言外に含まれた真相/佐久早
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「佐久早って子が今から書類取りに来るから来たら教えてね」
わかりました、と短い返事をして受話器を置いた総務課の課長がカチカチとマウスを動かしながらそう言った。サクサ?と首を傾げた私に向かいのデスクの先輩が驚いた顔をしてみせる。
「知らないの?今年うちのバレーチームに入った大学MVP」
「あー……興味無いですね……」
「うわ、勿体ない。今年宮侑っていうイケメンと同期で入社したんだよ。ちなみにその子もバレーね」
「へぇー詳しいですね」
「まあね」
課長は私たちがそんな会話をしている間もガーガーと機械音を立てさせながらひたすら書類を印刷しているようだ。
総務に配属されて早2年。楽そうなんて思っていたのは配属前だけ。総務というのは地味に忙しい。今課長がやっているように何か変更があれば書類対応をしなければならないし、電球が切れたコピー用紙がない等言われれば補充をしなければならないし、正社員からアルバイトの給与計算もやる。
この会社は経理もこの総務課で行っている。ちなみに私の仕事はその経理と不動産管理の一部だったりする。
今日も今日とて領収書申請は不備だらけだし、契約しているマンションへの要望も多い。特にバレーチームに所属している人達の領収書なんて不備がなかったことはないし、そのマンションに住んでいるのもほぼそいつらだ。
「そういえば新人ちゃん同期だよね?佐久早くんと宮くん、どう?カッコよかった?」
私から見て斜向かいに座る今年の新卒で総務に来た女の子。私と先輩と同じく経理部門担当に割り当てられている。綺麗な子で仕事の覚えも早い。その子は「宮は明るくて面白かったんで結構人気でした。佐久早くんは……なんというか暗かったです」と苦笑する。ミヤアツムは敬称なしでサクサくんをサクサくんと呼んでいるところを考えるとそこまで仲良くないことが窺えた。
「すいません、佐久早です」
「あー佐久早君、ごめんね書類まだだからちょっとこっちで待って」
「はい」
控えめな声が聞こえて顔を向けると気だるそうな表情が良く似合う所謂イケメンが立っていた。おぉ、この人が噂のサクサ。額に綺麗に並んだ黒子さえなんだか色気を醸し出している。
バレー選手らしい身長の高さにスーツの上からでもわかる筋肉。性格云々は抜きにしてきっとモテてきたに違いない。
そっと先輩を盗み見ると目がハートになっていた。あ、落ちたな。
佐久早くんはスタスタと課長の指さした衝立の奥に消える。そこはいつも総務で対応が必要な案件、例えば中途入社の手続き、社会保険についての説明、退職手続きなど個別で対応する時に使うスペースだ。衝立があるからなのか、結構際どい会話も普通の声で話す人が多い。
まず課長がそれ。だから総務は噂の宝庫になっているのだ。
きっと今日も割と大きい声で個人情報もクソもない話をするんだろう。先輩は既に聞き耳を立てている。
「お待たせー。なんだっけ、結婚するんだよね?いつ?」
「え?来月?結構急だね……そしたらこれとこれ書いてもらうんだけど、奥さんになる人は今働いてる?」
「そっか、じゃあ扶養に入れるってことね」
サクサくんは声が小さいのか全く聞こえないけど課長の大きい声は聞こえる。先輩の目からはハートマークなんて消え失せていた。正味5分もない恋は儚くも失恋という結果で終わったようで笑ってしまう。
ていうか新卒で入社、配属3ヶ月で結婚って早いな。付き合って長かったのだろうか。あんな風に見えて意外と手が早いのだろうか。色々勘繰ってしまうのは女の性だ。
まあどうせ昼休みになったら課長が騒ぎ出すんだから、ここであえて聞き耳を立てる必要なんてない。私は手元の書類に集中した。
「今、手空くかな?佐久早君がマンションについて知りたいみたいで」
「へ?あ、あぁ。大丈夫です」
「じゃあ待ってるし行ってあげて」
何分か経って急に課長から声をかけられる。丁度マンションへの要望の『ゴミステーションを24時間対応にして欲しい』というのを読んでいた。なんだろう。引越しか。そう思いながら机上のファイルを持って衝立へと向かう。
コンコンコンと念の為衝立をノックしてから入ると、行儀よく座ったサクサくんが目に入った。
