吐いた嘘が首を絞める 前編/村上
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三門市が近界民から大規模な侵攻を受けたのは二度目のことで、寒さが厳しくなってきた頃だった。
吐く息が白いけれど、地元の冬よりかは幾分かまだ耐えられる。だが年々自分の体の組織が三門市の冬に適応してきているのが嫌でもわかった。俺は、冬になると何故か地元の寒さが恋しくなったりする。それでも頻繁に帰ったりなどは出来ない距離なので、俺は通学路に置かれている花壇に霜が降りてきたり、それこそ吐く息が白くなったのを見たりする度に思い出すのだ。
今年も送られてきた母親からの段ボールはいつも以上に重みを感じた。
「それ、なんですか?」
「折り紙だよ。玉狛の人から渡されたんだ」
「玉狛……迅さんの所ですか」
「そう。重傷で入院している隊員が玉狛支部の人みたいでね……千羽鶴だって」
先日母親から届いた段ボールに山ほど入れられていた蜜柑を共有スペースに置こうと鈴鳴支部のドアを開けると、来馬先輩が座る席の前に紙袋が置かれていた。先輩がなにかを引っ提げて支部を訪れることは珍しいことでは無いけれど、真っ白で店のロゴひとつも入っていない紙袋とセットであることは珍しい。聞けばやはり先輩のものではなく、玉狛から渡されたのだと苦笑いと共に告げられる。
ああ、確かに戦功を挙げたひとりの隊員が換装を解いた肉体にとんでもないダメージを受けたんだと一部では噂だったな。そう考えながら頷くと、鋼のそれは?とすかさず聞かれた。
ふんわりと香る柑橘の匂いとオレンジのそれを見せるために少しかたむけて見せると、いつものか、と今度は満面の笑みを浮かべてくれる先輩。本当にいい人だ。
「今年も、よかったら食ってください」
「ありがとう。ご両親によろしく伝えてくれ」
「はい」
「ところで鋼、鶴は折れる?」
「つる」
段ボールをテーブルへ下ろしながら、口の中でもう一度呟く。俺の拙い発音に先輩は困ったように頭をかいた。折れないということは、どうやらそれで伝わったらしい。
念の為紙袋を覗き込むと、結構な枚数が詰められていた。ボーダー隊員の力を合わせればいける、なんて言われたらしいが先の侵攻の後処理に普段の防衛任務だってある。何人かしかいない支部へ割り振られるには多い枚数のように感じた。恐らく人のいい先輩のことだから、多めにと渡されたに違いない。手本のつもりか入れられている2羽の鶴の内1羽だけを摘み上げた。そんな俺に先輩がひっそりとした声で言ってくる。
「教えるから一緒に折ってくれるかい?」
「……すいません。鶴だけは」
「……鶴だから、できないってことかな」
俺はただ摘み上げた鶴を見つめて頷く。その方を見なくても先輩が困惑していることはわかった。本当なら手伝いたいし、これだけの枚数なのだから折れる人数は1人でも多い方がいいに決まっている。それは分かるのだ。
たかが折り鶴。されど折り鶴。俺には守らなければならない約束がある。
呆れられただろうか、そう思って様子を伺うように先輩を盗み見ると先輩のふたつの目がじっと俺を見ていた。逸らしてはいけない気がして、見つめ返すといつものような笑顔を取り戻す。
「鋼がそう言うなら」
「……すみません」
「気にしないで。あ、じゃあその代わり太一を呼んできてもらえるかな」
「勿論です」
もう来ていたと思うから、と来馬先輩は何ヶ所か太一がいそうな部屋を挙げる。やっぱりいい人だ。入隊当時落ち込んでいた俺を見兼ねて、わざわざ本部の荒船を訪ねて行ってくれるような人。そして自分の言葉ではあれだから、と荒船に頼んでビデオまで撮ってくれる人。
俺の教え方が上手いんだ。荒船はそう言ってくれて、俺は俺のこの力をここでも嫌いにならずに済んだ。
