それが愛ならばこれも愛である/宮侑
▼▲▼
「なんや、誰もおらんのかい」
「おん、お前がいっちゃん最初や。言い出しっぺもまだ来おへんからな」
がらがらと引き戸を開けると黒い帽子をかぶった俺と同じ顔がこっちを向いた。
サムは俺の言葉に頷くとまた手元に視線を落とす。明日の仕込みやろうか。本日貸切の張り紙が貼られとったんに、飲食業っちゅうんはやることが多いらしい。
おにぎり宮。
治がやっとるこの店は俺が入っとるチームの本拠地大阪から割と近いとこにある。
俺は練習終わりで気が向いた時やら、ちょい愚痴りたい時、ほとんどあれへんけどごく稀に弱気になってもうた時、まあ要するに結構な頻度でここに顔を出すことが多い。
ちなみに今日はそのどれでもなく、高校時代のマネージャーでもある、俺らの幼馴染によって集合をかけられた。しかも同学年のソイツ入れて5人。
「言い出しっぺはどうせ最後やろ。昔からそうやん。あいつ待ち合わせに時間通り来たことあったか?」
「あらへんな。ツムそこら辺適当に座り。どうせタメだけやろカウンターにしようや」
片付け面倒やし、とサムは何しとるか分かれへんけど手を動かす。座敷の方が寛げてええねんけど、と思うが店主が言うならしゃーない。俺は近くにあった椅子に腰掛ける。
ズボンに突っ込んだまんまだったスマホのロックを解除すると新着メッセージの文字が表示された。そのまま開くと『ごめん、遅れる!』と案の定言い出しっぺのソイツから来とって笑うてしもうた。
「あいつ遅刻やて」
「自分で集合時間決めといて何言うてんねんて送っとけ」
「おーおー」
『サムが怒っとる、はよこい』と送ると、焦ったような顔で汗をかいた狐のスタンプが送られてくる。懐かしい。
高校ん時から使うとるそのスタンプは稲荷崎の名前から連想したらしい。
誇らしげに「可愛ええやろ、みつけてん」と個人のメッセージルームに連投してきたのを思い出した。あん時はマジでウンザリしたな。でもそんな風にふざけんのも俺にだけで、サムにも他の奴にもしてへんかったらしい。案外それを可愛いなんて思っとったりもした。
やけど、ソイツは俺らが2年んとき、3年の北さんの代が卒業する時、急に「私、き、北さんに告白する」なんちゅーことを言い始め、稲高バレー部で3年を送る会を開催し、全員の前で公開告白をした。
「アホいいなや」
「やめとき」
「お前なんかタイプと違うやろ」
「まあいいじゃん面白そうだし」
と散々揶揄い、4人で振られるか振られないかで賭けもした。
「おん、ええで。俺も好きやった」
角名以外の3人が振られる方に賭けていた俺らの最悪な賭けは角名の一人勝ちやった。特徴的な笑い声を洩らしながら泣き笑いするマネージャーをあの鉄仮面だった北さんが緩く抱きしめる様を写真に撮る角名。
みんなが楽しそうにしとる間、俺も笑いながら、内心では舌打ちをしとった。
なんやねん、それ。全然おもろないわ。本当におもろくなかった。全く。
だって幼馴染が、全部ちっこいころから知っとる幼馴染が、全然知らん、知っとることは隙がないことと、ちゃんとしとることだけのごっつ怖い先輩の北さんと付き合う、そんな夢にも見いひんことをしてのけた。
それからというもの事ある毎に俺やサムに相談しとったことも、休日遊びに行っていたんも全部全部北さんにとられた。
「あー信介くんどないやったかなぁ、聞いてみるわ」
「ごめんなぁ、次の休みは信介くんと出掛けんねん」
「そういえば来週末信介くんとアランくん顔出す言うてたで」
うんざりした。他の奴らはあんまり気にしてへんかったし、なんなら、北さんへの伝書鳩のようにソイツを扱っとったけど、俺は全然無理やった。せやから他に彼女を作ってみたり、適当に女を侍らせたりしたけど、なんにも変わらへんくて。
飽きて最後にはなんもせんようになった。
幸い大学に進学するソイツとそのまんま実業団に加入した俺とでは関わりも自然と減って、今ではこうしてグループでしか連絡もとらへんようにまでなった。
