あなたの心臓が見えない/黒尾
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バレーボールというスポーツをきっと、愛してる。
それが私の好きな人。
黒尾鉄朗。音駒高校バレー部主将。3年5組で同じクラス。同中。家はそんなに近所ではないけど、同じ学区。
私が知ってることはそれくらい。仲がいいと言えばそうかもしれない。そんな私たちの関係は周りからみれば「いい感じ」らしい。
大体の女子が「黒尾」と呼ぶ彼を私は「クロ」と呼んでいる。本当は、鉄朗、そう呼びたいけれどなかなかその一歩が踏み出せない。
お弁当に最後まで残していた母お手製の卵焼きをフォークで突き刺した。適当な席を借りて周りに座っている友達3人は昨日放送していたドラマがどうのこうのと話している。
それに耳を傾けて相槌を打ちつつ、私は窓側へ視線を向けた。また、今日もパン食べてる。
だらしなく窓枠に腕をかけて夜久くんと話しているクロは最近ほぼ毎回お昼は購買みたいだ。
「黒尾のこと気になる感じ?」
「いや、気になるって言うか最近お弁当持ってこないなって」
「あー……言われてみれば最近購買ダッシュしてるもんね」
「よく気付いたな」
「……まあ、見ちゃうよね」
彩りだから別に食べなくてもいいからね、と苦笑いして毎回パセリを入れる私の母が何故か思い浮かぶ。
「パセリってめっちゃ栄養あるんだぞ、食べろ」なんて私のお弁当を指さしてお母さんみたいなことを言ったクロ。それからはちゃんと食べるようになって、心做しか母は嬉しそうにするように変わった。
何が言いたいかと言うと、クロって多分そういう人なんだ。誰かに言われなきゃ分からないような気遣いとかそういうものに目敏く気付く人。世話焼き。
普通の高校生なら知らないでしょってことを何故かよく知っていて、特にご飯だとかそういうことをすごく大切にする。そんな人が、パンだけでお昼を済ませている。その違和感がどうしても喉元で詰まった。
ガコン、と音を立てて落ちた飲み物を拾うために屈むと履き潰した上履きが目に入った。視界に入り込む自分の髪の毛が邪魔で耳にかけながら目線を上にあげる。どうやって寝ればそんな寝癖がつくのか、疑問しか浮かばない独特の髪型のその人はニヤリと笑った。
「奢ってくれてもいいんですよ?」
「女の子にたかるなんて。夜久くんに言いつけよ」
「嘘!ウソ!冗談!普通に買いに来たの!夜久に言ったら面倒だからやめて!」
「私も嘘だよ」
分かりにくい、そんなことをごにょごにょと言いながらクロはポケットから手を出す。硬貨を1枚だけ入れてぐんぐんグルトのボタンを押した。
見た目の割に子供みたいな飲み物を飲むんだな、と思ったけど言わない。だというのにクロは私の手に握られてるカフェオレを見て「またカフェインとってる!」と大袈裟に騒ぎ立てる。
「出たよオカン」
「摂りすぎはダメだって言ったでしょーが」
「ハイハイ気をつけます」
「ハイは1回」
「クロはさぁ」
「話聞いてる?……まあいいけど」
お弁当やめたの?と尋ねてみた。ぐんぐんグルトにストローを突き刺すクロの横顔から、表情が抜け落ちる。もしかして、まずいことを聞いたのかも。そう思ったけど今更もう戻ることも出来なくて、とりあえず私もカフェオレにストローを突き刺してみた。
「婆ちゃんに作ってもらってんだけどさ、腰やっちゃって。暫くは購買なんだよ」
「……そうなんだ」
「お前が作ってくれてもいいんだよ?」
「私のお弁当お母さん作だから無理」
「あっそ」
初耳。少し驚いたけれど顔に出さないようにほっぺの裏側を噛んだ。おばあちゃん、そうなんだ。世間一般的にお弁当って基本お母さんが作るものだと思っていたから、少し、ビックリした。
まあでもそういうお家だってあるか。多種多様。男女平等、とはちょっと違うけど。
クロはそのまま間抜けな音を立てて一気にぐんぐんグルトを飲んでいた。
部活が朝も夕方もあるのに、パンだけって腹持ち悪いだろうなあ。私も同じようにカフェオレを飲みこむ。すると、もう1台あるペットボトルや缶の飲み物を売っている自動販売機が急に不気味な機械音を立てた。
