「お前さ」
『性欲ないの?』
そう聞こうとした。
もう本当この辺まで出かけてたんだけどなんとか飲み込んだ。
『あるよ』
って、当たり前にそう返事されたら次はなんて返すの?
『なら早く抱けよ』
って?そんなの
言える?おれ
「ん?」
気に入らない…
お前が俺のことを死ぬほど好きなのは知ってる。
そばに居てくれたらそれだけでいいんだ、なんて言いながら本当はどうにかしたいって悶々としてるんだろ?
俺のことそういう目で見てるクセに
俺に興味がないわけないクセに
なんで
なんでお前は
俺のことを好きだと言った彼は、果たして今も同じ気持ちで居てくれているのだろうか?
大きさも、種類も、あの時と同じまま
今も俺へだけの特別な感情を向けてくれているのだろうか?
なんて不安になってしまうくらいにこの関係はあやふやだった。
好きだって言ったし、恋人になってくれって言った。
触れて欲しいとか、思ったりする、とも。
俺はそういうつもりでジュンと付き合っているけれど、彼の本心は実際のところよく分からない。
「ジョンハニヒョン」
「なんだよ」
「もうすぐお誕生日だね」
メンバーが個々に出払っている隙を狙って押し掛けてきたのは彼。
押し掛けてこいと命令したのは俺。
なかなか思うように取れない二人だけの時間をどう楽しむかは二人の気持ちが同じでないと意味がない。
つまり、片方がそのつもりでももう片方がそうじゃなければ恋人同士のアレコレなんて何一つ成立しない。
俺一人がその気でも、目の前の彼がこのようにコーラを飲みながらスナック菓子をバリバリしゃくしゃく食べ続けている現状では、行為は愚かキスすらしてもらえる雰囲気ではないのだ。
「お誕生日なにか欲しいモノはある??」
「…あーー」
「みんなからのとは別にあげたいなぁ」
「嬉しい」
「うん。ふふ」
「なにニヤけてんだよ」
「嬉しがってるのが可愛いくて」
「………」
「…本当に、可愛い」
ゆっくりと瞬きをした後、細く開いた目尻を下げ、
彼は愛おしそうな瞳で俺を見下ろした。
「……見るな」
注がれるその視線を正面から受ければ流石に恥ずかしくなって、俺は紛らわすように脚を組み直す。
「…要らないよ」
「欲しいモノないの?」
「ない」
「僕が」
「…」
「僕があげられるモノ何かない?」
『僕が』と強調した言い方をするから、心の中でもやもやと浮かんでいた"欲しいモノ"が頭に過る。
自分の太腿に視線を落としたままコクンと唾を飲み込んだ。
貰いたいモノ?ジュンから貰いたいモノでしょ?
ジュンからしか、貰えない、もの、ならある。
「……してよ」
「え?」
死ぬほど嫌だ
自分から求めることは死ぬほど嫌だ。
俺の方がお前のこと好きみたいじゃん。好きで好きで仕方なくて、もっと恋人らしいこといっぱいしたいって、いつもそういうこと考えてるみたいじゃん。俺ばっかり。
「何をすればいいの?」
「考えろ」
「えぇ?」
「…おまえ、おれの恋人でしょ」
「そうだよ」
「…おれがして欲しいこと…分かんないの」
数秒続いた沈黙の間、彼がその答えに気付けたのか気付けなかったのかは知らない。
聞く前にこっちの方が耐えきれなくなって沈黙を破ってしまったから。
話を変えようと彼のコーラを奪い取り、ゴクゴクとわざと音を立てて流し込むと、キツい炭酸が一気に喉を通り抜けて咽せ込んだ。
慌てて口から離した缶の飲み口を見たら、さっきまでココに彼の唇がくっついてたのかと恥ずかしくなってくるし、もう俺もいよいよだと思う。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないっ…」
お前のせいだぞ…
自分が恋人にこんな入れ込むタイプだとは思わなかった。そもそもこんなに好きになる予定じゃなかったんだよ。
とにかく最近の俺は
自分で自分に呆れてしまうほど、彼に夢中で
自分で自分に驚いてしまうほど、彼を求めているらしかった。
◆
「ジュニヒョン…そんなTシャツどこで買うの?」
「………覚えてない」
「何これ?何がプリントされてるの」
「知らないけど可愛いかったから」
「いや可愛くないよ(笑)」
どうでもいいが何がプリントされているのか気になって
声の方に視線を向けた瞬間、彼がガバリと勢いよくそのTシャツを脱いだりするから、俺は慌てて目を逸らした。