会うんももう2年振りくらいやった。前回集まった理由も忘れてもうたし、なんならソイツはその時も遅刻しとった。てゆうか終わり間際にやってきた。
まあそんな女やねん。あのミスター隙なしの北さんの彼女やなんてまじで信じられん。もしかしたらもうとうに別れとるかもしれへん。そんな淡い期待をしながらも俺はただただサムと駄弁り時間を潰した。
角名と銀はどっかで待ち合わせでもしとったんかそろって入ってきて、いつものように高校時代の話や最近の話をしつつ酒を飲む。
「そうだ、俺同棲するんだよね」っちゅう角名の発言からなんとなく最近の恋愛についての話に話題が変わった。
最近なんかあったやろか、そう考えながら焼酎のソーダ割りを口に含む。あれへん。
角名も知っとるやろうけどプロスポーツ選手はわりとそういうんの厳しいし面倒くさいことが多い。人気商売みたいなとこもあるしな。
すっぱ抜かれでもしたら何が起こるかわからん。やのに角名は同棲か、まじか。
「よう許しが出たな」
「別に関係なくない?不倫とか浮気とか別に世間に顔向け出来ないようなことしてるわけじゃないし。俺普通に今の子と結婚すると思うし」
「は?結婚!?角名が!?」
悪いの?とでも言うような顔をした角名に3人とも驚いた。驚きすぎて銀なんかコップを倒してもうて治から布巾を投げられとる。
まさか、こん中から結婚なんちゅう単語が出てくるとは思わんくて俺はあいた口が塞がらへんかった。
角名は「オッホホ」言うてめっちゃ笑うてる。酔ってんなぁ。そんな中また扉がガラガラと開くと2年前より髪が長くなってまあ随分と垢抜けたソイツが入ってきた。
「めっちゃすまん!残業なってもうた……ってめっちゃ出来上がっとるやん」
「おーやっと来たなぁ。まあ座り」
駅から走ってきたんやろう。ソイツはちょびっと荒れた息を整えて、サムに促されるがままに空いていた席に座った。角名と俺のちょうど間の席。柔軟剤なんやろうか、揺れる度に花みたいな匂いがして落ち着かん。ソワソワする。
働いてもう3年か4年、社会人がだいぶ板についとるソイツはホンマに綺麗になっとった。
ずーっと変わらん少し茶色がかった黒髪はストレートだったのに巻かれとるし、耳にはイヤリングかピアスかようわからんけどゆらゆら揺れとるし、絶妙な袖丈の夏用か知らん今の季節にぴったりの涼しそうなニットなんか着て、良い女やった。
「なんか飲むか?」
「みんな何飲んでんの?」
「焼酎だよ、これ」
「せやったらそれでええわ。炭酸ある?」
ぼーっとそのやり取りを見とるとサムが呆れたように「おいボケてんか?炭酸渡せや」と俺の右側に置かれたペットボトルを指さした。
あ、そうか、俺だけやってんな炭酸割。ぼやぼやする頭でようやっとそれを掴んで左隣のソイツに渡す。「おおきに」と自分で酒を作る様がなんや熟れとって、もし、もし、コイツと同棲なんかするようになったらこんな光景が毎日見れんのやろうか。そんなことを考えてもうた。
「なんやすごい盛り上がっとったなぁ。何の話してたん?」
「そや、角名同棲開始やて!」
「えええ、めでたいなぁ。結婚考えてん?」
簡単に4人でグラスを掲げ乾杯のポーズを取ったあと、ソイツは思い出したように切り出した。それに銀が興奮したまんま答えるとそこから角名とソイツの同棲についての擦り合わせが始まった。
同棲始める前に期間決めてあげなアカンよ、やらそもそも賃貸と購入どっちがいいの、やら角名は置いとくとして、ソイツは妙に詳しい。
角名もソイツがなんでも答えてくれる思ってんか矢継ぎ早に質問しとって、俺もサムも銀も置いてけぼりやった。
「え?なんでそんな詳しいん?」
「へ?」
「あれ?マネ言ってなかったの?」
「言ってへんかったっけ?……言ったつもりやったわ、角名にしか言ってへんかも」
「……何の話やねん」
ようやっと口をはさむタイミングが出来て、声を出すと、思っとったより低い声になってしもうてはっとした。やけど誰も気にしてへんくて、そのまま会話は進む。
