綺麗なものには鍵をかけて/佐久早
▼▲▼
女の子って可愛くっていつでもサラサラふわふわで、綺麗なだけの生き物じゃないなんてこともうきっと結構大多数の人が知っている。
本当は腹黒くって、女子会なんて男の人が入ったら耳を塞ぎたくなるような話や単語が飛び交って、男の下ネタより女の下ネタの方がえげつないことをバラエティーに出る女性タレントがよく暴露して、それを聞いてみんな笑うのに、いざ目の当たりにするとそんな子だったんだね、意外だわ、なんて言うのはどうしてなのか。
私はいつもそれが不思議で、不満だ。
「佐久早君って、そういう人なんだ」
意外だね、と開口一番写真を撮りたいのだとスマホカメラを向けた私にたまたま大阪へと訪れた高校時代のクラスメイトの女の子が言う。オレンジ色の照明が照らす薄いレースカーテンのみが仕切になっているこの居酒屋は毎回私が大阪に友人が来た時飲みに使うお店だ。雰囲気がいいね、料理も美味しそう、なんて口々に褒めてくれる2人への対応もそこそこにそそくさとスマホを取り出して、個室全体が映るようなアングルに構える私へ疑問が浮かぶのは当然のことだと思う。
私はその問いを聞かれる前に、彼氏が写真欲しいって言うから、と苦笑いを浮かべて如何にも困っているんだという顔をしてみせた。そうすると2人は何かを察したように笑顔を貼り付けてカメラに収まるように席に着いてくれる。ああ、やっぱり女の子って楽でいい。私は内心で笑いながら、シャッターボタンをタッチし自分も席に着いた。
意外だね、と言われたことに何を答えようか彼へのトークルームに写真をアップロードしながら考える。お店に着いたよ、と打ち込むのを忘れずに。するともう一人の子は、でも高校の時からの付き合いでしょ、と会話を進めてくれたので私はただ、そうだね、と流すことに決めた。
そして、さり気なく嫌味に感じられない程度にメニューを取上げる。このお店の勝手を知っているのは私だけなのでいつも通り興味もそそられない期間限定のメニューだけテーブルの脚に備え付けられたメニューボックスにしまった。まだ高校時代の話を続けている彼女達の目線に入るよう、ドリンクメニューを見やすい位置に置く。
「もう何年?そういえば結婚したんだよね?おめでとう」
「ありがとう、えっとねー……17歳からだから7年くらいかな。よく覚えてないけど」
「長っ……よく飽きないね。あ、私ビール」
「じゃあ私もビール!……17って、何してた?部活?」
2人がかつての生活を懐古するように話し始めたので私は自分の近くまで寄せていたタブレットで生ビール2つと自分の分のノンアルコールビールを注文した。その手元を目敏く見ていた子は、飲まないの?まさか、と期待半分疑い半分のような顔で聞いてくるので首を横に振る。ビールだけ飲めないから雰囲気だけでも、2杯目からはお酒を飲むねと答えるとどこか安心したように息を吐くので私は笑ってみせた。
続けて料理は適当に頼むね、と言うと任せると言うように親指を立てられる。
こういう役割を担うことに、別に不満はない。お酒が入れば大抵の人は気が大きくなって、金勘定もザルになる。後日文句を言われない程度に酒の肴になりそうで、かつ、女性が好みそうなものを選べばいいだけ。たまにそんな女子女子したの食べないよ、と笑われることもあるけどそういう時は私が食べたくて、と言えばみんな笑ってくれる。
彼女たちはそれぞれに最近の仕事の話や彼氏の話、買い物の話とクルクルと調子のいい風車みたいに話題を回す。ただ全てに共通していたのは、どこかしこにも私ってすごいでしょ、と言う要素を含んでいることだ。大きなプロジェクトを任された、休みがない、彼氏に会えないけどこの間のデートではこんなサプライズをされて、こんな高価なものをプレゼントしてもらった、とりあえず流行りに乗っておこうってこのブランドのバッグを買ってみたなど。
専業主婦の真似事をして、一日の殆どを家で過ごす私は特に話すこともないのでただただそれを聞いて、時々飲み物はどうする、なにか料理頼もうか、と挟むだけ。
「んで、佐久早の話に戻るけど」
「急に呼び捨て」
「良いじゃん、本人いないし。どうなの?大丈夫?重たいんじゃない?」
