシーツのシワを軽く直す。
「………」
微かに香ってくる彼の匂いに心臓が収縮する。
サイドに置かれたままのペットボトルにはまだ中身が半分ほど残っていて、いつもなら飲み干してしまうだろう、彼にさっき言われたように。
けれど、
…なんだか知らないけど気が引けた。
最近の俺はおかしい
うまく言えないけど、なんかおかしい。なんか、妙に意識してしまっている。アイツのことを。
特別な感情に気付いたのはかなり前だけど、でもそれからずっと鍵をかけたままにしていたから日常生活には支障なかった。
最近だ、支障が出てきはじめたのは。
そして多分その理由は
近くで似たようなヤツらを見かけたから。
解き放った感情をぶつけ合って、結果幸せになったヤツらがそばに居たから。
だから
俺も、閉じ込めていた感情を解き放ちたい、なんて
感情をぶつけ合いたい、なんて
思ってしまうんだと思う。
「…いやいや」
駄目だよ
な、分かるだろ?分かってるよな?
自分の気持ちを曝け出すのは間違いだ。
こんな気持ちを抱いている時点で大間違いなのに、それを伝えたいだなんて、そんなの…
俺が間違えたら皆んなも間違える
グループ内で起きた問題は俺が解決をしないといけない
誰かが間違えた時は俺が引き戻してやらないといけない
だから俺はいつどんな時も間違えちゃいけない
「分かってるよ」
分かってるから
今までずっと蓋をしてきたんじゃないか
◇
会社との会議は仕事の中で一番体力を使う。
求められることと、やりたいことがどうしても違うときがあって、そのどちらの意見も分かるからこそ辛い。
"自主制作"というのは良いところばかりじゃない。
むしろ試練の方が多いのかもしれない。
会社だってそこを評価してくれているのに、それでも俺たちが思う意見とは真逆の方針に従えという指示は次々に飛んでくるし、俺たちは自由なようで不自由だった。
いや…そもそも会社に属している以上それが当たり前なんだろう。上が決めたことに従うのが当たり前なんだろうけど。
そう考えれば俺たちは自由にさせてもらっている方か…ここまで守ってきてくれた会社には感謝しかないし……
はぁ……
分かっている
それも、全部。
幾度となく話し合ってきた人達が相手でも、やはり会議の時は終始緊張感に溢れている。
深く頭を下げて挨拶をし、俺は会議室を後にした。
「……ぁーーーぁぁぁ…」
本当は、「あーーーっ!!」ってデカい声で叫びたい気持ちを抑えて、呻き声のように低く長い声でストレスを吐き出す。
…あぁ疲れた
はやく皆んなに会いたい
「…もー寝てるかなー」
会社を出てすぐの時計台を見上げると、いつのまにかもう日が回っていて、皆んなに会うのは夜が明けてからになりそうだなぁ…と寂しくなった。
毎日一緒に居て会わない日はないのに
いつだってそばに居てくれるのに
なんなら会議の前まで皆んなで飯を食べていたのにな…
言ってしまえば俺たちは他人同士で
そんな他人たちが13人も集まって毎日のように一緒に生活をしている。
仕事もプライベートもずっとだ。誰とよりも長い時間。
それでもやっぱり"寂しい"と感じてしまうのは、単に俺が寂しがりやだからってだけじゃないと思う。
居るのが当たり前だから、少しでも離れたら寂しい。
誰一人かけてはいけない
これから先もずっと一緒だ。
そう思うと俺は頑張れる…
アイツらが居てくれれば、俺はどんなことだって乗り越えられる。
俺たちは、家族だから。
「おかえり」
「……ただいま」
「遅かったね」
「どした?」
「お疲れさま」
「お疲れ。シュア、なんかあったの?」
「アイス買ってきたから食べなよ」
「……」
二度も聞いた質問に答える気がなさそうだったから
俺は書類の沢山入った鞄を下ろし、寝そべったまま外方をむいている彼目掛けて枕を投げた。
「!?」
「自分の部屋戻れ」
「喧嘩したんじゃないよ。スンチョルに会いに来た」
「……なんでだよ」
「理由必要?」
「………」
理由なんて要らないよ俺は。お前、理由ないのに会いに来てくれたの?
ああ無理やばい…寂しかったから余計かもしれない
普段とどめているモノが溢れそうになる
気持ちが…パンクしそう……
「っ?!」
「はい命中ー」
パンクしそう、だったが
コイツが俺に向かって物凄い威力で投げ返してきた枕が頭にヒットして、揺らいでいた感情も一緒に吹き飛ばされた。
「おまっ…加減を考えろよ加減を!!」
「そっちが先に投げてきたんでしょ」
「俺めっちゃ優しかったじゃん?!ぽんって投げただけじゃん!」
「俺だって今の本気じゃない」
「筋トレすんなお前はもう。筋トレ禁止です」
床に落ちた枕を拾い上げ、ベッドの上に戻す。
それを横目で、ジィ。と見つめる彼はもう一つのベッドに寝転がったまま起き上がる気配はない。
もう風呂も済ませた様子だったし今日は意地でも帰らないという感じだったから、俺は半ば諦めていた。
まぁ今日は散々気を張っていた分疲れているし
コイツが居たってすぐに眠りにつけるはずだ。
うん、大丈夫大丈夫…
「どうだった?会議」
「……」
うつ伏せのまま、折りたたんだ両腕に頭を乗せて俺を見上げる顔は、どこか不安そうに見えた。
「特に何も言われなかったよ、大丈夫」
「……」
そう伝えてもまだ心配しているようだったから、俺はその心配をかき消すように彼の頭を撫でた。
「風呂行ってくるから寝てろ」
「ここで寝ていいの」
「今から帰ったらディノが起きちゃうよ」
「…ねぇ」
かけられた声に気付かないフリをして浴室に向かう。
「ねぇってば」
さっきよりも大きな声は、聞こえなかったと言うには無理がありすぎて、俺はその場に立ち止まった。
なに?と振り返れば、いつのまにか身体を起こしていた彼の視線が 真っ直ぐに俺を捉える。
「………」
「…………」
その瞳に、俺の作り笑いは崩されていく
「大丈夫?」
「大丈夫だよ?」
「スンチョル。一人で考えないでよ」
「…うん、ありがとな。そうだな」
少しの隙間を見つけたら、彼は平気で俺の心の中に入ってくる。
それが嬉しいような、恐ろしいような
どちらとも言えない。
人の顔色をよく伺っているし
人の気持ちに敏感なヤツだと思う
出会った頃から近くに居た俺やジョンハンのことは特によく分かっているんだろう。
それにしたって一応リーダーとしては、メンバーに心配をかけたくないとか、不安がらせたくないとか思うわけで、それはジョシュアに対してもジョンハンに対しても同じように。
「風呂、行ってくるな」
「行ってらっしゃい」
「…」
「先に寝てるね」
「おー」
「おやすみ」
「おやすみー」
けれどその思いで繕った俺の強がりも作り笑いも、
今のようにあっという間に暴かれてしまうんだから情けないもんだ…
結局俺はいつだって助けられてしまう
皆んなにはなんの不安も抱えずに伸び伸びと毎日を過ごさせてやりたいのに
たった一人の好きな人の不安さえどうしてやることもできない、それどころか逆に気遣われて…
情けない
情けないよ
「…しっかりしないと」
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