もはや何故目を逸らしたのか、逸らした後で「…なんでだよ」と自分でつっこんだが どうしてか心臓は大きく収縮を繰り返している。
「見せて見せてー!着たい着たい!」
「うんー」
「うお〜〜やっぱデカイねジュニヒョン〜」
苛々が頭のてっぺんまで湧き上がって顔が引きつりそう。
こんな情け無い顔 勿論誰にも見せたくないから、引きつりかけた顔中の神経をジリジリと元の場所に戻していく。
メンバーにだけは妬きたくないけれど、ここ最近の自分の精神状態ではそれも免れられなかった。
別になんのこともない、ごく普通の日常。
俺の心に余裕があればなんの問題にもならない出来事であっても、少しの余裕もない今の状況ではこんな日常のワンシーンすら喧嘩の種になりかける。
喧嘩というか、俺の苛々の種に。
「ジョンハニヒョン見て〜!ジュニヒョンのTシャツ僕が着たらブカブカ…」
「変」
「へ」
「変。凄い変」
ジュンが選んだそのTシャツの柄も、ジュンのTシャツを着て笑っているその姿も、なんかもう凄い嫌…無性に貶したくなる。
『どうしてそんな目をして、そんな声で、そんな冷たい言葉を浴びせてしまうの?大人げないなぁ』
と、離れた場所から俺を客観視する大人ぶった自分も居たけど、そいつも今の俺には苛々の材料にしかならない。
作り笑顔で乗り切れないくらいに、ジュンに対する色々な感情はもう隠しきれなくなっていた。
「…頭痛い。ごめん」
「えぇっ、大丈夫?!」
「大丈夫大丈夫」
顔を伏せたまま出口の方へ歩いて行くと、扉の側に立っていたジュンは道を開けるように身体を避けた。
そして俺の機嫌が悪いのを悟った彼は、呼び止めるように「ヒョン…」と小さく呟いた。
「部屋戻る」
「大丈…」
「服着ろ、今すぐに」
そう言って睨み上げると、瞳の中の黒目がキュウゥと大きくなる。怒らせた…と不安がるようにゆらゆら揺れる瞳を見ると可哀想にもなったけど、この場所ではなんの話し合いもできない。
人一倍周りを観察していて、人一倍空気を読むのが上手な彼は、俺が苛々してることなんて一瞬で察しただろうがその理由までは分かっていないんだと思う。
まさか俺が、自分でも訳が分からなくなるくらいジュンのことばっか考えているなんて
想像もしないんだろうね、おまえは。
◆
「ジョンハニヒョン…頭痛いの治った?」
さっき着ていたTシャツと同じものを着直して彼は俺の部屋へやって来た。
「おまえ、何も分かってないね」
他の誰かが一度着たその服をまた着直して、そのまま恋人の部屋にご機嫌取りにやって来たの?
我ながらしょうもないとは思うが一応嫉妬してんだよ、俺。
…他の奴の匂い付けて俺のそばに近寄るな
「それ変だから脱げって」
「……ハイ」
今すぐ服着ろと言ったり、変だから脱げと言ってみたり、どっちなの…って俺も思う。
だが彼は素直に返事をして、言われた通りにそのTシャツを脱ぎ捨てた。
目の前に現れた彼の肉体を見つめていると、やっぱりどうしようもなく恥ずかしくなってきて俺は視線を逸らした。
「ヒョンのこと怒らせたのは僕だよね?」
切なげにそう言って俺の隣に腰掛ける。
ベッドが彼の重みの分だけ沈み、キシリと音を立てた。
「…おまえだよ」
全部。
全部お前なんだよ。
俺の中でぐちゃぐちゃと掻き混ぜられている色んなカラーの感情は、全部お前のせいなんだよ。
何かひとつだけ超能力が使えるとしたら人の心の中が見える力が欲しい。
お前が今何を考えてんのか、聞かなくても見えるんなら、こんな風に遠回りすること無さそうじゃないか。
もしかしたら
お前も同じこと思ってるのかもしれないね
「なに考えてるのか教えて?」
「…おれも教えて欲しい」
「僕は……」
「………」
「……僕は色々考えてることがある…一言じゃ言えないくらいに」
「おれは今考えてること、一言で言える」
「言って?」
「キスしたい」
「…え?」
「キスがしたい」
こうなったらいいな、とか
こうしてくれるかもしれない、とか
どうして分かってくれないんだ、とか
女が男に期待する気持ちと似たような気持ちを自分が抱いてしまっていた事実に身震いする。
そういうの面倒くさくて仕方ないって散々思っていたのになんだよ、最近の俺の頭の中こんなんばっかじゃん。
「…していいの?」
「駄目な理由ないだろ…
おまえはおれの、恋人なんだから」
「……」
「………」
肩にふんわりと添えられた片手とは対照的に、もう片方の手にはがっしりと背中を捕まえられる。
