思ったよりも、"俺の知らない俺"は厄介だった。
自分で抑えきれないくせに感情を暴れさせるし、するなと言ったことはするし、その結果落ち込んで、挙句まだしつこく好きだと思い続けているらしい。
厄介すぎる
俺嫌いだよーこんなヤツ…
早く俺の中から出てってくれよ
「気合入れろ…頑張れ俺…」
プライベートで何があろうが、どれだけ落ち込んでいようが仕事は待ってくれない。会議はいつも通り行われる。
私情を引き連れて会社に行くのだけは避けたくて、俺は前日の夜から貰っていた資料を1から読み直し、自分たちの考えをもう一度まとめ直して、伝えるべきことを声に出して何度も何度も読み上げた。
脳内を仕事でいっぱいにした。
でないとうっかりシュアシュア言ってしまいそうだったから
「お疲れ様です」
会議室はいつもの空気で、独特の緊張感のせいで身体は強張るし別に昨夜徹夜しなくても私情を挟む余裕なんてなかったな…と終わった後にはそう思った。
頭も体ももうとっくに限界だった。
誰かのせいにしたいけど自分のせいでしかなくて、俺はこのどこにもやれないストレスをどうしていいか分からなかった。
何したらいいんだろう
買い物?カラオケ?なんかちょっといつもより豪華なご飯でも食べて帰ろうかな
一人で。
……一人で、か。
買い物もカラオケも食事も、一人じゃ楽しくないよな…
結局そう思うとどこにも行けなくて俺はまっすぐ彼等の元へと帰る道を歩き進める。
帰り道に見つけたコーヒーショップはまだ開いているようで、入り口を覗いてみると店員さんが中からニコリと微笑みかけてくれた。
その微笑みに安心して中へ入り、ずらりと並んだメニューを上から順番に読んでいく。
「何か無性に甘いものが飲みたい気分で…」
「でしたら、こちらのキャラメルラテやベビーチーノ、冷たいものならチョコフラッペもお勧めですよ」
「あぁー…じゃあ、」
……お詫びにってなんか買って帰ろうかな
嫌がるだろうか?
でもいつまでもこんな状態でいるわけにもいかないし、近付かれたくはないだろうがこちらから近付かないと向こうからは来ないだろうしな…
「お客様?」
「…ぇ…あ!えっと…チョ、チョコフラッペで」
「かしこまりました。ご一緒にお食事はいかがですか?」
「何かお勧めがありますか?甘いの…」
「ストロベリーマフィンやブラウニーが人気ですよ。ピーカンパイもこの辺りでは珍しいのでお勧めです」
「ピーカンパイ?」
「アメリカの伝統的なお菓子です。ピーカンナッツをふんだんに使った甘いパイですね」
「……美味しいですか」
「とっても」
◇
「ピーカンパイって知ってるか?」
「……いきなり何」
ついさっき知ったばかりなくせに俺は知ったげにジョシュアに言って見せた。
悩んだ挙句、あのお姉さんが勧めてくれたピーカンパイとやらを二つ頼んで持って帰ってきた俺は、30分程携帯と睨めっこをした後ようやく決心を決め彼に電話をかけた。
渡したいものがあるから部屋に来てくれ、と。
「な、なんかアメリカのお菓子らしいよ」
「へぇ」
「これ!お前のも買ってきた」
「…あぁ、ペカンパイね」
「ぺかん?ピーカンじゃないの?」
「いやピーカンとも言う。でもペカンナッツの方が聞き馴染みあったから分かんなかった、ごめん」
「や別に謝ることじゃないよ…俺こそごめん」
「いやそっちこそ謝ることじゃないよ」
「………」
「……」
そして沈黙……
深く考えずにいつも通り接した方が相手も楽だろうとそう思って"シュアの思うクプス"の演技をしようと意気込んでいたのに駄目だ。
もはやコイツの前で今までどんな風にしていたか分かんなくなっちゃったし…
「…好きか?」
「は」
「このお菓子、好きだった?」
「……あぁ…うん」
「…そうかそうか、よかった買ってきて」
「好きだよ」
「………」
……心臓が、きゅう…と音をたてて締めつけられる
俺が求めても求めても一生貰えない言葉が今彼の声で聞けた…もうそれだけでこのペカンパイとあのコーヒーショップのお姉さんにはなんとお礼を言ったらいいか分からない。
「じゃあコレ、持って帰れ」
「…ディノのがないと喧嘩になる」
「あ、そっか…じゃあコレも」
「それクプスのじゃないの」
「俺はまたいつでも行けるし。会社の帰りにな」
「…分かった渡しとく。おやすみ」
差し出した紙袋を受け取り、彼はくるりと向きを変える。
ゆっくりとした足取りで扉まで歩いていく背中になんて声をかけたら引き止められるんだろうか…どんな言葉が妥当なの?