少し恥ずかしそうに、汗をかいたグラスを握るソイツは中々口を開かん。嫌な予感がした。
聞きたない。トイレ行く振りでもしようか、そう思って立ち上がろうとした時角名が口を開いた。
「マネ去年から北さんと同棲してるんだよ。しかも北さんの実家の敷地内、新築、戸建て。ヤバいよね」
銀が今日イチの大絶叫をした。
ドアも揺れたんやないやろうか。そんな呑気なことを考えへんと、グラスを叩き割ってしまいそうやった。なんそれ。聞いてへんし。
ちゅーか、それ、ほぼ結婚やん。外堀埋められてんで。
どれを口に出してよくて、どれは言うたらアカンことなのか真剣に考えてやっと出たんは「北さんと、結婚するん?」という俺をさらに追い詰める問い掛けやった。
ば、と長い髪の毛を派手に揺らしてこっちを見たソイツの顔。めっちゃ可愛ええ顔やってんけど、めっちゃ腹立った。
恥ずかしいんか涙目やし、酒のせいも相まって頬っぺは真っ赤、オマケに口は半開きでわなわな震えとる。
なんやねん、そないな顔するくらい、北さんのこと好きなんか。そう思うと、やるせなくなって、ソイツを睨んでしまいそうやった。
ソイツは息を長く吐くと、思い切りグラスを傾けて中身を一気に飲み干す。その様子に俺以外の3人が慌ててやめろ、と静止を促したけどソイツの喉はゴクゴクと勢いよく動いて、カラン、と氷の音が鳴った。
「じ、実はプロポーズされてな……それで、みんなに結婚式の日程とか知らせたくて、集合かけてん」
爆弾が落ちた。俺のメンタルはぼろぼろ。飛雄クンにランキング抜かれた時ばりの衝撃と、あの卒業式の日の告白大会以来の敗北感。
結婚、結婚てなんやねん。別れてないし、なんならあんときからずっとて、何年前やと思ってんねん。は?この2人ずーっと2人やってんか?信じられへん。
あの北さんやって浮気の一つや二つしてんのとちゃうの。有り得へんやろ。
それからは自分が何喋っとるかも分からんくなった。まあでも空気は悪くなっとらんかったし、変なことは言うてへんのやろうなと自己完結しながら俺はひたすら酒を飲んだようやった。
気付けば、とうに終電の時間やって角名と銀は駅に向かったらしいし、サムはゴミまとめなアカン言うて店の裏口から出てった。ソイツと2人の空間になって、めっちゃ静かやった。
「侑は最近どうなん?」
「……なにがやねん」
「ほら、恋愛とか。侑めっちゃ人気やん、モテるやろ。大変そうやんな」
俺のチームの紹介ページをスクショしとったらしいソイツ。コレかっこええなって言うてたんよ、なんて俺の試合中の写真をスライドさせて表示させる。言うてたて、それ北さんとやろ。どうせ、その新築っちゅー綺麗な家で、2人で、今日みたいに酒でも作って飲みながら話しとったんやろ。
むかつくむかつくむかつく。なんやねんそれ。
見るからに幸せですって顔に書いてあんで。デレデレすんなや。
酒で抑えていた感情が全部吐き出される。
「それ、お前に関係あるんか」
「え、と」
「自分は幸せやしな。あないちゃんとしとる北さんとずーっと付き合うて、ゴールインやもんな。みんながみんなそうと思っとったら、大間違いやぞ。幸せボケすんなやクソ」
ぽかん
そんな顔しとる。泣けや、罵れや。俺はお前の良い幼馴染なんかで終わりたない。そんなんサムだけでええやろ。ちゃうねん、お前の中の唯一になれへんのやったら、ここで嫌われて一生恨まれてる方がマシや。
あぁ、でも、その顔やってなんで可愛ええんや。
そう思うとアカン、悪いこと言うてる、最悪やってさっきとは全くちゃう感情が芽生える。
俺、なにやってんのやろ。
はあ、と俺の大きな大きな溜息が少し狭いこの店の中に響いた。
「っぷ……アハハハハ!なんやねんそれ!いじけてんか侑ぅ……アハハハハ、アカン笑い止まらん」
「な、なんで笑うてんねん!普通怒るやろ!怒れや!ちゅーか泣け!」
「アンタの悪口なんてな聞き飽きてんよ。何年一緒におるて思うてんねん」
