圧倒的夢不足/宮治


※HQ最終章 宮治の進路について多大なるネタバレしかありません。捏造オブ捏造。原作未読アニメ派の方はご注意ください。













「なあ聞いた?治くんもう高校でバレー終いやって」
「えーーそうなん?知らんかったわぁ……ほんなら侑くんとのコンビも高校で終わりってことやんな」
「せやねん……うちめっちゃファンやったのに」

まるでひとつの時代が終わって、新しい時代が始まるような、そんなどこか遠くの異世界の話。
私の耳は割と私の都合良く出来ていて、自分に全く関係の無い話はひとつも入ってこない。今日も今日とて学校という狭く、そして人生において短い時間を過ごすコミュニティは誰かの噂で持ち切りだ。
誰と誰が別れた。先輩が部活を辞めた。先生が泣いて授業が中断した。
稲荷崎高校のように部活も盛んだと様々な人間が様々な場所から押し寄せる。本当に話題に事欠かない。

今日は誰の噂なんだろうか。興味は無いけど、気にはなる。以前そんなことを隣の席の人に漏らせば「変なやっちゃな」と呆れられた。
彼は、私の方をちらりとだけ見て手に持っていたおにぎりを食べていた気がする。いつもなにかしら食べ物を持っている、宮治くん。
彼はほぼ毎週の話題をかっ攫う有名人、宮侑くんの双子の兄弟。どちらかと言うと普通に見える方、大人しい方と例えられるのが多いみたいだ。
同じバレー部の角名くん曰く「遺伝子は一緒だからそんなに違いはないよ」とのこと。
私はこの2年間で宮侑くんの方とは面識も何も無かったので、比べようがないけど。まあ、二人を毎日見てる角名くんが言うのだから間違いないんだろう。

「あ、おはよ」
「おん、はよ」
「なんか、疲れてる?」
「そう見えてんのやったらそうやろな」

あ、これめっちゃ不機嫌だ。どちらかと言えば大人しい方と言う評価に違わずそこまで大きく感情を動かすところを見たことがなかった。そんな彼だけど、今日は椅子の引き方にも苛立ちが見える。
ガタン、と派手な音を立てて雑に引き出された椅子。いつもなら机の脚に沿って行儀よく置かれるエナメルバッグも今日は斜めに投げ捨てられた。
顔がいい人が怒ると怖いんだなあ。私は挨拶をしてしまったことを少し後悔する。苛立ちをぶつけられた、なんてことは思わない。それは宮くんの顔から必死に何かを押し殺しているのを感じたからだ。
会話もそこそこに口を噤んでスマホを取り出した私に、宮くんが息を飲んだ音が聞こえる。

「……すまん。ちょお、色々あってな」
「そうなんだね。気にしてないよ。大丈夫?」
「……おん」
「ならよかった。そういえば一限小テストあるって言ってたけど今日は大丈夫そう?」
「まじか。それは、アカンなあ」

特徴的な眉毛を下げて宮くんは首の後ろをかいた。宮くんはあまり勉強が好きじゃないらしい。隣の席になってから、本人が愚痴っていたのを聞いた。
勉強なんかする意味がわからん、らしい。
どうやらそのせいで双子の兄弟と一緒によくバレー部の主将の人に怒られてる。
小テストを交換して丸をつければ、バツ印の方が多いものだから丸つけのしがいがある答案。彼の名前の横に1桁の点数を書いて返すとその答案用紙をどうにも悲しそうな目で見つめる彼。その姿が怒られる子犬みたいで、放っておけなかった。

「嫌じゃなかったら、勉強教えようか?」

そう聞けば途端に輝き出した瞳。分かりやすくて可愛いなと思った。そこから私たちの距離は少しだけ縮まって、宮くんが1番よく話す異性の友達、という位置づけをクラスの中で確立出来たのだ。

