隣のクラスの月島くん/月島




最近親友が楽しそうだ。この間まで授業のノート取るのが生き甲斐です、みたいな顔で青春なんて無縁だよなんて言ってたのに。


「仁花ー今週末空いてる?」


昨夜見つけた地元のカフェの記事をスマホに表示させながら、私はHRが終わるなりバタバタし始めた親友に話し掛けた。リュックに荷物を詰めていた親友は振り返り申し訳なさそうな顔をする。


「ごめん!部活なんだぁ…」
「そ、そっか、部活なら仕方ないよね…じゃあ次の連休は?」
「連休は泊まりで遠征なの、ごめんね」


申し訳なさそうに両手を合わせるのは中学校からの親友である谷地仁花。ついこの間まで放課後はほぼ毎日一緒に帰ってたまに寄り道とかもして、たまの週末には二人で流行りのカフェなんかにも行ってたのに。なのに。

何故か仁花は男子バレー部のマネージャーになった。最初こそ断ってくるなんてゲッソリしてたのに今はもうめちゃくちゃ活き活きしてる。それは嬉しい。私だって鬼じゃない。それでもこんなに忙しいなんて聞いてない。


「大丈夫ー…部活頑張ってね」
「うん!ありがとう!」


じゃあね!と忙しなくリュックを背負って仁花は駆け出した。あ!日向!なんて声も聞こえる。日向というのは一般クラスの日向翔陽のことで仁花はあの子の話をする時それはそれは目が光る。
キラキラキラキラ、私はそんな瞳を真っ直ぐには見れない。だってあの子は私から仁花をよく奪っていってしまうから。苦手だ。

いや、もともと私のではないし仁花は仁花なのだけど。無意識に腕を組んで頬を膨らませていたらしい。その頬をつついて後ろの席の友人が話しかけてきた。


「まーたとられちゃった?」
「取られたって言うか…なんでそんなに忙しいの?もう!寂しいよー仁花ぁぁぁ」
「はいはい、私が一緒に帰ってあげるから泣かない泣かない」


仁花以外に友達がいないわけじゃない。それでも親友は仁花だけなのだ。太っちゃうね、なんて笑いあって生クリームたっぷりのクレープを二人で分け合ったあの日々がもうはるか昔のように感じる。頭を撫でている手に擦り寄ってから私も帰り支度を始めた。




ある日仁花と話していると、ゆらりと壁が現れた。「つ、月島くん!」と声を上げた仁花につられて私も目線をあげる。壁だと思ったら隣のクラスの人か。月島くんって言うんだ、知らなかった。

背が大きい人として彼はとてつもなく有名だった。あまり興味のない私は適当に聞き流していたけど。彼は仁花に用事があるみたいで、これ、と話し始めた。結構声高いんだ。初めて聞いた。早く終わらないかな。

私がいても話し始めたということは私に聞かれてもいいと解釈し、聞き耳を立てるとどうやら昨日断られた原因である遠征の件のようだ。
へぇ、バレー部なんだこの人。別に嫌いになる理由はないけど、男子バレー部と聞くと最近はちょっとイライラしてしまう。尚更早く終われ、と思いながら仁花に絡める腕に力を込めた。

なかなか終わらない。
昼休みなんて1時間しかないのに。この時くらいしか私は仁花とゆっくり話せないのに。
段々ムカついてきて仁花の腕に絡みながら結局スマホを取り出した。取り敢えず連絡が来てるか確認すると最近塾で知り合った男の子から来ていたので返事はせずメッセージだけ見る。連休に会わないかという誘いだった。仁花に相談しよう。

その後はゲームをした。元々休み時間に仁花と一緒にコツコツやってしまっていたのでハートのゲージがない。ムカつく。指で画面を何度も叩くとハートを送って貰う?と表示されていて、どうやら私はYESを押したようだ。さっきの男の子に、それは送信されてしまって「うわ!!」と大きな声が出た。


「ど、どうしたの?大丈夫?」
「ご、ごめん!間違えてハートくださいって送っちゃって、でもこの人に返信してなくって、わ、どうしよう」


私の大声に話は途切れてしまったみたいで、仁花は私のスマホをのぞきこんだ。慌てる私に落ち着いて、と声を掛けてくれる。
でも返信してもないのにゲームのハート送ってなんて失礼だよね。お前ゲームやるくせに返事は返さないんかいってなるよね。
大きなため息が出てしまう。それもこれもバレー部のせいだ。そんなやりとりを目の前の月島くんは黙って見ていたけれど、あまりにも慌ててる私を見兼ねたのか声を掛けてきてくれる。


「送信取り消せば?」
「そんなこと出来るの?」
「出来るよ。知らないの?」


頬を掻きながら月島くんは私のスマホを指さした。ちらりと仁花を見ると「知らない」と言われた。教えてくれないかなと思い見上げると、月島くんは小さくため息を吐いてから「貸して」と手を出してくれる。大きい手だ、私の顔なんて普通に覆われそう。


「ありがとう!」

ロックを解除してあるのを確認してからその大きい手のひらにスマホを預けた。
私の視線がちゃんと画面に向いてることを確認してから月島くんは何回か画面を叩いて、これでできるよと教えてくれる。

「まあ、通知は残るけど。それは後で返信する時にでも適当に言い訳しなよ」と私にスマホを返してくれる。なんか意外だった。そして月島くんは仁花にプリントを一枚渡して去っていった。用件終わってたんかい。