アルコールでほんのりと赤らんだ頬ととろんとした瞳で私を指さす子に、曖昧に笑い返した。すると彼女たちはやっぱり何かを察したように目を合わせ、昔高校時代まことしやかに囁かれていた佐久早聖臣メンヘラ説を話し始める。
女子とさえ話すことを許さないだとか、男子と話したものなら次の日その男子が学校を休むだとか、先生でもOKな人とNGな人がいるだとか。私はそれを笑い、聞くことに徹した。ここで変に口を挟めば、場の雰囲気が凍るからだ。
あとなんだっけ?と言う疑問に、もう一人の子がジャージ!とひときわ大きな声を上げる。佐久早ジャージ事件。私がジャージを忘れ、聖臣くんを捕まえることが叶わず仕方ないと諦めたその時に古森くんが貸してくれた。そしてそれを見た聖臣くんが未だかつて無いくらいに怒り、不機嫌MAX、部活中執拗に古森くんへスパイクを打つという一連の流れを時折嫌な顔をし、有り得ないと否定交じりに思い出しつつ話すその子。
そんなこともあったな、と思ったけれど、当時、聖臣くんはそのことに対して古森くんに怒ってはない。私が訪ねてきた時にいなかった自分に対して怒っていただけで、部活中も執拗に古森くんを狙ったのは守備強化のためであった。だけれど切るべきカードはそこではないし、折角温まっている場の雰囲気に水を指すような、そんな野暮なことを口にする必要は無い。
「あったね……」
「最近は?どうなの?」
次の、それこそ私のいない女子会でのネタを求めているのか2人は目を輝かせて私を見つめる。それに気付かないふりをして、最近は落ち着いたよ、と笑ってみせる。勿論、ふたりが納得なんてするはずがないのは分かって。
案の定2人は私が頼んだ料理に手を伸ばしながら、落ち着いたなら写真なんて要求しないでしょ、と私の口を割ろうとちくちく言葉の針を指してくる。
でもさ、ともう一人の子がハイボールのジョッキに口をつけ、並々に入れられた氷を見つめて呟く。それって、信用ないってことじゃない?
ザワザワと人の多くなってきた居酒屋の喧騒が個室に響く。その発言を聞いて一瞬時が止まった。
未だに料理に手を伸ばしていた子が、軽く肩を震わせて、それから、咎めるようにちょっと飲み過ぎじゃない?と苦笑する。飲み過ぎ、ってなんて都合がいい言葉なんだろう。こういう飲み会での行き過ぎた発言も行動も全部、飲み過ぎという言葉で済ませられるんだから。そう思いながら私もレモンサワーを飲みこむ。そして暫くグラスの縁へ唇をつけたままにした。
そうでもしないと、溢れ出る笑顔が隠せなかった。そんな私に流石にヤバい、とヒンヤリとした空気が漂い、2人は大丈夫?水いる?とこのお店に入って初めて私に対して気遣いを見せる。
それに大丈夫、と断りを入れて、そして俯く。
そうなんだよね、信用ないのかな、と声を震わせて呟くと、なにかあったの?と先程もう一人の子を窘めた子の綺麗なネイルを施した手が私の肩に触れた。細くて冷たい手。
聖臣くんとは違う。聖臣くんのあの暖かくて大きな手のひらを思い浮かべて、私はやっと自分のカードを切るのだ。
聖臣くんは働かせてくれない、ずっと家にいて欲しいと言う。私だって外で働きたいのに。聖臣くんへあげるものくらい自分のお金でプレゼントしたいのに、彼は自分の稼いだお金は全部使っていいと言う。料理も無理する必要はない。面倒だったらいつでもサボっていいって言われる。でも私は聖臣くんに手料理を食べて欲しい。本当は私なんてダメな妻だと思われてるんじゃないか。
私はぽつりぽつりと、本当にこんなことで悩んでるんだとつぶやくように話す。
すると彼女たちは、大丈夫だよ、愛されてるだけ、と勝手に私に同情して慰めてくれるのだ。
そんな2人へと畳み掛けるように、連絡も1時間途切れさせるとすぐに電話がかかってくるの、と話すと、それは心配してる証拠じゃないか、と私の背中を撫でる。その力加減があまりに生優しくて、擽ったくて、笑みが毀れた。
優しいね。ありがとう。そう言いながら落ち着かせるために一口レモンサワーを含んで、さも今気づいたかのように、スマホに目を向ける。前回入れたメッセージから、恐らく1時間半ほどは経過しているし、今日の練習はもう終わってるはずだ。そう考えているとバイブレーションと共に光るスマホの液晶にこの場全員の視線が向かう。
私は息を呑む振りをして、私を含む6つの目が液晶に浮かぶ『佐久早聖臣』という文字を視認したのを確認してから、スマホを持ち上げた。
