my angle


かなわなくても3




"そのとき"は突然にやってきた。


朝早くに目が覚めて、いつもならもう少し寝ていようと布団に潜りなおすのに今朝はなんだか頭が冴えていた。
起き上がり洗面所へ向かった俺は頭から冷水をかぶる。


「………」


蛇口から出る水の音と自分の鼓動が交じって鼓膜に響く。
ジャーーーーーーという音と、ドクドクドクドクという音。


「……好きだ」


やっぱり俺、お前のことが好きみたいだ
どんな顔をして驚いて、なんて言うのか
気持ち悪いって思うだろうし、戸惑わせることも分かっているけれど伝えたい

そのときは気付いていなかったけれど、多分感情を堰き止めていた心がついにパンクしたんだと思う。
溢れ出る感情が止まらなかったし、彼を好きな気持ちがどんどん滲みていって、脳が指令を出すより先に身体が彼を求めて勝手に動いた。


ジョシュアの部屋へ向かう途中も頭の中は空っぽだった。どんな言葉で伝えようとか告白の台詞を考えたりするべきだったんだろうけど本当に真っ白だった。
大袈裟に言ったら俺あのとき意識なかったもん…

ただ彼に会いたくて
彼に好きだと言いたくて
真っ直ぐに彼の元へと向かった

最後の角を曲がって部屋の扉が視界に入って急く気持ちが大きくなる


「……っぇ」


手を伸ばしかけた扉がカチャリとひとりでに開いて俺は驚いた。
そしてその中から出てきた求めていた人の存在を見てさらに胸が高鳴る。


「おはよう」


彼は柔らかそうなタオルで顔を押さえながら、いつものように挨拶をしてくれた。


「…おはよう、ございます」

「……」

「……」

「え?なになに?」


なんだっけ、なにしにきたんだっけ、エ!?
いや告白…っ、えっと、ああなんて言うんだっけ、普通は、ああ、せめて台詞だけでも考えておけばよかった

なんなんだよって少しくらい顔を顰(しか)めてもおかしくないのに、穏やかな顔で俺の言葉を待ってくれている彼の優しさが有難かったけど、余計に自分が情けなくなる。

落ち着け…落ち着けよ大丈夫だ
伝えたかったんだろ
伝えたかったからここへ来たんだろう


「…シュア」

「う、うん…」


普段と違う俺の真剣な声に、彼の声も動揺した


「おれ、」

「うん…」

「お前のこと、好きなのかも」

「………」

「…」

「…………ハ?」


マジで訳が分かっていない様子で、いやそりゃそうだよな、俺がそういう顔をさせたんだけど…そうなんだけどそれにしても
眉間を歪ませ目と口をぽかんと開けて俺を見つめるその顔が、あまりに可愛くて…ああそう、本当にウサギのようで つい笑いそうになってしまった。
このまましばらく眺めていたいと思ってしまう…告白の最中だというのに


「……なんて言ったの?」

「俺、お前のこと好きだ」


もう一度、今度はさっきよりも強くハッキリとした声で伝える。
パシパシと瞼を瞬かせる彼に、俺は更に言葉を重ねた。


「付き合って欲しい」

「…」

「俺の恋人になって欲しい」

「……ぁ……ぇー……ん…?」


俺の口から次々と生まれる予想外の言葉に、彼は分かりやすく動揺していた。
きゅ、と上がった唇の端をぴくぴくと痙攣させ、その乾いた唇を噛んだまま俺を凝視する。
何言ってんだコイツ。そんな目に見えた。いや仰るとおりで…本当、何言ってんだオレ。なんだけど


でもなシュア

俺、中途半端な気持ちでこんなこと言ってないから
それだけは本当だから、だからこの気持ちを疑うことだけはしないで欲しい

信じて欲しい
俺ずっとお前のこと好きだったんだよ

信じたくないだろうけど
どうか伝わってくれって、そう思う


「……俺もクプスのこと愛してるよ、みんなのことを愛してる」

「…うん」

「…だって家族でしょ?俺たち」


うん……

そうだよなぁ


「ごめん」


分かってるんだよ…分かってたんだよ全部
俺が間違っていることも、こんなの普通じゃないってことも、この気持ちを伝えたときのお前の表情もその台詞も全部、分かってた
それでも伝えたかったんだ…

