4日目




生暖かい風が前髪を撫で、途切れそうな意識を必死で掴む。

目を開けると頭が尋常じゃなくガンガンとする。


ここはどこだろう。自室ではないし、屯所でもなさそうだ。
隊服を着たまま寝るなんて…


ああそうか。
僕は誘拐を止めようとして…。

ここは、天国と呼ぶには随分味気ない。
ということは地獄なのか。


後ろ手に結ばれている両手を何とか出来ないかと動かしてみるけど、死んでしまったならもうどうしようもないと諦める。

何地獄へ送られるんだろう…
頭はずっと痛いままかな…
もはや意識と呼ぶのは間違っているかもしれないが、目を開いているために何かを考えていないと…。


そう思っていると、遠くから声が聞こえる。


「船が遅れてるってどういうことだ!」
「知らねェよ!連絡がこねーんだ!」
「もうすぐ日暮れだぞ!今日の朝一のはずだったろーが!」
「ここでもう一晩明かすなんて…」


なんだ、地獄行きの船は遅れてんのか…
朝一で出航なんて、閻魔様も働きもんだ。


「地獄?冗談言ってるとお前もこいつらと一緒に売り飛ばすぞ!」
「俺は何も言ってねぇよ!お前だろーが!」
「はあ?!閻魔様って…」


誰かの足音が近づいてくる。


「お前、目を覚ましたな…」


どうやら声に出てしまっていたようだ。


「覚ますも何も」


もう死んでるのに。


「追っ手がきたら人質にしてやろうと生かしておいたが…お前ほんとに真選組か?」
「サツがお前を探してる気配がまるでねぇぞ」


髪を掴まれ上を向くと、ライトの眩しさで頭痛が増す。

いや、生かして…?
え、僕、生きてる…??
あ、だからこんなに痛いの???


「女よりは安いかもしれねーが、犬ころなら買い手がつきそうだと思ったのによぉ」
「丸一日おネンネしてやがったから、てっきり死んだのかと思ったぜ?」
「ま、真選組じゃねーんなら、命日が1日変わっただけだったな」


これは…殺される…。
いやいや、せっかく生きてること自覚したのに!
たった今状況整理始めたとこなのに!


「お前ら、人身売買の類か」


交渉人、山上登。
とりあえず話を盛りあげろ。


「ふっ、犬のくせに鼻が効かねぇみてーだな、今日のこの計画に気づかないなんて」
「茶くみしか能がないような女も、10、20と束になりゃあそれなりの金になる」


辺りを見回すと、数人の女性が横たわっている。


「天人に江戸の女を売り渡すのか…?」
「あぁ、江戸の女は従順で、奴隷にペットに持ってこいらしい」
「なんて下衆な…!」


そうそう、そうやって話していればいい。
でかい山があったなら、きっと真選組の人たちが…

いやでも、この数日でそんな話聞かなかった。
だとすると本当に気づかれていない取引…?
ならば何とかここを出て、誰かに知らせないと…!!


「俺たちも金に困ってんだよ!今時攘夷なんてするより天人相手に商売した方が」
「そうだ!天人を恐れ、天人を護り、あげく攘夷を排するお前たちとて同じことだろうが!」
「違う。真選組はそんなんじゃない!」


絶対に悟られないように、目一杯の力を込めて縄をちぎる。


「彼らは…、侍は…、真選組はてめぇらとは違う!!」


縄の切れた感触もわからないまま、立ち上がり


「ウォォォォォオォォオ!!!」


2人の間を切り抜けて出口を目指す。


「え、殴りかかってくるとかじゃないの?」
「通過してったよね?素通りだよね?」


もう少しで出口、というとき。

カチッと音が聞こえた気がして思わず身を伏せると



ドゴーーーーン!!!