口調こそ違ったけれど、同じことを俺に言ってくれた人がいる。ここに持ってくる前に箱からは取り除いたけれど、送られてきた段ボールにはその人からの便りが入っていた。
その人は俺よりも5歳か6歳ほど上で、物心つく前からよく遊んでもらっていた、らしい。母親同士が友達で、家も比較的近かったからよく会っていた。会うのは専ら彼女の家。庭には鯉が2匹優雅に泳げるほどの小さな池と立派な桜の木。とにかく走り回っても怒られないような大きな家だった。
裕福な家で地元では知らない人もいないようなホテルの社長の一人娘。それが彼女だった。
いつも綺麗でふわふわとしたスカートを履いていて、俺はそれを見る度にドキドキしたし、偶に外で遊んでいると気にせずしゃがむものだからその裾が汚れてしまうんじゃないかと何故か俺の方が肝を冷やしていたものだ。
そんな俺を知ってか知らずか、彼女は大丈夫、と笑う。細められた目を綺麗に縁どる睫毛がとてつもなく長くて、俺はそれを見た時この人は女の人なんだと改めて自覚したことがあった。
彼女はなんでも出来た。
テストはいつも100点で運動も出来た。食べ物の好き嫌いだってしなかったし、人当たりも良かった。いつも人に囲まれて、その笑顔がキラキラ輝いていたことを俺はよく思い出す。
歳が上だったので、彼女と学校のようなコミュニティで関わることはなかったが時折見かける彼女の様子からどれだけ求心力があるかは容易に分かった。
そう。まるで今の来馬先輩のような人だった。
恵まれた環境、そして優れた容姿。それに驕ることさえなかった彼女の口癖は「親のお陰だから」という言葉。決まってそのあと申し訳なさそうに笑う。
今思えば初恋だったのかもしれないな、と思いながら訓練室に入るとやはり太一はそこにいた。集中しているのだろう。部屋に俺が入ったことにすら気付いていない。そんな集中しきった背中をつつくと、びくりと波打った背中。笑うと下から睨みつけられた。それにも一頻り笑って、来馬先輩が呼んでいることを告げると、すぐに駆けだした太一。
先輩が窮地に陥れば、必ず太一か俺が助けに来る。鈴鳴第一とはそういうチームだ。そう言われていることは知っているし、それは事実だから否定のしようも無い。
先程拒否をした手前その場に行くのはどうかと思ったが、一応声だけかけて帰ろうと俺も共有スペースへと踵を返した。
「三門市の、ボーダーに入隊することになったんだ」
「……ボーダー、ってあの?ニュースとかでよく言ってるやつ?」
「そう。先週勧誘されて、それで」
「ふーん……そうなんだ。すごいね、流石鋼」
暇なら勉強見てあげて、なんて言った俺の母親の言うことを律儀に守る彼女に先日あった出来事を伝える。一晩寝れば次の日には昨日の何倍も出来る俺のコレは、サイドエフェクト。副作用と呼ばれるものらしい。
詳しくは入隊後に精密に調べてからになるが、恐らくそうだと勧誘しにきた人の良さそうな女性が言った。なんでもトリオンと呼ばれるエネルギーが多い人に稀に見られる体質のようなものらしく、ボーダーでならそれを上手く発揮出来ると言われ、それならと入隊を決めた。
俺のこれまでの人生で、幾度となく他人のこれまでの努力や居場所を奪い取ってきたこの力は、人の役に立てるのかもしれない。
そう話すと彼女は「鋼は覚えることが得意だものね」と優しく笑う。その笑顔が擽ったくて俯くと、くしゃりと髪を握るように撫でられた。
「じゃあ三門市に行くまでの間、勉強教えるね」
「……よろしく」
彼女はこれまで俺に色んなことを教えてくれた。そのどれもがこれからの役に立つのかと言われたら決して全てに頷くことは出来ないけれど、それでも彼女は嫌な顔ひとつも見せないでただただ教えてくれた。お菓子作りであったり生け花であったり、はたまた編み物であったり。ジャンルこそ様々だったが、次の日には彼女よりも大層出来がいいと褒められるような俺に「鋼に教えると、まるで自分がとても上手に教えられる先生になれたみたい」だと笑う。