さっきまでの苛立っていた様子も幾分か落ち着いたみたいだ。今日の範囲である教科書と単語帳を相手にウンウン唸る宮くんを見つめる。
少し遅れて角名くんも教室にやってきた。ちら、と宮くんに向けられた視線は少し意味ありげで多分さっき見た姿の原因に少なからず部活があるのかな、と推測出来る。

「なあなあ、これどうやって訳すん」
「あぁ、これはね……」

質問をしてきてくれる宮くん。
彼の指さした少し長めの英文に視線を落とす。
確かに長い英文は読解が難しい。どうやって説明すればわかりやすいだろうか、考えるために自分のノートを広げた。
ちょっと待ってね、と声を掛けるとこくんと頷いてちゃんと待ってくれる宮くんは、やっぱり私にとってはカッコイイよりもかわいいという印象が強い。

自分の細くて薄いシャーペンの文字を追いかけながら思考を巡らせていると、パタパタと誰かがこちらへ向かってくる足音が聞こえた。多分、2人くらい。
ちら、と視線を一瞬そっちに向けると同じクラスの女の子2人組だった。私と話をしている時でも、よくある事なので別に気にせず私はノートを見つめる。

「なあなあ、治くん。バレー辞めるってほんまなん?昨日侑くんと喧嘩しとったんってそれ?」
「何でやめてまうん?勿体なくない?めっちゃ上手やん」
「辞めるのはほんま。理由は別に自分らに関係あれへんやろ」
「えー……そうなんだぁ。応援しとったんに」
「……ツムはずっと続けるんやから、そっち応援せぇや」
「それもそうやけど……」

悪気はないんだと思う。女の子ってこういう時に世話を焼きたがる習性があるのだ。特に宮くんのような存在には。
それでもその子達の話を聞いている宮くんのサンダルの踵が何度も何度も教室の床を叩く。
いつもなら普通に話をして、普通に仲良くするのに、今日はやっぱりダメみたいだ。
その段々と小刻みになっていく貧乏揺すりの音に視界の端にいた角名くんがやばい、みたいな顔で動く。
ダン、と一際大きな足音の後に目が据わった宮くんがゆっくりと口を開いた。さすがに、ブチ切れた宮くんの隣に今日一日はキツイな。そう思って私は宮くんのセーターの袖を掴む。

「宮くん、範囲終わらないよ」
「は……ぁ、そうやったな」
「ごめんね。お話中だったのに遮ちゃって」
「あ、こ、こっちこそごめんなぁ。勉強してはったんやね。ほな、席戻るわ。行こ」

女の子たちも不穏な雰囲気に怯えたのか、直ぐに連れ添って戻って行った。それに少し安心して私はさっき宮くんが躓いた英文を分解しながら説明をする。
生返事ばかりする宮くんを横目で見ると悔しそうな顔をしていた。
なんか、ダメそう。噛み締めている下唇がぷるぷると震えていて、本当に何かを耐えているような様子だ。
私はシャーペンを置いて、宮くんの腕をとって立ち上がる。

「すんごく体調悪そうだね!保健室行こう!宮くん!」
「はっ!?声でか、え?体調悪な」
「大丈夫大丈夫!1回くらい授業休んでも平気だよ!行くよ!連れて行ってあげる!」

わざと大きな声で騒ぎ立てると前の席に座っていた学級委員の子が「治連れて来んやったら先生に言っといたるわ」と手を振ってくれた。よし、これで平気。まだ何か言っている宮くんの腕を無理やり引っ張って連れ出した。