数メートル先の鉄の扉が、木の葉の様に吹き飛んだ。


「なんだ?!何が起こった!」


あぁ、沖田さんのバズーカ、何度も何度も聞いたから身体が勝手に…


「山上くーん?いるー?」
「…優生さん?います!」
「……ここもハズレかー、全くどこに…え?今なんつった?」
「山上います!」
「えっ、ちょっ、山崎くん!山上くん見つけた!!急に見つけたよ!!」
「なんの確信もなくよく扉吹き飛ばしましたね…」


声はするけど、埃や砂が舞い上がって姿は見えない。
でもきっと、今から総出でこの取引を抑えるんだろう…
想像して身震いする。


「おい、女か?」
「は、まさか。女が隊服着てらァ」


背中越しに、刀を抜く音とやつらが厭らしく笑っている声がした。


「犬ころの中にメスが混じってたなんてよぉ、くくく」
「そこそこの値がつきそうだな、ひひひ」


肝心の優生さんは、


「いやー、扉開かなくてイライラしちゃって。総悟くんに修理頼まれてたんだけど…ちゃんと治ってるみたいだね」
「イライラしたからって気軽にバズーカ使わないでください。沖田隊長じゃあるまいし…」
「まあまあ山崎くん、ほら、適任者がここに」


自分を殺す気まんまんの浪士をさし置き、呑気に山崎さんの肩を抱いて、"こいつらのせいにしろ"と圧力をかけている。


「っていうか、修理しちゃだめな気が…」
「あ、山上くん!もー心配したよー。山崎くんが見廻りの途中でいなくなったって言うのに、みんな"ここが嫌になって逃げ出したんだろう"ってろくに探してないんだから」
「さ、最近何か、思い詰めてるようだったし…精神的に参るのもわかるよっ!」
「え…逃げ…?」
「見廻り中にいなくなるのは逃げる隊士の常套手段だからね。隊士なら連れ戻して切腹だけど、副長が山上くんは放っておけって」
「ちゃんと探してるのは私と山崎くんだけ、まったく」


"1週間以内に逃げ出さなければ入隊"

だから、僕が逃げ出したと思って2人しか…。


「え、あの、他の皆さんは?」
「来てないよ?」
「きょ、今日ここで人身売買の取引が!早く応援を呼んでください!」


僕を入れて3人じゃ、きっと無理だ。
これから来るであろう天人の人数はわからないけど、武装していることはまず間違いない。
てか、いくらなんでも僕を探している人が2人って少なすぎないか??


「あんちゃん2人には死んでもらって、女は売るとするか」
「たったの2人でここに来たのが運の尽きだ、可哀想にな」
「まさか、隊士が拐われた先が天人の取引現場だなんて、夢にも思わねぇもんな?」


ゲラゲラと笑う浪士に近づく足音。


「船が来てないって?なんでだろうか、山崎くん」
「なんででしょうねぇ、優生さん。あ、もしかしてもう捕まってたりして」


船が遅れている話を、どうしてこの2人が知っているのか、なんて考えている余裕はなくて。


「天人様を逮捕なんてしたら国際問題だよねぇ」
「あー、たしかにそうですね。それじゃあ」
「死人に口なし」


またこの人は、きっと何でもない様な顔をして恐ろしい事を言っている。

落ち着いてきた砂埃の向こうに、刀を抜いた優生さんが見えたと思えば、


「…ッ!」


2人はその場に倒れこんだ。


「え…」


早い。
道場で僕が負けた時と同じ。
もしかしたらあの2人は、自分が死んだことにさえ気づいていないのでは…そう思う程に早く、正確な剣さばきに息をするのも忘れる。


「んじゃ、帰ろうか。山上くん」


たった今、人を斬ったというのに。
幻だと言われれば、そうかと思ってしまいそうな程に平然とした声色でこちらを向く。
可愛らしく朗らかに笑っている傍らで、刀についた血を一振りして払うその姿は、まるで腕だけ別人格が取り付いているかのようで。


「あ、…」
「え、もしかして本当に逃げ出してた?」
「ち、違います!帰ります!ただ、腰が…」


情けなくも僕は、優生さんの強さに圧倒されている。


「逃げ出したと思ったら、こんなとこで腰抜かしてやがる」


聞き慣れた声に振り返ると、一面が眩しいライトに照らされている。


「優生、片付いたか」
「あれ、副長はてっきり今朝の摘発の始末でこないのかと」
「優生が心配で見に来たに決まってまさァ」
「総悟、黙れ」


"総員、被害者を保護次第、手当てに回れ"