言われるまでもなくその通りなのだけれど、俺はその時その言葉を言うことは出来なくてやっぱりただただ頷いた。
勉強だってそうで、彼女は俺が三門市に発つ3日前までずっと教えてくれた。だけれど一つだけ頑なに教えてくれないものが、本当に一つだけあった。それが折り鶴だ。
俺がボーダーに入隊するのを決めた頃、彼女のお祖母さんが入院した。心臓に水が溜まってしまう病気だそうだった。聞けば彼女はかなりのおばあちゃんっ子だったそうで、救急車でお祖母さんが運ばれたと聞いた時には卒倒してしまうほどだったらしい。
そんなに大切で大好きな人が倒れたのだから、俺に勉強なんて教えずについてあげた方がいい。そう誰が言っても彼女は頑なで、気丈に振舞った。大丈夫、それにおばあちゃんは死なない。そう言って勉強の合間を見ては一生懸命に鶴を折っていた。手伝おうかと聞くと、首を横に振る。
「これはね、願掛けなの」
「願掛け?」
「そう。ひとりで千羽折りきったら、おばあちゃんは治る。それで私は、お父さんにお願いを聞いてもらう」
「おばあちゃんとお父さん、なにか関係あるのか?」
「大あり。この家で、おばあちゃんだけが私の味方だったから」
味方。そう口の中で飲み込むと、彼女は手では作業を進めながらもう首を振って肯定の意を示した。何の味方なんだ、と聞くが彼女は曖昧に笑うだけで決して言葉を発することはなく、彼女の答えたくないという無言の意思表示だと受け取る。
その代わり、私はなにかになりたい、とだけ祈るように呟いた。なにか。いつもはっきりとした表現を好む彼女にしては至極曖昧な表現だと思った。俺はそれには答えなかった。
なにか言ったところで集中し切っている彼女に言葉が届くとは思わなかったし、気の利くような一言もなにも思い浮かんで来なかった。
あと二十羽なんだよ。彼女がそう笑った頃、お祖母さんの容体は急に悪化した。せっせと手を動かす彼女の細い指が乾燥しきっていたのがどうにも気に掛かって、俺はその指が動くのばかり追って見つめる。すると目覚ましい時計のベルの音のような音が微かに聞こえた。その後彼女の母親のよく通る声と何かを落とす音が聞こえ、やがてバタバタと走り回る音だけに変わる。集中している彼女は気付いていない様子だったので、代わりに彼女の部屋のドアを開けて顔を覗かす。バタバタと走り回っていたのは彼女の母親のよしちゃんだった。
なぜ渾名で呼ぶのかは今は割愛する。よしちゃんは顔だけ出した俺にはっと息を飲んで、そこからぎこちなく笑みを作り上げた。彼女にそっくりな長いバサバサの睫毛に薄く水滴がついていて、それが照明に照らされる。ごめんね、鋼くん。よしちゃんの整った形の唇がそう動いた。ごめんね、ともう一度言われた時俺は遂に、と悟る。
俺に背中を向けて作業に励んでいた彼女を呼んだ。よしちゃんは、ちょっと、と彼女を部屋から連れ出す。慣れ親しんだ彼女の部屋に、彼女がいない時間滞在をすることは初めてで居心地が悪かった。妙な緊張感。丸い猫足のローテーブルに並んだコップを一つとって、水差しから水を入れる。飲もうとは思えなかった。
がちゃりとドアが開いて入ってきたのは彼女だった。彼女はよしちゃんと同じように睫毛を震わせてすっかりと青ざめた顔で鋼、ごめんと言った。
「大丈夫か?」
「うん。……でも今日は帰ってもらえる?」
「ああ…お祖母さん、なにか」
「一回心臓が止まったんだって。多分、もう今日が峠。これから病院に向かうけど間に合うか……だから取り敢えず、鋼とは今週はもう、会えないと思う」
「わかった。なにか俺に出来ることがあれば、言ってくれ」
