同一化に伴う喪失について/三途


※死ネタ
※マイキーにも女がいます(故人)
※梵天について多大なる捏造しかありません
※結成年等に関しては何も考えずに書きました。広い心で受け止めてください。

以上 話のテーマが特殊なので苦手な方は注意してください。ちなみに萌珠は題材にしている映画は冒頭少しの記憶しかありませんのでもし好きな方がいらっしゃったら、土下座謝罪します。





魂の重さは21gらしい。昔親に連れられて観た映画の冒頭、主人公らしき男性のナレーションが告げたその言葉だけ未だに頭に残っている。当時の私はまだ小さくて、その映画がなんのための映画なのか、何を思って親がそれを見て眉根を寄せたのか、何も分からずに流れるシーンだけを暗い映画館のシートに座って見つめていた。今なら映画の意味はわかるだろうか。
その洋画の題名もレンタルショップのどの棚にあるのかも分かっていて、最近始めたサブスクリプションサービスのリストの中にも入っているというのに私は未だにその再生ボタンに手をかけられないでいる。

それをもう長い付き合いになる春千夜はいい加減早く見ろよ、と呆れ顔でぼやくのだ。いつまでここに入れてんだよ、と大して自分は使いもしないサービスのリストを上から下まで見つめる。こうしてふたりで肩を並べてテレビなんか観るのはいつぶりだろうか、そう考えて紅茶を入れたばかりのマグカップに息をふきかけた。
春千夜は、相変わらずなんだかんだと文句を言いながらカチカチとテレビのリモコンよりも小さなそれを弄る。似合わないなあ、と思わずつぶやけばじとりと、その長いまつげに囲まれた綺麗な瞳で睨まれてしまった。

「春千夜がそのリモコン握る日が来るなんてね」
「ウッセー。ジャマだからこれ、さっさと見ろ」
「えー……うーん。まだ見ない」
「は?見ねーのかよ……」

だってなんか怖いんだよね、と未だその映画のタイトルにカーソルを合わせたり外したりしている画面を見つめて呟く。まだ小さかった頃の話だったからかもしれない。曖昧になってしまった記憶の奥底で、小さな私が泣き喚くのを困った顔で見つめた母親の姿が思い浮かんだ。
何かが怖かった。自分の中の決定的な何かがそれを酷く拒絶したのだけ、私はよく覚えている。
手元でまだ熱さを主張するカップに息をふきかけて考え込む私をちらりと見た春千夜は何も言わなかった。私は話を続ける。
人間は死んだら21グラム軽くなるんだって。どこかのすごい博士が調べた結果みたいでね。犬とか他の生き物も検証したらしいんだけど、人間だけ、軽くなるんだって。それって、つまりさ、魂の重さなのかな。
私がぽつりぽつりと話すことを彼は黙って聞いていた。あまりにも長い間黙っているので、本当は聞いていないんじゃないか、そう思いつつもやっと口に流し込めるほどに冷めた紅茶を1口口に含む。ごくり、と紅茶を飲み下したその時彼は漸く口を開き、知らねーよ、とだけ言った。
随分と長い間考え込んでいた割にはあっさりとした彼らしい答えだと思って、私は思わず笑い声をこぼす。
笑うな、と私の手からカップを奪って、乱雑に頭を撫でる手。その手がどれだけの人を傷付けたのか、ふ、とそんなことが頭に浮かぶ。

春千夜の属する組織が関東卍會なるものから、梵天とその名を改めたのはつい最近のこと。そしてその仕事が、今までのそれより一際黒く影を落としたものに変わったのも、最近のことである。

彼の仕事を、受け入れたのは私だ。春千夜は最初、巻き込みたくないと私に別れを告げてくれた。いつか必ず、自分は私を傷付ける。傷付けたくない、だから離れなければならない。
全てを語った訳では無いけれど、彼が私の指先を握りながら話す声を聞けばそれはすぐに分かった。
春千夜のこと、1人にはしないよ。あなたがいる所が私の居場所だもん。
私がそうやって彼の言葉を無視すると、春千夜は一瞬だけ泣きそうに端正に整った顔を歪めて、それから笑った。

春千夜は私の頭を撫で回していた手を止めて、私の肩を引き寄せた。ぐ、と力を込めて握られる肩が少し痛んで、抗議をしようと頭を上げるとそこに春千夜の唇が落ちてくる。生暖かい感触が伝わって、春千夜が生きてここに存在していることを私に証明した。

「ねえ、春千夜。私が死んだらさ」

その後に続けた言葉に春千夜は眉根を寄せる。駄目?と首を傾げると、言葉にならない獣のような唸り声を上げた。数秒の間が空いてから、分かった、と悔しそうに頷く顔が可愛くて私は笑った。約束ね、そう言って小指を出すとガキかよ、なんて文句を言いながらもそこに指を絡ませてくれる。こんなふうに穏やかな時間がこれからも続けばいいのに、私は絡まってきた春千夜の小指の感触を確かめながらそんな事を祈った。