副長の指示で辺りにいた女性たちが保護されていく。


「山上くんも、手当だね」


目の前に立った優生さんが僕に手を差し出す。



「ッッ!」



見上げたその人はたしかに





監察日記
4日目




生暖かい風が前髪を撫で、途切れそうな意識を必死で掴む。

目を開けると頭が尋常じゃなくガンガンとする。


ここはどこだろう。自室ではないし、屯所でもなさそうだ。
隊服を着たまま寝るなんて…


ああそうか。
僕は誘拐を止めようとして…。

ここは、天国と呼ぶには随分味気ない。
ということは地獄なのか。


後ろ手に結ばれている両手を何とか出来ないかと動かしてみるけど、死んでしまったならもうどうしようもないと諦める。

何地獄へ送られるんだろう…
頭はずっと痛いままかな…
もはや意識と呼ぶのは間違っているかもしれないが、目を開いているために何かを考えていないと…。


そう思っていると、遠くから声が聞こえる。


「船が遅れてるってどういうことだ!」
「知らねェよ!連絡がこねーんだ!」
「もうすぐ日暮れだぞ!今日の朝一のはずだったろーが!」
「ここでもう一晩明かすなんて…」


なんだ、地獄行きの船は遅れてんのか…
朝一で出航なんて、閻魔様も働きもんだ。


「地獄?冗談言ってるとお前もこいつらと一緒に売り飛ばすぞ!」
「俺は何も言ってねぇよ!お前だろーが!」
「はあ?!閻魔様って…」


誰かの足音が近づいてくる。


「お前、目を覚ましたな…」


どうやら声に出てしまっていたようだ。


「覚ますも何も」


もう死んでるのに。


「追っ手がきたら人質にしてやろうと生かしておいたが…お前ほんとに真選組か?」
「サツがお前を探してる気配がまるでねぇぞ」


髪を掴まれ上を向くと、ライトの眩しさで頭痛が増す。

いや、生かして…?
え、僕、生きてる…??
あ、だからこんなに痛いの???


「女よりは安いかもしれねーが、犬ころなら買い手がつきそうだと思ったのによぉ」
「丸一日おネンネしてやがったから、てっきり死んだのかと思ったぜ?」
「ま、真選組じゃねーんなら、命日が1日変わっただけだったな」


これは…殺される…。
いやいや、せっかく生きてること自覚したのに!
たった今状況整理始めたとこなのに!


「お前ら、人身売買の類か」


交渉人、山上登。
とりあえず話を盛りあげろ。


「ふっ、犬のくせに鼻が効かねぇみてーだな、今日のこの計画に気づかないなんて」
「茶くみしか能がないような女も、10、20と束になりゃあそれなりの金になる」


辺りを見回すと、数人の女性が横たわっている。


「天人に江戸の女を売り渡すのか…?」
「あぁ、江戸の女は従順で、奴隷にペットに持ってこいらしい」
「なんて下衆な…!」


そうそう、そうやって話していればいい。
でかい山があったなら、きっと真選組の人たちが…

いやでも、この数日でそんな話聞かなかった。
だとすると本当に気づかれていない取引…?
ならば何とかここを出て、誰かに知らせないと…!!


「俺たちも金に困ってんだよ!今時攘夷なんてするより天人相手に商売した方が」
「そうだ!天人を恐れ、天人を護り、あげく攘夷を排するお前たちとて同じことだろうが!」
「違う。真選組はそんなんじゃない!」


絶対に悟られないように、目一杯の力を込めて縄をちぎる。


「彼らは…、侍は…、真選組はてめぇらとは違う!!」


縄の切れた感触もわからないまま、立ち上がり


「ウォォォォォオォォオ!!!」


2人の間を切り抜けて出口を目指す。


「え、殴りかかってくるとかじゃないの?」
「通過してったよね?素通りだよね?」


もう少しで出口、というとき。

カチッと音が聞こえた気がして思わず身を伏せると



ドゴーーーーン!!!