彼女の震える指さきは折り途中だった鶴のなり損ないが握られていた。その様子は見ないほうがいいと思って、俺はその手の上に自分の手を握った。な、と言い聞かせるが、やはり彼女は曖昧に笑うだけ。俺は彼女になにか言うことはやめて、机に広げていた教科者やノート、文房具を急いで纏める。それらを机の横に置いたエナメルバッグに詰め込んで、早々に立ち去る。最後、玄関の2枚扉を開ける前に振り返ると彼女は小さく手を振ってくれた。お邪魔しました、と吐いた言葉は重い扉の閉まる音で恐らくかき消されたのだろう。いつもなら聞こえる彼女の「またね」は聞こえなかった。
来馬先輩の忙しなく動く指を見ていると、そんな景色が思い浮かびなんともやるせない気持ちになる。
「なにか鶴に思い入れでもあるのか、鋼」
「友人に、それだけは誰からも教わるなって言われてるんです」
「へぇ…まあ、知らなくても生きてはいけるからね。でも、またなんで鶴なんだろう」
先輩は自分で折り上げた鶴を掌の上に乗せて首を傾げる。その向こう側では太一が今さんに怒られ、何枚か折り紙を無駄にしながらも懸命に作業をしていた。
なんででしょうね、俺にもよく分かりません。そう言って笑って見せると先輩は鋼にとっては大事な約束なんだろう、と笑い返してくれた。
よしちゃんのところのおばあちゃん、亡くなったんだって。母さんはそう言った。それは俺が彼女の家を慌てて出た2日後の夜のことだった。念の為いつ、と聞くと昨日の明け方と教えてくれたので、そうか彼女は一応間に合ったのかと胸を撫で下ろす。
「お母さんはお世話になったから御葬式出るけど、鋼はいいから家にいなさい」
「…わかった」
母さんとよしちゃんは所謂幼馴染という関係で、当時住んでいた家が隣同士だったらしい。よしちゃん、と呼ぶのは別によしこ、だとかよしえ、とかいう名前だからなんていう理由ではなくよしよし、といつも頭を撫でてくれるからよしちゃんらしい。だから鋼くんもよしちゃんって呼んでね、と俺が生まれる前に母に頼んだんだと笑っていた。
よしちゃんの家系は体が弱く、子どもも1人産むのがやっとというところで、件のお祖母さんもよしちゃんのお母さんだ。この歳までこの体質でよく生きている、と医者に感動されるくらいには家系遺伝子的に弱いらしい。それはよしちゃんや彼女も例外ではなく、だからこそよしちゃんには娘が1人しか出来なかった。彼女に妹か弟を作ってあげたかったそうだが、叶わなかった。そうして母さんに俺が産まれることを知って心の底から喜んだそうだ。
本当の姉と弟のように仲良くなってほしい。だからよしちゃんは俺にとても優しかった。
でもよしちゃんは血が繋がっていると言う点で彼女には優しくも厳しさの方が目立っていたように思う。彼女は体が弱く、長い時間運動が出来ない。だからなのか、よしちゃんは体力をつけさせようと習い事を多くさせていたらしい。平日ほぼ毎日水泳にピアノ、塾、ダンス教室。彼女は嫌な顔ひとつ見せなかったらしいが、母さんの目から見ても大変そうに感じたそうだ。それでも弱音ひとつ見せなかった彼女が唯一我儘を言ってたのがお祖母さんの前だけで、俺はよくその場面を見ていた。傍目から見ても彼女がお祖母さんのことを大好きで、お祖母さんも彼女というひとりの女の子の気持ちや意思を尊重しているようにみえた。
唯一の味方、と言うのはそういうことだったのかもしれない。
母さんが帰宅したのは恐らく夜の10時過ぎ。いつもの明るい色遣いの服ではなく真っ黒な喪服を着た彼女と一緒に帰宅した。そろそろ寝ようか、なんて考え始めたころだった。洗面台で歯磨きをしようとリビングから廊下へと扉を開けた瞬間に玄関のドアが音を立てて開く。そこには俺の母さんに支えられるようにして棒のように立ち尽くす彼女の姿があった。
以前見た丁度三日前よりもとてもやつれているように見えるその顔にごくりと唾を飲む。こんな落ち込んだような顔を俺は多分初めて見た。