ある日、私のタブレットを弄る手が止まった。あるネットニュースが目に止まったからである。女性の変死体発見、暴走族同士の抗争に巻き込まれたか、なんていう他人事では無い見出しに指が震え心臓が低く鼓動した。興味が引かれるまま、その記事を読み進めると、その被害女性が丁度私と年齢が同じらしく、背筋に冷たい汗が流れる。
なんとなく、春千夜の後ろ姿が私の脳裏に蘇った。嫌な予感にすぐに近くにあったスマホで彼に連絡をすると無機質な呼び出し音のあと、割と直ぐに彼の不機嫌そうな声が聞こえて胸を撫で下ろす。
どうした?今立て込んでる、と忙しいだろうにそれでも私の話を聞こうとする春千夜に、ああ、いつもの彼だと感じて、安堵の息を吐いた。
大丈夫。そんな訳ない。
そう言い聞かせて、ごめん、声が聞きたくてと誤魔化すように答える。その私の返答に彼は数秒の沈黙のあと、本当に何もないのかと問うてきた。
マイクのスピーカーに拾われないよう、なるべくゆっくりとそして静かに唾を飲み込む。
言えるわけがない。ネットに上がっているニュースを見た、その抗争に春千夜が関係あるのではないか、私と同じ年齢のその被害女性に、春千夜が関係しているのではないか、そんなことを思ったなんてこと。
不安は確信めいて、私の中に残るけれどそんなことを聞いても仕方がないことはわかっている。私は全てを飲み込んで、大丈夫、気を付けて帰ってきてね、と努めて明るい声を出した。その声を聞いて春千夜は、ああ、と短く返事を返す。恐らく腑に落ちていないのか、納得なんてしていない無愛想な声だった。
立て込んでいると言った彼は、その夜も次の朝も帰ってこなかった。見えない何かが私の背中を掴んで、囁く。次はお前かもしれないね。
はは、と乾いた私の笑い声が静かなリビングに木霊する。別にいいよ、死ぬのが怖かったら、春千夜の隣になんかいられない。そう、自分に言い聞かせた。



突き付けられた銃口をいくら見つめても、どれだけ瞼を閉じてみても、何も変わらない風景が今この瞬間が夢ではないと私に思い知らせる。昨夜見上げたときには温かい色をしていた春千夜の瞳は、今はもう凍てついた氷のようで私はついに、と思った。そうか、春千夜の恐れていたことが起こったのか。

今朝方仕事に向かおうと家から出ると、そこには私を待ち受けていたように地味なスーツを着用した男性が2名、まるでボディガードのように立っていた。
ミョウジさんでしょうか、ご同行お願い致します。片方の男性が有無を言わせない様子で私を上から下まで見つめたあと、そう静かな声で私に伝えてくる。
春千夜が以前、もしもこのような事態に陥ったら抵抗するな、と私に口酸っぱく言い聞かせてくれていたのを思い出し、私は頷いた。順応な私に面食らったのか、男性2人はなんとも言えない顔で目を合わせる。そして、三途さんが、お待ちです、と言った。言っていいことなのかそれは、なんて思いつつもきっとこれは私に対する彼らからの最大の配慮だったのだろうと言い聞かせ、私はただ彼らの間に挟まるようにしてマンションを降り、黒塗りの車に乗り込む。
仰々しく後部座席の扉を開けられたので覗き込むと、そこには春千夜が座っていた。
春千夜。私の間抜けな声を聞いてまっすぐ前を向いていた綺麗な横顔がちらりとこちらを見る。私の姿を確認すると、視線は直ぐに元の位置に戻っていってしまった。
今は、ただの春千夜ではなく、三途春千夜なのかと私は認識する。梵天と言う組織のナンバー2。彼が喉から手が出るほどに渇望していた、あの人の隣。
ズキリと痛んだ心臓の奥に気付かない振りをして私は促されるがまま春千夜の隣に腰を下ろした。


1時間ほど走って漸く車はその動きを停めた。その間勿論車内に会話はなくて、時折信号待ちで停車をする度に車外の話し声やバイクの走行音が控えめに響いて、私はその音ばかりに耳を済ませていた。きっと保育園や幼稚園に送っていく途中なのであろう親子の話し声、明日はパパがお休みだから一緒に遊ぶ、と楽しそうな笑い声。子どもの声は、高いからよく響く。いいなぁ、と素直に思った。
夢を見なかったわけじゃない。いつか、私も好きな人とそういう関係になって、当たり前に子どもをこの体に宿す。生命の営みを当たり前に、普通に。そしてその隣には、春千夜がいてほしい。そう思うことだって、あった。
彼がこんな仕事じゃなければ、そう思えば思うほど、それでも今の彼が好きなんだと訴える私がいる。長い足の上で組まれて置かれている彼の手を見つめたけれど、その視線に気づいてもなお、ピクリとも動かない彼が私にそんな未来は無いのだと思い知らせた。
ゆっくりと速度を落としていく車はいつの間にか随分と人気のないところまで来ていて、私はなんとなく、自分の命がここで終わるのだということを悟る。