数メートル先の鉄の扉が、木の葉の様に吹き飛んだ。


「なんだ?!何が起こった!」


あぁ、沖田さんのバズーカ、何度も何度も聞いたから身体が勝手に…


「山上くーん?いるー?」
「…優生さん?います!」
「……ここもハズレかー、全くどこに…え?今なんつった?」
「山上います!」
「えっ、ちょっ、山崎くん!山上くん見つけた!!急に見つけたよ!!」
「なんの確信もなくよく扉吹き飛ばしましたね…」


声はするけど、埃や砂が舞い上がって姿は見えない。
でもきっと、今から総出でこの取引を抑えるんだろう…
想像して身震いする。


「おい、女か?」
「は、まさか。女が隊服着てらァ」


背中越しに、刀を抜く音とやつらが厭らしく笑っている声がした。


「犬ころの中にメスが混じってたなんてよぉ、くくく」
「そこそこの値がつきそうだな、ひひひ」


肝心の優生さんは、


「いやー、扉開かなくてイライラしちゃって。総悟くんに修理頼まれてたんだけど…ちゃんと治ってるみたいだね」
「イライラしたからって気軽にバズーカ使わないでください。沖田隊長じゃあるまいし…」
「まあまあ山崎くん、ほら、適任者がここに」


自分を殺す気まんまんの浪士をさし置き、呑気に山崎さんの肩を抱いて、"こいつらのせいにしろ"と圧力をかけている。


「っていうか、修理しちゃだめな気が…」
「あ、山上くん!もー心配したよー。山崎くんが見廻りの途中でいなくなったって言うのに、みんな"ここが嫌になって逃げ出したんだろう"ってろくに探してないんだから」
「さ、最近何か、思い詰めてるようだったし…精神的に参るのもわかるよっ!」
「え…逃げ…?」
「見廻り中にいなくなるのは逃げる隊士の常套手段だからね。隊士なら連れ戻して切腹だけど、副長が山上くんは放っておけって」
「ちゃんと探してるのは私と山崎くんだけ、まったく」


"1週間以内に逃げ出さなければ入隊"

だから、僕が逃げ出したと思って2人しか…。


「え、あの、他の皆さんは?」
「来てないよ?」
「きょ、今日ここで人身売買の取引が!早く応援を呼んでください!」


僕を入れて3人じゃ、きっと無理だ。
これから来るであろう天人の人数はわからないけど、武装していることはまず間違いない。
てか、いくらなんでも僕を探している人が2人って少なすぎないか??


「あんちゃん2人には死んでもらって、女は売るとするか」
「たったの2人でここに来たのが運の尽きだ、可哀想にな」
「まさか、隊士が拐われた先が天人の取引現場だなんて、夢にも思わねぇもんな?」


ゲラゲラと笑う浪士に近づく足音。


「船が来てないって?なんでだろうか、山崎くん」
「なんででしょうねぇ、優生さん。あ、もしかしてもう捕まってたりして」


船が遅れている話を、どうしてこの2人が知っているのか、なんて考えている余裕はなくて。


「天人様を逮捕なんてしたら国際問題だよねぇ」
「あー、たしかにそうですね。それじゃあ」
「死人に口なし」


またこの人は、きっと何でもない様な顔をして恐ろしい事を言っている。

落ち着いてきた砂埃の向こうに、刀を抜いた優生さんが見えたと思えば、


「…ッ!」


2人はその場に倒れこんだ。


「え…」


早い。
道場で僕が負けた時と同じ。
もしかしたらあの2人は、自分が死んだことにさえ気づいていないのでは…そう思う程に早く、正確な剣さばきに息をするのも忘れる。


「んじゃ、帰ろうか。山上くん」


たった今、人を斬ったというのに。
幻だと言われれば、そうかと思ってしまいそうな程に平然とした声色でこちらを向く。
可愛らしく朗らかに笑っている傍らで、刀についた血を一振りして払うその姿は、まるで腕だけ別人格が取り付いているかのようで。


「あ、…」
「え、もしかして本当に逃げ出してた?」
「ち、違います!帰ります!ただ、腰が…」


情けなくも僕は、優生さんの強さに圧倒されている。


「逃げ出したと思ったら、こんなとこで腰抜かしてやがる」


聞き慣れた声に振り返ると、一面が眩しいライトに照らされている。


「優生、片付いたか」
「あれ、副長はてっきり今朝の摘発の始末でこないのかと」
「優生が心配で見に来たに決まってまさァ」
「総悟、黙れ」


"総員、被害者を保護次第、手当てに回れ"

副長の指示で辺りにいた女性たちが保護されていく。


「山上くんも、手当だね」


目の前に立った優生さんが僕に手を差し出す。



「ッッ!」



見上げたその人はたしかに






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好きだけじゃやってけない