あっという間に目の前に来た彼の顔に俺は思わず身を引いた。
「……っ…」
「…嫌?」
「…や、…違う…」
下に背けた顔を覗き込むように、彼は俺の唇を塞いだ。
触れられる瞬間キュッ…と目を閉じ、数秒後に彼の香りが離れていくのを感じてゆっくり目蓋を開ける。
じんわりと残る感触と温度にドキドキして、たかが一回のキスで倒れてしまいそうだった。
その先のこと色々考えてたけど、こんなんじゃ無理かもしれないと不安になってしまう…
「駄目な理由ないって言ってくれたの…凄く嬉しかったよ」
「……だってないでしょ」
「……あはははー…」
「……だから、たまにはしようよ」
「………」
「……恋人なんだから」
「…はは…」
「……笑うな」
「………」
「……おれの気持ち分かった?」
「……うん」
恋しくて堪らなくなって、でもジュンを求めている顔を彼に見られたくなくて
骨張った男らしい鎖骨に顔を埋め込むようにして抱きついた。
大好きな匂いが自分の身体の中に流れ込んでくる感覚…
心地良すぎて、もうこのまま暫く時が止まればいいのにとさえ思う……
「っひぁ」
心地良い空間で眠りかけていた俺の神経を覚ましたのは、背中から服の中に滑り込んできた彼の大きな掌だった。
「っ…なんだよ…」
「…こういうのは、駄目?」
「…エ、ぁ…ハ…」
「嫌だ?」
弱々しい声を出して俺に縋った彼だが、その声とは裏腹にするすると背中を上っていく掌は止まる気配がなく、服を捲り上げながらあっという間に肩甲骨まで上り詰めた。
「…ちょっ、と」
「逃げないで…」
「いや…逃げないけど…っ」
だけどちょっと待ってくれ
全然そんな準備できてないから…
迫ってこようとする彼の身体を両手で必死に押し止め、少し距離を取ってはだけた服を直す。
ばっくばっく言ってる心臓を服の上から掴みながら彼を覗くと、彼は元の体勢に戻り膝を揃えて座り直していた。
「ごめんなさい…」
「…いやいやいや違う」
「僕…」
「…いや違う、ごめん。おれが悪い」
耳も尻尾もシュン…と音を立てて垂れ下がっていく彼に申し訳ない気持ちが溢れる。違うんだよ、嫌だからとかじゃ、なくて、ただ…
今の俺の身体と心臓じゃ
多分お前についていけない…
「…リベンジさせて」
「りべんじ?」
「…おれ次までに準備しとくから」
「準備?」
「……いろいろ」
「………」
「………」
「分かった」
どうしようか
望んでいたことだが本当にジュンとそういうことをするんだと考えると、考えるだけでなんかもう駄目だ。
きっと心も身体も、彼についていけない気がする。
けれど心底好きになった相手と繋がれたらどれだけ幸せなんだろうというこの気持ちは、下心でも欲まみれの感情でもなくて、興味…好奇心に似た子供のように純粋な気持ちだった。
ましてや俺のその好きな人は
もうずっと前から実の弟のように可愛がってきて、ついこの間までは家族のような存在だった人なのだ。
そんな彼と…っていう罪悪感に襲われそうなのと同じくらい
逆にその背徳感に興奮してしまっている自分もいるのが恐ろしい。
「ジョンハニヒョン、もしかして嫉妬してた?」
「は?」
「ヒョンも僕のTシャツ着たかったの?」
「………はあぁ〜〜??」
悪気もないし揶揄うつもりも勿論ないんだろう。
彼のこのキョトン顔を見れば分かったが、それでも腹が立つ…
「そうじゃないだろ」
「そうじゃないの?」
「着たくないよそんなTシャツ」
「じゃあどうして怒ったの?」
「着せるなよ」
「着せるな??」
「脱いでまで」
「……あぁ!でも着てみたいって」
「それでも渡すな!」
「…」
「…おまえの服だろ」
「……」
「……」
「そうだね」
「……」
「可愛いね、ヒョン」
は?馬鹿にしてんのか…
カチンとこめかみが鳴ったが、俺の目の前の彼はなんとも幸せそうな顔で微笑んでいて、なんかもう…溜息しか出ない……
完全にジュンのペースで
俺は彼の言動に踊らされて
彼の行動のせいで溺れてしまう。
気に食わないけど不思議と嫌ではない。
それが何故なのかはまだ解明中だ。
答えまでは程遠くて、解決できる問題なのかどうかも分からない。
よく分かんないけどあれだな
多分俺はジュンのことが
かなり本気で好きらしい
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