ほんのりと目元の赤い母さんが俺に気付いて、鋼、と呼ぶので駆け寄る。母さんは彼女の名前を2回ほど呼んで、それから俺の名前をもう一度呼んだ。
「よしちゃんと旦那さんはこの後も色々やること多いってお家に戻れないんだって。今日はうちにお泊まりすることになったから…悪いけど鋼、お布団だけ押し入れから出しておいてくれる?母さんの部屋に」
「あ、うん。…わかった」
母さんは未だ呆然としている腕の中の彼女に、大丈夫よ、と優しく聞かせている。確かこの間成人式を迎えて、もう大人だよ、と晴れ着で笑っていたのは彼女なのに。今の彼女はまるで1人では何も出来ないような小さな子どものように見えた。そう、まるで1人にしたら知らないうちに命を落としてしまうんじゃないかと思うほどに。
俺は彼女が靴を脱ぐ背中にそっと手を添えて、立ち上がったのを見守ってから再びリビングへと戻った。普段客間として使っている和室から布団をひと組、母さんの部屋へと運ぶ。風呂場へと続く洗面所からは、まるで小さい子に言い聞かせるような声で話す母さんの声が響いていた。
彼女の家はとても大きい。早くにお祖父さんを亡くしたお祖母さんとよしちゃん、よしちゃんの旦那さん、そして彼女が住んでいる。だが顔を合わせないようにと思えば、恐らく一週間ほどは息を潜めていれば見つからないように出来るくらいには大きい。
結局彼女はうちに一週間ほど滞在していた。それが何故なのかはその時聞こうとは思わなかったけれど、彼女の着替えや好物を持ってくるのはいつもよしちゃんだけだったことになんとなく悟った。彼女はあのとき、お父さんにお願いをすると言っていた。だから、多分、今ここにいるのは彼女と彼女のお父さんを会わせないためなんだと、俺はなんとなくそう思った。
彼女がうちで過ごすようになって、三日も経つと、彼女はいつも通りの明るさを取り戻したかのように見えた。時折宙を見つめては悲しそうに眉根を寄せていたが、普通に会話をして、授業もなくなって昼過ぎには帰宅する俺と世間話を交わすくらいには、いつも通りの様子。四日目の午後。昨日よしちゃんが持ってきた彼女の好物のひとつ、よしちゃんの旦那さんが社長をしているホテルのパティスリーで販売しているフィナンシェを2人で食べていると思い出したように彼女が呟いた。
「鶴…部屋に置きっぱなしだ」
「折っていたやつか」
「うん。あと、二つだったの」
「よく1人でそこまでやったなぁ」
「結構、大変だったよ」
「そうだろうな。…あと2つか、俺も一つ作りたいな」
あの時忙しなく動いていた彼女の指を思い出しながらそう言うと、彼女は俺をじっと見つめた。作り方、わかるの、と聞いてくる。それには首を横に振る。本当のことだった。断片的に彼女の指とセットで三角形であったり四角形であったりした折り紙の形を思い出すことは簡単だがそこに至るまでのプロセスはよく見ていない。俺のこの力は懇切丁寧に解説をされ、理解をした上で発揮されるものなのだ。彼女は暫く顎に手を当てて、何かを考える様子を見せる。そしてその後諦めたように笑った。
「鋼には、教えないよ」
「…なんでだ」
「なんでも。私が教えないからって、鋼のお母さんとか、よしちゃんに教わったらだめだよ」
「誰にも?」
「うん、誰にも。鶴の折り方だけは。鋼にそれを教えていいのは、私だけ」
約束、と彼女は触れたら折れてしまいそうなほど細い小指を俺に差し出した。指切りなんて、と俺はついこの間見たアニメを思い出す。その中で指切りは遊女の誓いの儀式だと描かれていた。そこにお互いの髪の毛を巻き付ける。真似したくなったけど、生憎と俺の髪の毛はそんなに長くないし不衛生だなと思ってやめた。そして自分の小指を彼女のそれにかける。彼女の指と並べると、倍以上に太い自分の指に笑ってしまった。
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