危うく涙が落ちそうになって俺は咄嗟に顔を背けた。


「ごめん、忘れて!!」


けれど彼は離れていこうとした俺の腕を掴み、真剣な眼差しで、おそらく充血している俺の情けない瞳を見つめる。


「いや無理だよね普通に」


そうですよね


「…やー、違うんだよ…言うつもりはなかったんだけどね…苦しくて、さ」

「…ごめんね、俺も訳が分かってないんだけど…ストレートに聞いてもいいかな」

「…おー」

「付き合ってってことは、そういう目で見てるってこと?」

「ストレートに返事させてもらうな」

「俺のこと。」

「そうです」

「ワァーーーォ」

「…ヤバイよなぁぁーーー」


Oh …my god…彼はそう言って頭を抱えた。漫画の一コマみたいな絵に描いたような項垂れ方で。
俺も同じように唸りながらいつものように彼に抱きついた。


「…まぁ、すぐには無理だけどさ、諦めるから俺…努力します」

「…」

「シュアに迷惑かかんないように、」


じんわりと浮かんだ涙を掻き消すようにシュアの胸に顔を擦り付ける。
こんなのも別に無意識にいつもしていたことで今も無意識にそうしてしまったんだけど、スキンシップを当たり前のように受け入れてくれていた彼の身体がいつもとは違って、なんだか少し強張っているように感じた。


「…なれて」

「え」

「は、…離…れ、て……」


途切れ途切れだがハッキリと意志が聞こえて、そう、彼からの拒否の意思がハッキリと。


「おねがいだから」


俺はハッと我にかえった
勢いに任せて突っ切ってしまったがコイツは今俺に告白されたんだ

ずっと友人だと、家族だと思っていた男に告白されて、そんな奴に抱きつかれて…気持ち悪いし、嫌な気分に決まっている。

もう今まで通りの関係には戻れない
ただのメンバー同士のスキンシップだとは見なされない
受け入れてもらえない
俺がそうしたんだ


「ごめんな…」

「……」

「………」

「…………」

「あっ…朝ごはん、食べに行こう!」


黙ったまま、きっと自分を責めているんだと思ったから
きっとシュアは俺の気持ちに応えられない自分のことを責めているんだと思ったから
俺はこの沈黙をどうにかして遮りたかった。

そんなのは違う、そうじゃない
お前はなにも悪くなくて
俺が一人で勝手に生み出してしまった感情で
勝手に生み出したくせに一人で処理しきれなくて
どうなるのか全部分かっていながら、それでも…って
伝えることを選んでしまったんだ

お前は悪くない
なにも…
俺が、俺が……


「………」


こくん。と頷いた後、「先に行ってて」と静かに呟かれ俺は言われた通り先に食堂へ向かった。

本当はそう言われても残った方が良かったのかもしれない。
「いや、ちゃんと話そう」って言って
曖昧なまま終わらせない方が良かったのかもしれない。

けれど出来なかった

ジョシュアにとって今の俺は、今までの俺じゃない

彼から初めて感じた『拒否』
彼から初めて感じた『警戒』

今の俺が彼にどんな言葉をかけてもなんにもならない。
距離が更に遠くなっていくような気がして俺は逃げてしまった。


「………ぅーーー…」


分かっていた…けど


分かっていたつもりだったけど


こんなにも痛いのか


愛する人を傷つけてしまうことがこんなにも苦しいことだなんて


ジョシュアを傷つけることだけはするなよって
そう言ったじゃん俺


「……………」


なんで
なんで傷つけてんだよ


泣く資格もないよ


泣きたいのはお前の方だよなぁ…シュア


「……ごめん……な…」





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