狼と羊のおままごと/及川



0.5の隙間で恋愛は出来るんだろうか。

器用な人だと思っていた。もっと恋愛体質な人だと思っていた。バレーに触れるような熱量で私に触れてくれるのだとそう思っていた。

でも現実ってそう甘くはない。花の女子高生3年生にして思い知らされた。

「えっ及川くんと別れたの!?」
「声大きい」
「ごめんて……え?本気?」
「うん」
「な、なんで」
「なんでって……なんか、違った」

ストローでココアを吸い上げながらスマホの画面をスクロールさせる。及川くんは今まで結構な頻度で彼女を替えてきた青城屈指のイケメンで、昨日、私の元カレになった人。ちなみに隣のクラス。
昨日の会話のままで終わっているトーク画面を友達の眼前に出した。

『別れてほしい』
『なんで?俺なんかした?』
『付き合ってる意味ない』
『待って全然意味わかんないよ?ていうかこれこんなメッセージでやりとりする内容じゃないよね?』
『別れて』

私の別れてという発言の吹き出しの横には既読の2文字。友達はそれを確認すると苦笑いをした。コツコツと指の先で私のスマホ画面を叩くと不満げに声を上げる。

「及川くん全然納得してなくない?」
「既読ついてるし」
「多分そういう意味じゃないでしょ……ほら」

遠くで花巻が私を呼ぶ声がした。友達は内緒話をするように手元に口を当てて「とにかくちゃんと話さないとダメだよ」と言う。なんだか聞き分けの悪い子どもに言い聞かせるような話し方に口がへの字に曲がってしまった。
もう一度花巻が私を呼ぶ。うるさいな聞こえてる。うんざりしながら立ち上がって花巻がいる扉の方に向かうと、多分今の私と同じような顔をした元カレの及川が立っていた。

「やっと来た。及川がお前に話あるって」
「私は無いって伝えて」
「だってよ」
「俺はある、とびっっっきり大事なやつって伝えてマッキー」
「……あのさ、目の前にいるんだから直接やってくれるぅ?」

花巻はうんざりした様子で腕を組んだ私の背中を押して及川に預けた。なんだコイツ、そう思って睨むと肩を竦められる。及川も及川だ。普通に抱き留めているし、肩に回った太い腕が離さないと言うようにしっかりと私を引き寄せる。いつもと同じ爽やかな制汗剤の香りと混じった及川自身の匂いを感じた。
こういう如何にも女子ウケのいい所が、嫌なのに。

「行くよ」
「……ん」

私の手首をがっしりと掴んだ及川はずんずんと廊下を突き進む。いつものように男女問わず話しかけられていたけど、ヘラヘラ笑いもせずただ前だけを向いて歩いていた。
なんで?いつもなら私の事なんて気にしないで話し込んだり、手作りのお菓子も受け取るくせに。
私は手を引かれるがまま及川の後だけを追った。

屋上へ続く階段の踊り場について、私の手首は漸く解放された。結構な力で掴まれていたらしく、ジンジンと痛むそこを逆の手で撫でながら及川を睨みあげる。

「別れてって言ったよね」
「あのままじゃ埒が明かないでしょ。お前話聞く気もする気もなかったよね?」
「話したくないから」
「あのさ……俺、何かした?」

呆れるように息を吐き、額に手を当てた及川は私にそう問掛ける。何かしたって。私は常日頃から感じていた違和感と明らかな温度差を思い返す。
強豪と名高いバレー部に所属し、スタメンを勝ち取る及川徹という人がどういう人なのか、私はわかっていなかった。
「好きだから、付き合ってよ」なんて優しく微笑まれ、もしかして私今1番幸せなんじゃない?なんて勘違いするくらい私は舞い上がった。
こんな素敵な人に告白されて付き合えるなんてこれからきっと幸せな日常が待ってるんだ、そんなことも思っていたりした。
月曜日がオフ、休息日。なら私と帰ったりしてくれる日があるんじゃないか、なんて淡い期待。そんなのはすぐ裏切られた。
バレー部のヤツらとラーメン、甥っ子のバレー教室、他校の研究、エトセトラ。
もっとずっとスマートで熱烈でクールな人だと思っていた。

あ、この人私の事、0.5なんだ。

すぐに分かった。私は完全な1が欲しい。
この人じゃ無理。

「なんか、思ってたのと違った」
「……はぁ?」
「及川はバレーが1番だってわかってたつもりだった。だから私は2番かなって期待した。私は、2番ですらなかったよね」
「どういうこと?わかんないんだけど」
「言葉の通りだよ。それ以外ない。私は、もっと私と一緒にいたいって言ってくれる人と恋愛がしたい」

摩っていた手首を自分で握る。なんだか及川の目を見ることが出来なくて、迷った挙句、視界の端に見えた階段の手すりを見た。
その瞬間黙っていた及川の方からとてつもなく大きな舌打ちが聞こえて、思わず顔を上げる。怒りなのかわなわなと肩を震わせて額に青筋を浮かべた及川。あれ?試合中?と思うくらいには殺気立っている。
そんな及川は初めて対峙したので、びくりと肩が鳴った。

「俺が、お前を2番?本気で言ってんの?それ」
「ほ、本気」
「1年の夏、小田、冬には真田、2年の文化祭後に谷口、こいつが確か1番長かったね。俺よく覚えてるでしょ。これ全部お前の元カレだよね。あ、中学も言ってあげようか」
「ちょ、な、なんで」
「お前の元カレは全員知ってる。どれだけ付き合ってたかも分かるからね」

ぞわりとした。この人はいつの間にそんなことを調べあげたのか。
及川にも彼女がいたのに。
私はその誰もを逐一覚えているわけじゃないけど。だって及川は見る度に違う女の子を連れていたから。かつて及川の隣を歩いていた女の子たちを思い浮かべて、気付いてしまった。
私と同じ人数。同じタイミング。
困惑の声が口から漏れ出ようとして、私はそれを慌てて抑える。口元に当てた手が微かに震えていた。
そんな私を嘲笑うように及川が一歩一歩確かめるように私に近付く。そもそも距離なんて空いてなかったから及川は一瞬で私の両肩を掴んで抱き寄せた。

「な、なんで」
「分かったみたいだね。それでも……俺の中でまだ2番だなんてふざけたこと言える?」
「でも、部活休みだって私と会わなかった。連絡だって来ないし、そんなこと言われても……」

ふーんと吐息ばかりの声が私の鼓膜をすぐ横で揺らす。心臓がバクバクと嫌な音を立てて早まった。あれ、この人ってこんな人だったっけ。もっとなんというか、いい意味で軽くて、でもどこか情熱的。なんかそんな人だったような。今目の前にいるのは誰だ。

「お前が言ったんだよ。次付き合うなら重たいより少し軽いくらいがいいかもって。だからお前の方に行きたいのを堪えてたのにさ……まぁいいや。結局寂しいって話だよね?それなら大丈夫、万事解決、まっかせなさーい」
「えと」
「それともまだ別れるとか言うつもり?」

まあ逃がさないけどね。

そう囁く及川は私を強く抱きしめた。背骨が軋む感覚がする。まじでこの人誰なんだろう。私、これから先どうしよう。そう思いながらも彼の背中に手を回してるんだから私も大概頭がおかしいのかもしれない。

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