どうしたら拒否も警戒もされずに、彼と向き合えるのだろう……
無理矢理腕を引っ張って、その背中ごと抱き締めたらまた、俺とお前の溝はもっともっと深くなるんだよな
そんなことしたらお前は今よりもっともっと傷付くんだよな
なら俺はやっぱり
おやすみ、って言ってお前の背中をただ見送ることしかできないよ
「…引き止めてよ」
扉の前でピタリと足を止め、彼は俺に背中を向けたままそう言った。
「……え?」
「え?じゃないよ、なんで部屋に呼んだの?わざわざ。本当にこのお菓子渡すためだけ?違うよね?違うでしょ?話すことがあるんじゃないの?俺はちゃんと話しようとして、」
「………」
「…ちゃんと話しようとして、ココに来たんだよ」
「…そうだよな」
「ほったらかしにしないで」
「…ごめん」
「ごめんじゃなくて」
そんな顔させてごめんな
そんな声出させてごめんな
お前にそんな思いさせてるのが申し訳なくてたまらない…俺一人で苦しんでた時の方がよほどマシだったよ
俺は間違えてしまった
取り返しのつかない間違いを起こしてしまったんだ
もう
何度謝ってもどうにもならないけれど謝ることしかできない
「…悪かった…本当に」
「だから、」
「本当にごめん」
「ちゃんと話しようって言ってる…」
「俺がどうかしてた、お前にそんな思いさせて本当に申し訳ないって…」
「じゃなくてっ…スンチョルはどうしたいの?」
俺
俺は
俺はさ…
「今までみたいに…戻りたい」
「………」
叶うなら
「お前と馬鹿やって笑ったり、悪戯されて怒ったり、ふざけ合って遊びたい、コーヒー飲みに行ったり…したい」
「…俺のこと……好き?なんだよね…?」
「…だけど」
「だけど何?」
「お前をそんなに苦しめてるのが俺の気持ちのせいなら、こんな気持ちは必要ない」
今までみたいにお前が楽しく毎日を過ごす為には
俺のこんな気味の悪い気持ち、必要ないだろ?
お前の為だって思ったら俺なんでもできる気がするから
きっと諦められるはずだ
ジョシュアの幸せの為なら
ジョシュアへの気持ちを消し去れるはずだ
「……こんな気持ちって」
「元どおりの俺になったら、また今までみたいに仲良くしてくれるか?」
「…自分勝手過ぎだよ」
「シュア、俺お前のこと好きなのやめるから…」
「勝手だって」
「悩ませたくない…」
「もう散々悩んでるよ!」
感情を荒ぶらせる彼を見たのは、本当に久しぶりだった
「……っ…」
「…うんそうだな、ごめん」
「………」
「これ以上。これから先はもう、」
「もういいよ分かった」
「シュア待て」
「待たない」
「シュア」
「離してよっ…!」
思いっきり振り払われ、俺はデスクの上に手をついた。
無造作に置かれていた書類たちがその衝撃で床に散らばる。
「……ご、め…ん」
「いやいや…お前は何も悪くないから」
しゃがんで散らばった紙を集めていると彼の方も慌ててしゃがみ込み、拾うのを手伝ってくれた。
互いに無言のままで、俺は拾い終わった後の第一声はどれが一番ふさわしいかと頭の中で必死に考える。
気まずい空気は久しぶり過ぎて…特にコイツとなんて
なんて言って次の話題にいけばいいんだろう
でももう誤魔化せないよな、逃げられないよな…
ピタリ。
彼の動きが固まって、どうしたんだろうとその視線の先を覗き込んだ俺は背筋が凍った。
…うわぁ……最悪
昨夜見直していた書類や意見を纏めていた紙の中に混って落ちてしまった"ソレ"を見つけた彼は、ゆっくりと手を伸ばして拾い上げる。
「……コレ」
あの日アイツが俺にくれた
アイスの蓋に書かれた一言の『手紙』を俺は勿論捨てることなんてできなかった。
けれどデスクの上に置いたままにしていたことは後悔…あぁぁ、ちゃんと引き出しにしまっておけばよかった…
「…あ、いや、それー…は」
「…」
「……嬉しかったから…捨てられなくて」
本心だったが自分で言った後、いやどう言い訳してもさすがに気持ち悪いな…と思った。だってゴミだもんな普通に…なんか好きな子の使ったストロー持って帰って大事に保管してるヤツと同じ感覚って思われたらどうしよう
俺はどれだけ彼を失望させれば気が済むのよ…
「……カッとなってごめん」
「いや俺の方こそ、色々と…ごめん」
床に落ちたものを全て拾い終えた彼は、何枚もの紙をトントンと整えてからデスクの上に置いてくれた。
そしてそのアイスの蓋は一番上にちょこん。と乗せた。
「…ちょっとこの話は保留」
「…え?」
「お互い頭冷やそ。俺も、スンチョルも」
「シュア、もう俺が言ったこと忘れてくれてい…」
「俺の気が済まないから」
強い口調で捻じ伏せられ、俺は口を瞑った
「じゃあまた」
「…うん、また」
「コレ、ありがとね」
「おう」
彼はペカンパイの入った紙袋をギュッと握りしめ、俺の部屋から出ていった。
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