スポーツをやっている彼の腕は太いし体だって重たいから引っ張るのも疲れる。親指の付け根がじんじん痛い。すると宮くんはぶすくれた顔で「なんやねん」と呟いた。

「お腹痛そうに口噛んでたから、保健室行った方がいいだろうなあって」
「痛ないわ。自分意外とお節介やな」
「お節介かあ、そうかもね」

不機嫌そうだけれどイライラはしてないみたいだし、我慢もしてなさそう。そんな様子が見てとれたので私は彼の腕を解放した。
宮くんは私の後ろから右隣に移動するとそのまま隣で歩き始めてくれる。あぁ、保健室はいってくれるのか。私も慌てて足を動かした。
さっきの会話から、彼がもうすぐバレーを辞める決断をした、という事実はわかったけどなんで辞めるのかそこまではわからない。
でもこれまで彼と交してきた会話で、宮くんたち双子が幼い頃からずっと一緒にバレーをしてきた、ということは知っている。
ずっと2人で競ってきた、というのも会話の内容から読み取れた。
彼らふたりがバレーボールというスポーツを大好き、そんなこと本人の口から聞かずとも分かる。
だから、彼がどんな思いでその決断をしたのか。それがどれだけ苦渋の決断だったのか。想像は容易に出来る。

「俺、バレー辞めんねん。高校で」
「そうなんだ。じゃあ来年の春高?で終わり?」
「おん」
「ふーん……じゃあ、あと1年とちょっとくらい?」
「そうなるな。……止めへんの?」

宮くんはただ前だけを見てそう言った。横目で伺った彼の目からはなんにも感じとれない。
止められたいわけでもなさそう。というか、止めるって私が?なんで?よく分からない。
ふ、と見つめた自分の爪先。稲荷崎には部活をしたくて来たのだけれど、この便所サンダルみたいな室内履きだけが気に入らない。多分卒業してもずっとそう思い続けるだろう。
私はそんなことを考えながら宮くんに答えた。

「止めないよ。宮くんのことなんだから」
「ツムはどちゃくそに文句言うてきた」
「寂しいんじゃない?ずっと一緒だったんでしょ?」
「けっ……寂しいとかキモイわ」
「それでも辞めるんでしょ?」

「おん」と頷いた宮くん。じゃあ尚更私から何かを言うことは出来ないし、敢えて伝えたいことも特に見当たらない。
女の子たちみたいに彼や双子のバレーが好きな訳でもない。そもそも部活の大会日程が被っていたから2年間で見に行けた試合なんて片手でも余る程度だ。こんな私が、彼のバレーへなにか物申すなんて烏滸がましいにも程がある。
私はなんとなく手持ち無沙汰になってしまって引き伸ばしてビロビロに伸びているセーターの袖口を弄った。なんとなく宮くんの袖口を見れば、その袖はピッタリと手首にくっついている。
物持ちが良い方なんだ。意外。

「俺な、飯に関する仕事したいねん」
「へぇ……いいんじゃない?」
「てきとーやな」
「適当じゃないよ。宮くん何か食べてる時すごく幸せそうな良い顔してるし、食べ合わせも上手いなあって思うし、うん。向いてるんじゃないかな?」
「え、それほんま?」
「うん、ほんま」
「マジのマジか?」
「マジのマジで」

その後も何度か確かめられて、うんざりした時宮くんはやっとその私の言葉を受け止めたようだった。もうその頃には保健室の手前、静かな渡り廊下を歩いていた。
パタパタとサンダルの踵が地面を叩く音が廊下に反響する。
というか、なんでそんなに受け止められないの。その仕事目指すくらいご飯とか食べ物とか好きだろうに、自分のその気持ちを信じることが出来ないんだろうか。
まだ高校2年生、まあもうすぐ3年だけど。私なんて将来の自分なんて欠片も想像がつかないし、未だに何をやりたいのか迷っている。
だから明確なビジョンを既に持っている彼が本当にすごいと感じた。
でもその本人はどこが自信なさげだった。

「ツムにはな、やってやる言うて大見得切ったんやけど、ほんまはまだ、少しだけ。ほんまに少しだけな、大丈夫やろかって思う時はあんねん」
「大丈夫か、とは?」
「バレーだけしてきた俺が、やってけんのやろかとか……」
「そういうことかー……うーん」
「すまん、こんなこと言うてもうて。何言ってんやろな俺」