「うわ、なに」
「調子悪いんじゃね?」
「ふーん」
試しにボタンをひとつ押すけど別に何も起こらない。クロは何も言わずにただそんな私を見ていた。何か、話した方がいいに決まってる。
でもなんとなく、クロが難しそうな様子でいるから、話出せない。
何か違うこと話さなきゃ、と視線を走らせるけど自販機コーナーはジュースしかない。困った。私の目はなにか変わり種はないかと自販機のラインナップを見るけど特に代わり映えは無い。目に付くことといえば、秋なのにまだ冷たい飲み物ばっかりってことくらいだ。
「あ」
ある1点で私の目が止まる。いいことを考えた。
高校の入学祝いで両親から貰った、私が持つには少し大人っぽいデザインの長財布を揺らす。百円玉を自販機に入れてボタンを押した。そして、勢いよく落ちてきた小さいペットボトルを下から取り出してクロの胸元に押し付ける。
「え、なに?これ」
「青汁」
「は?」
「野菜取るといいよ。便秘になる、パンだけじゃ」
「え、すげぇ健康オタクみたいなこと言うじゃん」
ぶひゃひゃひゃ、とクロは爆笑した。相変わらずキモイ笑い方だなあ、なんて思うけど、我慢する。
一頻り笑ったクロは漸くペットボトルを受け取った。それから飲み口の所を親指と人差し指でつまみ上げてパッケージを舐め回すように見ている。
原材料でも見てるのかな、さすがオカンと思ったけどなんだろう。どこか楽しそう?というより嬉しそうに見えた。少し紅潮した目の下が小さい子供のようで可愛い。
クルクルと回し終わったのか、きちんとボトルを握り直したクロは私を見下げて万遍の笑みを浮かべた。
「サンキュ」
「……どういたしまして」
「チョイス流石だよなぁ。センス光ってる。これインスタあげていい?」
「勘弁してください」
私があげた青汁とスマホをそれぞれ手に取って見せてくるけど、本当に勘弁して欲しい。でもそう言ったところでこいつは多分あげる。丁寧にタグ付けまでしてくるはず。
少しうんざりはしたけど、まあ、楽しそうだしいいか。
無くなったカフェオレをゴミ箱に投げ入れるとそれを待っていたようにクロも手の中のパックを捨てる。合図をした訳では無いけど同じタイミングで歩き出した。
まだ昼休みで騒がしい中庭を横目で見る。みんなでバスケしたり、簡単なダンスをしてたり楽しそうだ。ちら、とクロを見るとまたさっきみたいな無表情になっている。
どうしよう、なにか声をかけてあげたい。そう思って数秒間、考え抜いた結果私から出たのは「お婆ちゃん早く腰治るといいね」という何にもならない言葉だった。
だって、もし私がクロだったら不安でいっぱいになると思う。私がこうさせちゃったからかなとか、無理させちゃったかなとか。だから、クロがもしそう思ってるなら何か少しでも励ましてあげたい。
それが通じたのかは分からないけど、私の頭の上にクロの大きな手のひらが乗った。撫でるでもなく、ただ置いただけのそれはとても暖かい。
「ありがとな」
クロの言葉に、別に、ともどういたしまして、とも言えなかった。
ねえ元気出してよ。辛そうにしないで。もっと頼ってよ。話してよ。そう言いたいのに口は動かない。
多分私がクロを好きなのと同じように、クロは私が好きだと思う。
そうじゃなきゃこの距離感は可笑しいし、友達ならもっと友達らしく振舞ってくれるはず。けれども、そう思うことさえも私の自惚れなのかな。なんかもうわかんないや。
少し悲しくなったその時、頭に乗っていた手が離れて私の右手を掴んだ。ドキリと心臓が鳴る。
「少しだけ、繋いでて」
「う、ん」
「教室着く前には、離す」
その言葉には返事をせずに私はただクロの手を握り返した。
ねえ、これが私の自惚れじゃないなら、もっと傍に寄らせて。私は、もっと、クロの心の中に入りたいよ。
そう思いながら、私は手を握る力をそっと強めた。
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