1度だけ鼻を啜って、ごめん、と断りを入れて座席を立つ。ガヤガヤと賑わいを見せる店内の音に紛れて、2人が大丈夫かな、と相談し合う声が私の背中に刺さってきた。本当に、女の子って楽でいい。改めてそう思いながら、店内でも比較的静かな手洗い場、且つ私のいた席から覗き込めば見えるような位置で画面に向き直る。もしもし、とスマホを耳に当てると、大丈夫?と彼の気遣うような声が聞こえた。
『ふふ、大丈夫だよ。ごめんね、楽しくって連絡忘れちゃった』
『……なら、いいけど。いつもの店だよね?これ』
『そうそう。今日はね、レモンサワー飲んでる』
『……聞いてないし』
『聞きたいかと思ったの』
無事ならいい、23時に迎えに行くから。ぶっきらぼうにそう言うと聖臣くんは私の返事も聞かずに通話を切った。もう少し話してくれてもいいのに。そう思いつつ、私はスマホを耳に当てたまま座席からは見えない位置へ移動する。これも勿論、態とだし、演出のひとつだ。
たまにしか来ない大阪で、こんなことに巻き込んでごめんね。でも、私知ってるんだ。あなた達が高校の時、聖臣くんのこと好きだったこと。今でも私のいない所で、なんで結婚したのか、とか、離婚したら次行こうかな、なんて聖臣くんの前では口が裂けても言えないようなことを軽々しく話していること。
私は、友達こそ少ないけれど、別にいないわけじゃないし、毎回毎回こんな風に面倒な小細工をしているわけじゃない。今回のような集まりの時だけだ。そろそろいいかな、と手を洗い僅かに目尻を弄る。アルコールも良い感じに仕事をしてくれて、瞼が少し重たげになっているのも大切な演出だ。
少しうつむき加減で席へ戻ると、大丈夫?佐久早くん怒ってた?と口々にするのが面白くて、そのままの首の角度で横に振る。私が悪いの、とそれっぽいことを言えば彼女達はまるで自分たちが世間一般的な女の代表のような顔をして「佐久早くん重たすぎる」と騒ぎ出した。
確かに彼女達の言う通り、聖臣くんは一般的な人から見て重たい部類だと思う。さっき話したことはほとんど全てが本当だし、加えて大阪に来たばかりの頃はカルチャーショックや友人、家族がいない環境に何度も絶望し、聖臣くんに八つ当たりをした。それでもそんな情緒不安定な私を聖臣くんは支えてくれたし、私もそんな彼を支えたいと思ってここにいる。
彼女達がああじゃないこうじゃないと話すのを聞きながら、私は内心でほくそ笑んだ。そしていつも通りの笑顔を貼り付けて、暗くしてごめんね、2人の幸せな話が聞きたいな、と言えば自慢話が大好きな2人の機嫌が上がる。完全に上がりきる前に、私は迎えが来るから先にお暇するんだけど2人は楽しんでね、と現段階のお会計の半分を渡すと、悪いよ、と言って受け取らない。受け取ってくれないと困るのに。そう思って、今日の分って聖臣くんからもらってるの、とでも付け足せば彼女達はもう好き勝手に聖臣くんへの不平不満を口になんて出せなくなるのだ。じゃあ、と受け取る指先を見つめて、楽しかった、ありがとう、と私は息をするように嘘をつく。
聖臣くんは重たい。連絡が来なければ何度も何度も電話をしてくるし、私がほかの人に視線を向けられようものならその人に対して威嚇を始める。自分がプレゼントしたもので私を飾り立てるのが大好きだし、私が美味しいと言ったものを際限なく買ってきたりして、それらが時に、どうしようもなく重荷に感じることだってある。
だけどね、聖臣くんは私の大好きなコーヒーショップの魔法の呪文みたいなフラペチーノ、全部覚えてくれるんだよ。一緒に飲んでくれるんだよ。買い物は毎回車を運転してくれるし、私は聖臣くんといて、文字通り箸より重たいものなんて持ったことないの。知らないでしょ。
抱き締める時は後ろから包み込むような体制が好きで、私の髪の匂いを嗅ぐのが好きなの。
キスする時は私の首の後ろを掴むんだよ。引き寄せてくれるの。知らないでしょ。
でも教えてなんかあげない。聖臣くんの凄いところ良いところ、かっこいいところ、抱きしめる腕の強さも口付けてくれる唇の柔らかさも。全部あなたたちになんか教えてあげない。精々私が作りあげた偽物の愛が重たいだけの佐久早くんで一生盛り上がっててね。
▲▼▲
- 5 -