やっぱり迷子のような顔をした宮くんは大きく息を吐いた。彼のバックボーンは、よく分からないけど自分自身の進路に不安を覚えるなんて周りではよくある話だし、別に彼が言ったことを弱音だとは思わない。
思わないけど、半歩前を歩く彼の背中は誰かに押されることを待っている。そんなふうに思えた。

「ファーイト たたかうーきみーのうーたをー戦わない誰かが笑うだろー」
「は?急に音痴か」
「みゆきだよ。知らない?」
「さすがに知っとるわ。フルは聞いたことあれへんけど」
「私最近この歌フルで聞いたんだけど、歌詞めちゃくちゃ怖いんだよ。子ども突き落とす女性とか出てくるの」
「え?そういう歌なん?どうかしとるやろそれ」

そうなの。この歌ってめちゃくちゃどうかしてる。私もそう思うし、気になって調べた歌詞を見ても作詞をした人がどういう意図で書いたのか、全然分からなかった。
でもお母さんやお父さんはこの歌をすごくいい歌と言う。元気が出る。頑張ろうって思う。らしい。
私も大人になれば、わかるのかな。そう両親に言えば今でもわかるでしょ、と細かく解説してくれた。

「この歌って応援ソングじゃないんだって。ファイト、って頑張ってって言う意味で使いがちなんだけどこの歌の場合は『戦え』って意味で、自分を鼓舞するための歌なんだって」
「こぶ?」
「励まして、勢い付けることね」
「ほーん」
「だから歌ってみたよ」
「え?」

宮くんは綺麗に口をあんぐりと開けて私を見つめる。大きな口だ。教室で何かを食べる時もその大きな口で綺麗に食べる。私はそんな宮くんを見るのが、割と好きなんだよ。
スポーツマンらしく広い背中に手を添えて、ぽんぽんと2回軽く叩いてみた。

「私は宮くんのことすごく知ってるわけじゃないから、その飯に関する仕事?をやるのにバレーやってるみたいに上手いこと行くよとかそういう具体的な励ましは出来ない。でもそうやって全く知らない所で戦おうとする宮くんのことは、これからもずっと応援出来るよ」

宮くんは何も言わなかった。ただひたすらパタパタと間抜けな音を立てるサンダルの音が2人分廊下に響く。
元気を出して欲しいとかそういう訳では無い。宮くんは元気だもん。それに、噂を聞いて朝一に確かめに来たあの子達には絶対に悪気はなくて、きっと宮くんもそこに苛立った訳では無いと思うから。
私はただのクラスメイトで、これから先宮くんとは多分同窓会とかで偶然出会す、とかそのくらいの関係でしかないと思う。
私たちは地元も違うし。でも、どこかで彼の名前を聞けたらきっと誇らしく思う。宮兄弟じゃなくて、宮治として有名になったあなたがいるなら。

「私宮くんの食べてる時の顔好きだよ」
「まじか。次見とったら金とるわ」
「やだなあ」
「もし、俺が店出せたら連絡したるから、来ぃや」
「いいの?嬉しい。楽しみにしてるね」

もしもこの先、あなたが立ち止まってしまうくらい傷付いて悩んでしまったなら。私のこの言葉達があなたを支えますように。

全く気に入らないサンダルの音をバックミュージックに私たちは用もないくせに保健室を目指した。

ねえ宮くん。
卒業して、将来なにか仕事に就いて働いて、疲れて。お酒なんか飲みながら学生時代の思い出とか振り返ったりした時。
私はきっと今日のあなたを思い出すよ。
こんな風にダサい便所サンダルに間違うような室内履きを履いて、すごく静かな渡り廊下を2人で歩いたこととか。
将来の夢を叶えられるかどうか不安になった宮くんはどうなったかな、今日も自分を鼓舞して1人で戦ってるのかななんて。
そんなこと思って、多分少しだけ。本当に少しだけ泣いちゃうと思う。

その時が来ても、私はきっと今と同じように願うよ。どうか、あなたの夢が叶いますようにって。

- 16 -
←前 次→