あー笑った、と目尻に溜まった涙をほっそい指で掬うソイツ。せや、何年も一緒におんねんぞ。あまりの鈍感さに俺の方が泣けてきた。
アカン、酒のせいか、ほんまに視界がぼやける。隠すように机に突っ伏すと、左隣から脇をつつかれた。
「飲みすぎや。あんた仮にもスポーツ選手なんやからちゃんと考えて飲み」
「……仮にもてなんやねん。ちゃんとスポーツ選手や。日本代表のセッターやぞ」
「おん、知っとるよ。見とったし」
「北さんとやろ」
「当たり前や、同じ家やし」
やっぱりな。自分で聞いて後悔した。
幸せそうに2人でテレビに映る俺を見とるのが普通に浮かぶわ。死にたなる。死なんけど。絶対死んでやらんけど。
隠すように組んだ腕に目元を擦りつけると濡れた感触がした。あー泣いてもうた。
もう全部酒のせいして、ええやろうか。ええよな。北さん、すんません、と心ん中で土下座をする。
「なんで北さんなん。あの人全然隙ないしどっちか言うて怖いやん。お前遅刻癖あるし、部活でもよう注意されとったやろ」
「……なあ、私もなんで信介くんなんやろって毎回思うわ。勿論喧嘩もすんねんで。喧嘩言うても私が勝手に怒るだけやけど」
「……合ってへん、お前と北さん」
「私もそう思う。せやけどなぁなんか好きやねん。どこが言われたらここって答えられへんのやけど、毎日あー好きやーって思うし、なんかしてあげたいって思う。向こうもそうやって思いたいわ」
ちら、と腕の隙間から見上げたソイツの顔はめっちゃ満たされてますぅみたいな幸せそうな顔で、やっぱり北さんには敵わんと思った。
本当は知っとった。「マネージャー、それちゃうで」なんて注意する北さんは俺らを窘める時と違ってめっちゃ優しい顔してはったし、俺が気付かんようなとこでいっつもマネージャー業の手伝いもしてはった。
北さんがコイツを、ちゃんと、見とったんを俺はちゃんと知っとる。
せやから悔しい。なんで北さんなん。俺やないん。
「なあ、なんで俺やないの。俺やとあかんかったんか。俺かて、お前んことずっとずっと見とった。北さんとお前が出会うよりずーっと前からや、」
「……ちゃうやろ。侑が、私やとあかんのやろ」
涙止まってへんけど、その言葉が予想外で俺は思わず顔を上げた。そこにはやっぱり幸せそうに笑うそいつがおって、自分のハンカチで俺の目元を押さえる。逆の手はホンマに優しく俺の背中を摩っとった。
「は?」
「侑の恋人はずーっと、バレーやろ」
よう見るとソイツの目元も赤くなっとって、なんや、こいつも泣いてんやん。そう思うともっと泣けてきて2人でおんおん泣いた。
好きやねんと嗚咽混じりに呟く俺にソイツはただ笑う。泣きながら。その繰り返しやった。
「侑、あんたちゃんと幸せになりや。私なんかよりずっとずっと可愛くって優しくってあんたのバレーへの愛を丸ごと大事にしてくれるような子が、絶対現れるからな」
「嫌や、お前がええ……なあホンマに結婚すんなや、一生に一度のお願いや」
「無理やて。私北さんになんねんで」
「嫌やぁ……北さんなんかならんで。なあホンマに」
その押し問答はサムがごみ捨てから戻ってきても、北さんが迎えに来てからも止まらんかった。北さんは多分全部知っとって、それでも譲ってなんかくれへんかった。
なんでやねん、バレーしとる時は全部ちゃんと尻拭いしてくれはったやん。
そう駄々をこねる俺はサムに押さえられた。
「すんません、酔っ払ってます」と俺の代わりに頭を下げたサムに「ええて」と片手をあげる北さんはしっかりとソイツの肩を持って俺に告げる。
「侑、すまん。やけど、絶対に大事にする、泣かせへん。それだけは約束するわ」
その一言に俺もそいつもまたおんおん泣いた。
当たり前やろ泣かしたら北さんでもしばき倒したる。
多分絶対その日は来おへんけど、俺はそう心に決めて「結婚式絶対に行きます!!!!」と大声で叫ぶ。
その俺の魂の叫びを聞いた俺とサムのいっちゃん可愛ええ大事な幼馴染はようやっと涙を拭いて、いっちゃん可愛ええ顔で笑った。
▲▼▲
- 13 -