「マイキーの女が、死んだ」
「……そう、なんだ。うん……それは、残念だったね」
「オレはアイツを支える為だけに生きる」

だからオマエがいたら、ダメなんだ。春千夜はまるで自分にも言い聞かせるようにして呟く。
大丈夫。知ってるよ。それがあなたのあの人への忠誠心なんだもんね。
私の番がついに回ってきたのだ。見えない何かが私の耳元で気が狂ったように笑い声をあげる。
車を停めた倉庫街にはもちろん誰もいない。静寂の中、春千夜の穏やかな声だけが響く。耳をすませなくても、私の鼓膜は彼の声だけをよく聞くようにもう出来ていて、彼の一言一句が頭の中に反響した。
大丈夫、分かってる。分かってた。私への気持ちはあなたがあの人を思う忠誠心には到底叶わない。あなたは、絶対にその人を選ぶってこと。分かっていたのに、どうしてか、期待を裏切られたように感じる私を許さないで。言葉を紡げば途端に気持ちが溢れ出して、何も悪くない春千夜を責め立てて自分を正当化しそうになる。この期に及んでなにを望んでいるんだろう。そういう彼を選んだのは私で、そういう自分を選んだ私をいつか来るこの瞬間までそばに置いたのは春千夜だ。
いつだって自分で選んできた。選ばれることを望んだことは無い。
息を大きく吸い込んでから私は、こちらに背を向ける彼の前に回り込んだ。私より頭一個分高い整った彼の顔を両手で包み込んで、自分が今出来うる限りの笑顔を浮かべる。

「春千夜、大好きよ」

好きだよ。大好き。1番好き。他には誰も好きじゃない。愛してる。
私の囁いた言葉に、春千夜はかすかに目を開いて、それから瞼を伏せた。長いまつ毛が、その顔に影を落とす様が綺麗で、その美しさに溜め息が洩れる。ああこの光景を最後まで焼き付けられるなんて、これほど贅沢なことはない。そう思った。天使なのかと見紛うほどの美しさを見逃すことなんかしたくなくて、私はただ彼の動きの一つ一つを目に焼きつける。
春千夜はほんの少しだけ震えた息を吐き出して、ごめんな、と謝った。なにが、と聞くとやっぱりあの時ムリにでもオマエは手放すべきだった、と答えるので、バカだなあと思う。
私を殺すことであなたの心からの忠誠があの人に伝わるのなら、私はそれでいいのに。

「私が、望んでここにいるんだよ、春千夜。あなたはなんにも悪くないの。もしも私に少しでも悪いと思うなら、私を傍にいさせたことを、後悔なんかしないでよ」
「……あぁ。わかった」
「約束、覚えてる?」

春千夜は私の言葉に頷くと、私の額に自分のそれを擦り付けた。近くなった距離は春千夜が動く度に鼻先同士が口付けてしまうほどで、私は吊られるように春千夜の唇に自分の唇を寄せる。何度かくっ付いて、離れてを繰り返していると自分の顬の辺りにゴツゴツとした冷たい感触を感じた。横目で見つめた銃口は真っ黒で何も見えない。見上げる春千夜の凍り付いた瞳。
最後まで、忘れないように観察を続ける。
彼は、約束を守ってくれるのだろうか。1度決めたことを曲げることはしない人だから、きっと守ってくれるはずだ。大丈夫。あなたが来てくれると信じてるから、自分の行き先が地獄であろうと恐怖は無い。

「先に行って待ってろよ。オレもそのうち追い付く」
「春千夜」

私だけの天使は迷うことなくその引き金を引き抜いた。
ありがとう、と続けたかった言葉は乾いた破裂音に掻き消されて、多分彼の耳には届かなかっただろう。
私の中には私がたくさん存在していて、その数だけの色んな感情があった。色んなものを投げ捨てて私を選んで欲しいとか、普通の幸せを望んで欲しいとか、でもそんなことを彼が望まないと分かっているからせめて一緒にいさせて欲しいとか。我儘で傲慢で、それでも彼に献身的でいたいと望む私が、声を揃えて望んだことが、今叶ったのだ。
私が終わる、最後の瞬間は、私だけを見て。
一瞬にしてブラックアウトする視界の最後まで私は春千夜を見つめて彼も私だけを見ていた。その綺麗に整った顔に一筋だけ落ちた涙が、余りにも哀れで、拭ってあげたかったけど言うことを聞かない体は後ろに向かって倒れていく。

ああ結局あの映画は見ないまま終わってしまった。春千夜はきっとプレイリストからその映画のタイトルは消さないだろうから、次に会った時どんな話だったか聞かせてもらおう。私の大好きなあなたなら、少し恥ずかしそうに頭をかいて舌打ちだってするのだろうけど答えてくれるはずだ。そして、その話を聞いたあと、抱きつきながら問い掛けたい。

私の魂は21グラムだったかどうかを。


「私が死んだらさ、21グラム軽くなったかどうか春千夜が確かめてよ。ね?約束だよ」

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