そんな一件があってから、私と月島くんは廊下ですれ違うたびに挨拶を交わすくらいの仲になった。おはよう、とかまたね、とかそんなもの。たまにヘッドホンをしていても、私に気付くと外して挨拶をしてくれるのだから良い人なんだろう。バレー部だからって邪険にしちゃって悪かったなと反省した。


「おはよう」
「…おはよ、あのさ」


今日も朝練終わりの月島くんと登校してきた私は鉢合わせた。念の為確認するがやっぱり仁花はどこにも見当たらない。オレンジ頭が駆け回るのを追いかける背の高い黒髪がいつもどおり走っているだけ。だが今日はなぜか月島くんから話を振られたので、立ち止まった。

見上げると月島くんは自分が話しかけてきたのに、困ったような顔をしている。用事ないけど話しかけてきたのかな。それとも私何かついてる?え?寝癖直したしなあ。ぺたぺたと自分に触れる私に「何もついてないよ」と月島くんは教えてくれる。


「…連休、出かけるの」
「連休?出掛けはするんじゃないかな」
「違くて。この間、誘われてたでしょ」
「あー」


多分あの男の子だ。それに関してはもう2週間ほど前のことなので終わったことになっていた。仁花にも相談をして、丁重にお断りをしたのだ。それからは何となく疎遠になってしまって連絡も今はとっていない。


「出掛けない、断ったの」
「ふーん、よかったね、断れて」
「うん。心配してくれたの?ありがとう」


「そんなんじゃないけど」と月島くんは眼鏡を上げる。じゃあなんなんだとも思ったけど、私たちはそんなに突っ込んで話すほど仲は良くないはず。どうしよう、終わりにして教室行っていいのかな。カバンを弄っていると月島くんが歩き始めた。あ、終わってたんだ。なんとなく隣に並ぶのは気が引けたのでゆっくり後ろを歩くと眉間に皺を寄せた月島くんが振り返った。


「君そんなに普段歩くの遅いの?」
「え、あ、違う、と思う」
「じゃあさっさと行くよ、遅刻したくない」
「い、一緒に行くの?」
「悪い?」
「悪くは、ないけど」


じゃあ早く、と急かされて私は月島くんの隣に並んだ。見上げると月島くんはなんだか罰の悪そうな顔だった。


「背が高いね」
「よく言われる。君は低いね」
「そうなの、私もよく言われる」


当たり前のような会話に笑いが込み上げて、声を上げて笑ってしまった。
私は仁花よりも少し背が低いので月島くんと並ぶと大人と子どもが歩いてるように見えるだろう。多分30センチ以上は違うんじゃないか。そんなこと考えているとあっという間に教室についてしまった。


「またね」
「あのさ」


声をかけてドアを開けようと手を掛けると、また呼び止められる。何も考えずにそのまま振り返るとこっち来てと言わんばかりに手を招かれる。ドアから少しズレたところで再び向き合った。やっぱりこの位置だとほぼ真上を見た状態になるので首が痛くなりそうだ。見上げた月島くんは気まずそうに制服のポケットに手を入れていた。


「連絡先、教えてくれない?」


連絡先。連絡先を知りたいということは、単純に連絡を取りたいのか私と。なぜ?と考えて、あのゲームが思い浮かぶ。
もしかして月島くんもやってるのかな。こんなに男の子っぽいのに意外と可愛いゲームするんだ。ぼーっとしている私に月島くんは「ちょっと」と声をかけてくる。


「あ、うん。連絡先、いいよ、全然」


バーコードで交換することになり、私のスマホ画面には月島蛍という文字が表示された。蛍、なんて読むの?と聞くと、けいだよと答えられる。


「綺麗な名前だね」
「…君もね」
「初めて言われた!ありがとうー嬉しい」


指で、例のゲームのスタンプを選んで送ると月島くんの顔が少し歪んだ。あれ?知らない?


「なにこの不細工なスタンプ」
「え、知らない?」
「知らないよ。送るならもっとちゃんと普通のにしてよね」
「そっかぁ…うん、わかった。可愛いの見つけたら送るね」


そんなことを話していると、仁花の声が私を呼んだ。嬉しくて振り返ると隣のクラスの山口くんと来たようで私に手を振ってくれる。山口くんは少し気まずそうだった。
またバレー部か。そう思うとまた自然と頬を膨らませてしまっていたみたいで仁花が笑いながら潰そうと近寄ってくる。が仁花が私に近付くより前に後ろからぶす、と頬をつつかれた。


「あ、ごめん。つい」


その言葉に嘘はないようで、月島くんも目を見開いていた。私も仁花も時が止まったように動けなかった。
月島くんはもう一度ごめん、と謝るとすぐに自分の教室へと早足で歩いていった。
なに、あれ。急に心臓が早くなり顔が暑くなった。ついとかあるの。それって普通?わからん、とつつかれた頬を押さえていると山口くんが慌てたように話しかけてきた。


「ツッ、ツッキーはほんとに悪気ないんだよ、だから怒らないで!ずっと言ってたんだよ、ハムスターみたいって!多分可愛いってことだと思う!悪い意味じゃない!ツッキーはカッコイイんだよ!キモイとか思わないでね!」


遠くの方で山口!!!と怒鳴る月島くんの声が聞こえた。それよりも私は山口くんから言われた言葉を処理しきれずに固まっていた。

ようやく教室入った手の中ではメッセージを受信しているのかスマホが震える。私が毎日やり取りしているのなんて仁花くらいしかいないのだから、多分、月島くんなんだろう。


メッセージを見る勇気はまだ、ない。

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