「マンションについてですよね?」
「あ、そうです」
「これ一応資料です。賃貸希望ですよね?ていうかそもそも賃貸だけなんですけど」
そう言いながらファイルを机に置くと、めちゃくちゃ眉間に皺を寄せてからそれに手を伸ばすサクサくん。おい、汚いモノ扱いかよ。そう思ったけど何も言わない。
パラパラと人差し指と親指だけでページをめくる。聞きたいことってなんなんだろ。手持ち無沙汰になったので、手元にまだ残っていた課長のメモを盗み見た。
あーサクサって佐久早って書くのか。珍しいな。そんなことを思っていると「あの」と声を掛けられた。
「はい、なんですか」
「ここってごみ捨ていつでも出来る、んですか」
出た。さっき要望にあったやつ。
「今はできません。ただ要望が多いので管理会社に問い合わせをすることになりました」
「へぇ」
「バレーチーム所属でしたよね。結構ここ入居してる人多いですよ」
「……結婚、するんですけど。そういうのって大丈夫なものですか」
言い淀む佐久早くんだけど、残念ながらさっきの課長のせいで会話だだ漏れだったから。その言葉も飲み込む。なるべく安心させるように笑顔を作ってから私は答えた。
「ご家族となら大丈夫です。同棲とかってなると色々面倒な書類が必要ですけど、ご結婚されるんだったら必要ないです」
「ありがとうございます」
安心したように上がっていた眉尻を下げた佐久早くん。とりあえず疑問点は解消できたみたいなので、ファイルの一番先頭のページに戻ってマンション契約についての説明をした。
家賃やその他の必要な費用、簡単なルールを手短に説明し、空き部屋については希望を加味した上で私から不動産会社へ問い合わせることを言うと「わかりました」と短く返事をして頷いてくれる。とりあえず検討するみたいだ。
じゃあまた改めて、と挨拶をしてから課長に声を掛け衝立を後にした。
「2番に佐久早くんから電話だよ」
「サクサ?……あー結婚した佐久早くんですね」
「それやめて」
くすくす笑いながらボタンを押して電話を取ると『佐久早です』と聞こえた。多分先月説明をしたマンションについてだろうと予想を立てて『マンション契約します?』と聞くと数秒の沈黙のあと『はい』と返事をされる。
丁度よく管理会社からもゴミステーションの件で先程回答を貰ったばかりだ。
世の中タイミングが良い人っているんだなあ。
メールフォルダを開いて膨大な量のアドレス帳から佐久早と打ち込み、宛先に入力する。下の名前、聖臣って言うんだ。
『今メールでマンション契約についての書類送信したのでそっちで印刷かけてください。部屋の間取りとかの希望は今送ったメールに返信くださいね』
『わかりました』
『あ、御結婚おめでとうございます』
そう付け加えると電話口の向こうで佐久早くんが息を呑んだ。ややあってから聞こえた『ありがとうございます』が戸惑っているような声色で微笑ましく思ってから電話を切る。
結局あの後課長はやっぱり昼休みに佐久早くん結婚するんだって、と騒いだ。
事情聴取よろしく新人ちゃんを囲んで洗いざらい話を聞くと、どうやら高校の時からの付き合いらしい。そして大学在学中のプロポーズ。
新人ちゃんがミヤアツムから入手したたった1枚のツーショットからでも佐久早くんの溺愛ぶりが見て取れる。
ちなみに先輩のメンタルはボロボロだった。
やっぱり、イケメンの選ぶ子っていうのはめちゃくちゃ可愛いしいい子そう。
画面一面に写る満面の笑みを浮かべた奥さんと控えめに微笑んでいる佐久早くん。
2人のピッタリとくっついた頬。佐久早くんも小顔だったのに奥さんはもっと小さい。
別にファンでも何でもなかったけど、その写真が微笑ましくて可愛くて新人ちゃんに送ってもらったのだ。
ピコン、と新着メールを知らせる音がしてカーソルを合わせれば『佐久早聖臣』という文字。
本文には間取りは3LDKか4LDK、なるべく人の少ないフロアがいいと書かれていた。
人嫌いなのか、それとも奥さんを人目に触れさせないためなのか、どちらにせよ希望を叶えてあげたい。結婚祝い代わりだ。
そう考えて私は不動産会社へ電話するために再び電話機を取ったのだった。
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